助けて、隊長!
ちょうあい。
チョウアイ。
超愛?
いや、蝶会い?
腸合い――なんだそりゃ。
「聞いておらぬであろう。もう一度言うぞ? そなたに――」
「いえいえ、聞いてますデスヨ」
謎の赤い肉をよく噛んで飲み込む。
同時に、イケメン君の言ってた言葉も噛み砕いて味わって、考える。
――このイケメン皇太子、子を作れと急かされないようにするため、私を利用しようっていうのね!?
ほおおおおお、いい度胸じゃないか。
ソッチがその気なら逆に利用してやるわよ!
私、売られた喧嘩は買うタイプなのよ!
もちろん、倍返ししますけどねっ!!
「そんなフリして、私にメリットはあるわけ?」
取り合えずナイフとフォークを置いて、睨みつける。
ガンつけるのには定評があんだぞ!
「良い点は多くあろう。まずは大公家と我が皇家に繋がりが出来たという点が大きく、通商や交易で充分すぎる程の貢献を産む」
まぁ、それはそうだよね。
私が夫人となった時点で友好国だとみなされて関税も安くなるし、往来も増える。
人が流れるとモノが流れ、お金も動く。流通経済の基本よね。
「それに私はこれでも世界屈指の大国の皇太子。たとえ形だけとはいえ、夫人として身分は保障されておるし、将来離縁したとて元夫人ともなれば諸国の王女以上に引く手数多になるであるから再婚する相手には困るまい」
離婚前提の話なのね?
まぁ、戸籍とかあるのかわかんないけど、バツがつこうがつくまいが、関係ないもん。
いつかは日本に戻るんだし。
こっちの世界での結婚なんて日本じゃカウントしないもんね。
「えらく身勝手だよね、その発言。完全にオレ様主義。皇子なんだから仕方ないんだろうけどさ」
「身勝手なのは百も承知だ。それをあえてお願いしておるのではないか」
「そのふんぞり返った態度でお願い? 人にモノを頼む態度じゃないでしょうが。お願いしますって言う時は正座して三つ指ついて深々と頭を下げんの。そうじゃないと人の心は動かないっつーの」
「ミツユビ?」
「とにかく態度悪いって言ってんの」
いくら相手が皇子だからって、偉そうに"お願い"されても"叶えてあげよう"って気は起こらない。
誠意というものはいくらよその星でもあるでしょうが!
ちゃんとした誠意をみせやがれ!
……いや、ちょっと待て私。
これはよくよく考えたら絶好のチャンスじゃない?
この国は"世界の台所"――世界中の食材が集まる場所。
料理人の端くれとしては願ってもない環境じゃないの。
「気が変わった。その話、交換条件だったら呑んでやってもいいわよ」
中学校の時の担任が言ってた。『チャンスを無駄にするな』って。
これはきっとチャンスだ。
バなんとかのおじさんの話に乗っかってやってきて、ここに着いてこんな状況になってるのも、きっとチャンスの神様が与えてくれたんだと思えばいい。
チャンスの神様なんてほんとにいるかはわかんないけど、信じるものは救われるって言うしね!
「交換条件か。余程の無理難題でなければ呑もう」
寵愛受けるフリの対価として厨房に出入りさせてもらう、ってのはどうだろう?
ミュスカの話だと、東西南北ある宮にそれぞれ厨房が備え付けられてるらしいから。
新しく厨房を作ってとか言う条件じゃないから、そんな無理難題じゃないよね!
「ここの厨房に出入りさせて欲しいのよ。もちろん厨房の仕事が空いてる時間でいいんだけど」
料理人の卵としては、丸一日包丁とかホイッパーを持たなかったら腕が鈍る気がするし、何より料理やお菓子が作れないって事自体に気が狂いそうになる。
「材料だって余りものでいいし、まぁ、ちょっとは買ってもらったりもするかもしれないけど。大公様の城でだってやってた事なのよ、無理じゃないでしょ? ……ちょっと、聞いてんの!?」
気付くと、イケメン君は下を向いてる。
「くっ」
何? 謎の赤い肉、どっか傷んでたとか?
