しゃべるか食べるかどちらかにしましょう
「母の話はもうよいだろう」
イケメン君はうんざりした口調で仕切りなおし、スプーンを手に取った。
「え~? もう少しいいじゃん」
「母の話を聞いたとて何の役にも立たぬ。母の性格を知り親睦を深めるには役立つであろうが、先ほどのように先触れもなく立ち入らせる事は控えてもらうので必要はなかろう」
あ、この言い方。
イケメン君、実の母親のシシェン様を良く思ってない。
私は直感でそう思った。
類は友を呼ぶ? もしくは同類相憐れむ?
私も実母の事を良く思ってないから、同類の事は良く分かる。
これ以上ツッコむのはやめておこう。
「分かったよ、また次の機会にお願いするね。じゃ、どうぞ。お話進めてくださいな」
多分、次の機会なんてないだろうけど。
「……先日も話したが、私は妻を娶るつもりはない。そなたも妻になる気がない、といったが、それは真実か?」
イケメン君はスープを口にしながら話し出したから、私も同じようにしてみる。
うん、このスープは美味しい。
もうちょっとコンソメ感がほしいけど、野菜の甘みが充分出てる。
「本当だよ。勘違いがそのまま流されてこうなっちゃったんだもん。それに私まだ二十歳だしね。若いうちに結婚したってロクな事ないんだろうって思ってるから、まだ結婚なんて考えられないよ」
結婚して子供産んだ友達はいる。みんな幸せそうだし、きっと幸せなんだと思う。
でも、私は二十代で結婚するつもりは毛頭ない。
結婚だとか恋愛だとか、そんなもの後回し。仕事がしたいの。
それになにより、私にはあの母の血が流れてる。
認めたくはないけど、あんなろくでもない人の遺伝子を受け継いでる。
もしかしたら、自分もあの人と同じように育児放棄をしてしまうかもしれない。
そう考えたら恐ろしくて子供をもとうなんて気がしない。
もてるわけがない。そんな資格がないのだから。
母に相手されない子供なんて可哀想なんて言葉では言い尽くせないほどの悲しみがある。
私は新しい母親が出来て救われたけど、皆そうだとは限らない。
生まれてくる子供を可愛がれる自分になれるまで、子供はいらない。
いや、作ってはいけない。
必然的に結婚もしない。
それに私は自立した女を目指してるんだから!
「そのような考えには私も賛成だ。若いうちに子を成したとて、それが良い結果に行くとは限らぬのだからな」
「私の考えと、一国を背負う皇子様の考えは微妙に距離感があるかもしれないけど?」
王族に生まれたからには、子孫を残すのは責務でしょうに。
「大きな意味では同じであろう」
意外とおおざっぱな事が判明したイケメン君は、今度はパンに手を伸ばした。
こっちの世界のパンはちょっと固め。
小麦粉のせいだろうけど、もうちょっとフワフワモチモチしたパンが食べたいな。
顎の運動にはいいよね。あと小顔にもなるし。
「子を成せばそれだけ問題が生じる。民ならば子は多いほうが良いであろうが、皇族は子がおればおるほど政争が生まれ、民からの血税が注がれる」
そうだよね、さっき当てたドレスだって徴収した税金で作るんだ。
このシンプルな食事だって税金。
文句は言えない……でも、ちょっとこの食事は変化を望む。
いや、これは変化するべきだよ。
食は大切な文化だもん、フランスだって中国だって、もちろん日本にだって世界に誇れる食文化がある。この国だって、少しの変化で何かが変わるかもしれない。食が観光に発展したら税収だって上がるはずよ!
――ん? あれ?
