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SCARLET

やさぐれミュージシャン

作者: 九条 隼


設定がかなり特殊です。ご注意ください。


「Scarlet」シリーズの『直感探偵』『直感探偵・裏』『非才陰陽師』『非才陰陽師・裏』『人間不信イラストレーター』『人間不信イラストレーター・裏』をご覧になってからのほうがよろしいかと思います。

時間軸はそれらよりも前の話にはなりますが、前作をすべて読まれてからのほうが分かりやすいかと思います。





――誰か、俺の話を何も言わずに聞いてくれ。



彼が掲示板でそんな文字を見つけたのは、よく晴れた夏の暑い日のことだった。

彼は所謂ニートという奴で、今日も今日とてがんがんに効かせたクーラーの下でパソコンと向かい合っていた。好きでやってるわけじゃないんだ、と誰に言うわけでもなくキーボードを打ち始めて二年は経っただろうか。目に映るものすべてがくだらないものに見えて、何をやるのも面倒に見える。けれどそういうものがない日常は、なんとも味気なく。刺激を求めて掲示板を渡り歩いていたわけだ。

スレッドがたったのは……おお、ついさっきか。数分前の時刻をみて、彼は目を丸めた。


『諸君は前世を信じるか』

ほほう、冒頭からぶっ飛んでやがる。しかし、面白いじゃないか。どうせ時間は腐るほどあるんだ、読んでやろう。

彼はにやにやと笑って、パソコンを食い入るように見つめた。



『――誰か、俺の話を何も言わずに聞いてくれ。


諸君は、前世を信じるか。

輪廻転生という物を知っているだろうか。最近は何やら漫画や小説などで有名になった物だが、もとは仏教やインド哲学など、世界各地でみられる考え方らしい。死んであの世に帰った魂がこの世で何度も生まれ変わることを指すのだが、大抵の奴は知っているだろう。まあ、詳細は場所によって変わるらしいから興味のある奴はすきに調べるといい。


さて、もうわかるだろう。

俺には、前世らしきもの記憶がある。

別に、前世でファンタジーな世界の王だったとか魔王だったとか騎士だったとかというわけじゃない。俺は普通の、ありふれたサラリーマンだった。一般的な家庭に生まれ育ち、そこそこの学校に通い、大学で起業し、幸運にもそれが成功した様なサラリーマンだ。

享年は二十五歳。友人と横断歩道を歩いていたところ、大型自動車にはねられ死亡した。呆気ない終わりだった。


そんな記憶を思い出したのは、本当に最近のことだ。

二週間ほど前の授業中に、用事を思い出したかのようにふと、思い出したのだ。夢でも見ていたのかもしれない。しかし、それにしてはあまりにありふれた記憶で現実味にあふれている。まあ、そりゃあ一部は可笑しいところもあったわけだが。

結局何も考える気になれず早退し、それ以来ずっとあることが気にかかっているのだ。


うちの学校には、天才が何人かいる。だいたいは一つ上の学年なのだが、一人だけ、俺と同じ学年に天才がいる。

名前は、じゃあシロにしよう。前世飼っていた犬の名前だ。さて、そのシロはクラスじゃ嫌味な根暗として嫌われている。いつも眉に皺を寄せて口を固く結んでいる。口を開ければ嫌味か暴言で、協調性は全くない。


そんな嫌な奴は、どうやら俺の前世からの親友らしい。

見た目が驚くほど変わっていない。まさに、当時のシロだ。しかしどうやら名前は変わっているらしく、違和感がすごい。

そこで、シロを利用することにした。このバカみたいな記憶が本物なのか、それともただの妄想なのか、確かめる必要がある。よって、思い出した二日後にシロを前世の名前で呼んでみることにした。

……ら、見事に殴られた。どうやらシロも覚えているらしい。小学生の時に思い出したのだと鬼気迫る顔で詰め寄られた。

そしてそれから俺達は今までのことを話すようになった。


さて、ここからが本題だ』


「なっげえええ! しかも、すげえ嘘くさい!」

なんだこれ、よくこんなもの掲示板に書き込めるなぁ……。呆れ通り越して感心するよ。

しかもなんか、内容と合わさってか口調が厨二くせえ。なんだ、諸君って。本当に使う奴いんのかよ。しかも飼い犬の名前人につけんのかよ。そいつからとってやれよ。

彼はため息をついて、傍らの炭酸飲料を手に取った。

ああ、あほらしい。

そう思いつつも、このキチガイの話はどうやら自分の好みに合っているらしい。ぴりぴりとした味を楽しみながら、彼は次に現れたレスに目を向けた。


 **


少年は一人、パソコンに向かって頭を抱えていた。彼こそが、可笑しな掲示板をたてた張本人である。

もちろん、あの内容はすべて事実だ。前世の記憶があるということも、前世の親友とクラスメイトだということも。


「どうするか……」

少年はため息をついた。上手い言葉が見つからないのである。


文字にするよりもまず、当時のことを振り返るべきだろう。少年は、赤く染まった空を見上げた。




あれは、一昨日のことであった。

少年は噂の友人と二人で昼食をとっていた。誰にも聞かせられるような内容でもないので、空き教室を利用していた。

二人が話をしているうちに、話題は部活動になった。別段珍しい事でもない。彼らの通う中学校は部活動が盛んな学校であり、特に力を入れているからだ。生徒は必ず何かしらの部活動に所属しなけらばならないのだ。