「くくっ、ふはははは」
ワライダケ見たいな効果があったのか、あの肉?
「なんという……クククっ」
「へ?」
違う。
なぜか大爆笑。
何なんだ、この展開。
「そなた、本当に面白いのだな」
イケメン君のゴージャスな瞳に涙が。
泣くほど笑うって!この状況下で?
どういう笑いのセンスしてんのよ?
「なんで真面目な話してんのに面白いって発想が出てくんのよ」
何だか馬鹿らしくなってきた。
イケメン君の頭の中はよく分からん。
「この私にそのような口の聞き方をするとは、何とも新鮮だ」
イケメン君はひーひー言いながら笑いを堪えている。
「よい、そなたに芝居などは必要ないやもしれぬ」
「何よ、馬鹿にしてるの? 条件が呑めないって事?」
「いや、そうではない」
ようやく笑いが収まったのか、突然キリっとした顔になる。
その切り替えの速さは何なんだ。
「先ほどの"芝居"の話は無かった事にしてもらおう。そなたの世界での"ミツユビ"という所作は知らぬが、こちらでの最大の礼をもって"願い"としよう」
イケメン君は口元を緩ませながら立ち上がり、私の隣へつかつかと歩いてきた。
そして私の足元に跪くと、優しく手を取り指先に口付けした。
「アンジュ・シャトゥー・ジースト姫、我が妃となっていただけないだろうか。貴女の願いを叶え、決してその身に災いが降りかからぬ事を約束しよう。レイヴィス・ティル・フォレシス・ラファリアットの真名にかけて」
ぎょえぇぇぇぇ~~~~!!!
これは私の心の叫び声。
こんな西洋ちっくな仕草、日本人にはド赤面ものデスヨ!
誠意ある対応をしろっては言ったけど、こんな対応は想定外であります、隊長!
「わっ、わかったわよっ! 分かったから、手、離してよっ」
「了承していただけたのなら、姫もこちらに口付けを」
手を振りほどこうとしたけど、このイケメン皇太子、意外に力が強くてほどけない。
しかも指先に再び口付けして、その手の甲に口付けしろと左手で指差してきた。
何かの儀式っぽい。
早く解放してもらいたい一心で、分の左手甲に口付ける。
同じ手の指先には超イケメンの顔があるってのに!
この野郎、上目使いにコッチを見るなっ。
なんで男のくせにそんなに睫毛が長いんだ!
恥ずかしさMAXであります、隊長ぅ~!
助けてくだされーーーーーっ!!
「失礼いたします。デザートをお持ちいたし――しっ、失礼いたしました!!」
給仕に訪れた皇太子付きの侍女さんが、手越しに間接キスしてる私達を見て、顔をユデダコのように真っ赤にして出て行った。
扉の外はガヤガヤ騒がしい。
イケメン君は涼しい顔だけど、この儀式っぽい仕草、実はもの凄い意味があるんじゃないの!? と勘ぐってしまう。
あの侍女さんのお陰で冷静さを取り戻したであります、隊長!
ってか、隊長って誰よ!?
「……デザート、らしいけど?」
「まだメインも食べ終わっておらぬでは無いか。全て食してから呼び鈴を鳴らす」
呼び鈴、ね。
確かにテーブルの端に天使を象った鈴が置いてある。
くそ、手を離してくれると思ったのに!
「あの~、芝居って、こんな感じ?」
「いや、芝居など最早必要ない。そなたは自然体でおられよ」
「自然体、ね……」
私の何が自然体なのかを教えてほしい。
いや、その前に手を離してほしい。
「手、離して欲しいんだけど」
「名残惜しいが、お望みとあらば」
やっと手を離してくれた。
ああ、助かった。
「さて、晩餐を楽しもうではないか、我が妃よ」
イケメン君はニコニコ顔で自分の席に戻り、何事もなかったかのように肉を食べだした。
こっちは混乱まっただ中なのに、よくもまあ平然としてられるわよね。
あの儀式っぽい仕草の意味、後でミュスカに教えてもらおう。
いや、イライザさんに頼んで、明日からこの国の礼儀作法全部教えてもらおう。
わけ分かんないまま相手のペースに乗せられるの、キライだしね。