「もしかして、国民からとった税金を無駄に遣いたくないから子供を作らないの?」
「それもある」
イケメン君はにやりと笑いパンをちぎる。
「そなた、政治の話が出来るのか」
「難しいのは分かんないよ。税金だったりとかってのは当然だから知ってるけど」
「そなたの言う『当然』が普通の姫君などには想像すらつかぬ話なのだ」
イケメン君は人を片方の唇の端をくいっと上げて笑ってみせる。
黒い。黒イケメンだ。
「夜会に出る貴族の姫君の多くは脳には香水が詰まっておるのだろう。自分達が着るドレスや宝石がどれだけの血税を注ぎ込んでおるのかが分かっておらぬ。毎日口にする農作物は、卑下する庶民が育てておるという事実にも気付かぬというのだからな」
うわ、結構毒舌。
「誰からも教えられないからじゃないの? お姫様だったら、マナーとかばっかり習うんでしょ? 悪いのは教育体制だよ」
一応、女としてフォローしておく。
脳ミソが香水で出来てるなんて、あんまりだからね。
「そうか、そういう解釈もあるな」
イケメン君は笑い、二個目のパンに手を伸ばす。
見かけによらず、よく食うな……それに早いし。
よっぽど咀嚼力が強いんだろうけど、早食いは駄目だぞ。
「では、私が子を成さぬ理由を理解していただけたかな?」
「うん。一瞬BLかと思ったけど」
「ビーエルとは何だ?」
あ、まずい。言っちゃった。
こっちにはそういう言葉はないのか。
「えっと、ゲイ? って言ったら分かる? それとも……男色?」
言葉を選んで言ったのに、イケメン君の表情がサっと変わった。
それはもう、怖いくらいに。
「男色などと気色の悪い事を申すな。確かに女好きではないが、男好きなわけではない。……そなたが妙な事を申すから鳥肌が立ったではないか。第一、同性を性対象にするのは『大いなる意志』への背信冒涜行為だぞ」
「ごめんごめん」
ああ、よかった。
てっきりBL要素ばりばりなのかと思った。
別にBLを否定するわけじゃない。
恋愛は自由だと思うし。
でも、こんな見た目超イケメンは美女好きでウハウハなハーレム状態であるべき、という私の願望は通して欲しい。
いや、そうであるべきなんだ。
王子様はモテモテで絶倫。そうあってほしいのよ、私は。
"女好きではないが"って発言はスルーする事にしよう、私の願望を守る為に。
ちなみにイケメン君が言った『大いなる意志』はあの軽い女神の事。
あんな軽いノリなのに『大いなる意志』なんて笑えちゃうけど。
「では内密な話をどうぞ」
話の腰を折りっぱなしだから、とりあえず促してみる。
私もそろそろ他の皿に移りたいし。
何食べようかな。
謎の肉……はちょっと気が引ける。
サラダにするか、それとも肉に添えられてる豆にするか。
どっちも塩味だから迷う必要ないけどさ。
「そうか。ならばここからが本件だ」
イケメン君は謎の肉に取り掛かった。
謎の骨付き肉は、表面はこんがり焼いてあるのに、イケメン君がナイフを刺したらじゅわっと赤い肉汁が出てきた。
かなりレアな状態だ。生で食べれんの、この肉?
「子を成さぬせいで、私のもとには日々縁談が舞い込む。ただでさえ政務が山積だというのに、そのような事で頭を煩わせたくないのだ。夫人を抱えるのはしなたで四人目であるし、そろそろやめておきたい。そこで、だ」
イケメン君が美味しそうに食べているから、私も食べてみる事にした。
ちょっと怖くてドキドキだ。
ナイフを入れると同じように肉汁が溢れ出てきた。視覚的にはホラー。
恐る恐る肉を食べてみると、意外なほどに臭みはない。
見た目は真っ赤で鹿肉っぽいけど、味は鶏ムネ肉に近い。
すごい淡白。何なんだ、肉汁たっぷりなのに淡白って有り得ないだろっ。
何の肉なんだよ。
これは炭火焼きにするより、断然ムニエルにしたほうが美味しいんじゃないの!?
「そなたに、私の寵愛を受けていると芝居して欲しいのだ」