「そういやお前、なにやってんの」

友人がきれいに巻かれた卵焼きを口に入れて、言った。少年はバスケだ、と肩をすくめる。

まさか知らなかったとは、と口にはしなかった。成績優秀な部活動の筆頭がバスケットボール部であり、何度か表彰されている。経験の長い彼はすぐにスタメンに入り、表彰される際は彼が主に前に出ていた。我が部は実力主義なのである。

そうなのか、と興味の無さそうに呟いた友人は、黙り込んだ。そこで少年は、嫌な予感を感じ取る。


彼の友人は、思ったことは何でもすぐに口に出さなければ嫌な面倒な性分である。そのせいで様々な人に嫌がられているのだが、本人は直そうとする気もないらしい。

そして彼が口をつぐむ時は必ず、「よっぽど」なことなのだ。


「……俺、軽音楽部に入ってるんだよね」

「……は?」

ああ、やっぱり!!

少年は顔をひきつらせて無表情の友人を見た。箸がつかんでいたハンバーグが机の上にぼたりと落ちた。

嫌そうな顔をしてティッシュを投げつける友人に、彼は叫んだ。


「お前……何考えてるんだ!?」

少年がそう叫ぶのも当然である。

何故ならば彼らは、掲示板に書き込まれたこと以上に面倒な目に合っているのだから。


「ここが何処だか忘れたか!」


彼等が生まれ変わったこの世界は、二人が前世読んだ漫画の数年後の世界だったのだ。


友人は居心地が悪そうに少年から目を逸らせた。わかってるよ、と蚊の鳴くような声で言う。少年ははっとして頭をふり、ため息をついた。

空き教室といえど、誰に聞こえているかはわからないのだ。もしもこのことが誰かに……軽音楽部の誰かにバレたら、少年どころかこの友人すら殺されるだろう。


「分かってる、分かってるんだ……でも……だって」

友人は珍しく思いつめたような顔で呟いた。泣きそうな顔だ。彼は友人のこの顔に弱かった。

「……悪い、言い過ぎた」

「別にてめーの言葉を気にしてるわけじゃねーし……」

いつもの言葉に覇気がない。ああもう、なんて面倒な奴だ。


「あの人たち、そんなんじゃないんだ。そんなんじゃないんだよ……」

「……」

何を言っているんだか――少年は眉を寄せた。


彼が前世の記憶を思い出してすぐに体調を崩した理由は、何も今と昔のギャップのせいではない。そんな軟な精神をしていたら、小学生のうちに彼は自殺を図っていただろう。

なにも、少年が声を荒げたのはこの世界が漫画の世界だったからというわけではない。流石に、彼だってこの世界がもう既に現実だということは理解している。

そういうことじゃないのだ。現実だからと言って、漫画で起こったことが起こらなかったわけじゃないのだ。


五年前のこの世界を舞台とした漫画の中で、彼が一番恐れを感じた人物が、この学校の――果ては、この大切な友人の部活動にいるのだ。

記憶は、情報だ。この世界で生き抜くために必要な、情報だったのだ。

……この、一見昔と変わらない様な世界には、昔では考えられない様な危険人物がいるのだ。


冗談じゃない。本当ならば、前世の記憶を思い出した時点で転校してやろうとすら思った。しかしそれをしなかったのはこの友人が、本人かもしれないと危惧していたからだ。こんな、一歩間違えば一瞬のうちに首と胴体がおさらばする様な危険な場所に友人一人を置いていくわけにもいかない。……勿論、彼が現在大切にしている部員たちだって。

血の気が引くような告白に、少年は焦っていた。

必死に前世で呼んだ内容を再び思い出す。実のところ、あまり覚えていないのだ。なぜならその漫画はマイナーもいいところで、五巻にして打ち切りになる様な退屈なものだったからだ。絵のクオリティ、ストーリーの展開、すべてが平凡というのもおこがましい程だった。そのくせ設定だけは凝っており、まるで小学生のころからずっとあっためていたものを大人になって作り上げたような。……まあ、実際は原作者がいたからのようだが。


確か、タイトルは『災厄』だ。小説版のタイトルは不明。

とある青年が奇妙な学校に迷い込み、化け物から逃げながらそこから現実に戻ろうとする話だ。

気がついたときに立っていた教室の黒板には「ようこそ」という気味の悪い文字が書かれており、青年はそこで身を縮めて震える少女と出会う。それから、しばらくして青年たちを同じように閉じ込められたスーツを着た男や、気が遠くなるくらい前から閉じ込められていた少年と出会う。

そして、そして……。


ああ、ダメだ。順番には思い出せない。

まあ、そこは今必要じゃないだろう。少年は頭を抱えた。必要なのは、「彼ら」の話だ。


最後に仲間になった少年は、たしか悪役だった気がする。それから、途中で意味深な言葉を残しては姿をくらます銀髪の少年。そして、主人公たちとは直接会いはしなかったものの、時折現れた怨霊の様な陰鬱とした少女と、その少女の手を握り一緒に行動していた少年。主人公が一人ではぐれた際に図書館で出会った、いやにかわいい少年。

その五人が、危険なのだ。

歳は確か、十つ。謝罪交じりの後書きに載せられた紹介文は、やたらと悪役五人の物が多かった。


――思い出せ、思い出せ。

少年は眉を寄せてこめかみを指でおさえた。


裏切った少年の名前は、マサヒコ。漢字に変換すると、政彦。見た目は普通の無邪気な少年だが、中身は嘘つきな外道。単独行動好きの仲間(悪役の)を纏める役。気に食わない連中――特に大人には冷酷。悪役全員の持つ超能力(漫画では出せなかったらしい)は雷。仲間にはマサと呼ばれる。

銀髪の少年の名前は、ミズキ。日本の出身ではない。長身で細く、大抵ぼんやりとしている。他の四人とは違い、仲間内では「犬」扱いされているが、本人は大して気にしていない。人前が苦手なのか、大抵は身を隠している。人間の好き嫌いはないが、仲間とその他で区別している傾向がある。超能力は不明。仲間にはミズキかちゃん付けで呼ばれる。

陰鬱とした少女の名前は、ノリカ。ミズキと同じ出身。前髪がかなり長く、人前だとおどおどしだす。人間不信の人間嫌いで、仲間からはいきすぎた人見知りと言われている。だが仲間内では人が変わったように普通の子。悪役のボスの前では(漫画ではあまり出せなかったらしいが)ただの変態になる。超能力は無効化でコントロール下手な奴とよく一緒にいる。仲間にはリッカと呼ばれる。

のりかと共にいた少年の名前は、ユイ。小柄で身軽。どこかの陰陽師の子で、化け物の前だとテンションが上がって何をするか分からない。のりかと同じく人間嫌いだが、無愛想な子止まり。そこまで酷くはない。悪役のボスの前では同性愛者の変態になる。相手にはされない。超能力はコピー。コントロールが仲間内で一番下手。仲間にはユイと呼ばれる。


図書館にいた少年の名前は、クレハ。漢字にすると、紅葉。髪は肩より少し長いくらい。顔は可愛いが髪はぼさぼさで服はぼろぼろ。閉じ込められてからずっと図書館にこもっており、何千とある本を読み続けていた。当時も十分幼いが、幼少期からフェロモン体質というべきか人に好かれていた。その程度は恐ろしく、両親に貞操を奪われかける位。コントロールが気持ち悪いほど上手いためか、現在ではそのようなことは減っている。大抵は大人しい可愛い子だが、オンオフが激しい。超能力は不明。仲間には紅葉さんと呼ばれる。


――悪役五人。他にもなにかいろいろ書いてあった気もするが、思い出せるのはこれくらいだ。

漫画はバッドエンド。後味の悪い終わりだった。

五人は主人公たちを利用して外に脱出。マサヒコは茫然とした主人公たちに舌を出してから。ユイとノリカはクレハの腕にひっついて。クレハは一度主人公をみて、無表情のまま。ミズキは四人をみて嬉しそうに笑いながら。

よくわからないエンドだった。まるで、ゲームのバッドエンドだ。

それと同じくらい印象に残っているのは、奴らの所業だ。吐き気がする様な性根のガキたちは、今までも様々なことをやってきたとかいろいろあった気もする。それまで出会ったやつらを殺したり利用したり、だ。


……まあ、一言で言って、「最低最悪」なやつらだ。

その、五年後。いくら一見丸くなっている様に見えるからって、善人になっているわけがない。



こいつは、騙されているのだろう。――あの、学校に取り残された主人公のように。


少年は少しの間考え込んだ。退部は可能だ。その後に入部する部活動が決まってさえいれば。意を決して、少年は口を開いた。

「うちに来るか」

二年の夏。引退まではあと一年といったところだ。スタメンに入るのは無理でも、入部くらいはできる。音楽馬鹿だが、反射神経もいいし素質が無い事もないだろう。

少年は箸を置いて友人の顔を覗き込んだ。友人は唇をかみしめて顔を伏せている。

「音楽が好きなのは知ってるさ。でも、軽音楽部に入る必要はないだろ? 吹奏楽部もオーケストラ部も、他にもいろいろある」

「違う、あそこじゃなきゃだめなんだ」

「じゃあ、あたらしく同好会を作ったらどうだ」

友人はぐっと箸を握り締めて、少年を睨みつけた。鬱陶しい前髪の隙間から、こげ茶の目がこちらを睨んでいた。

短く息をはいて、友人は捲し立てた。


「あの人たちじゃなきゃ、駄目なんだよ!!」

「その必要はないだろう」

「ある!! 俺は、俺はあの人たちと音楽を作るためにこっちに来たんだ、絶対そうだ!! あの人たちは、あの人たちは天才なんだよ! 俺なんか比べようもない位の天才なんだ! でもあの人たちの音楽を完成させられるのは、俺だけだ……!!」

「何故そんなに熱くなるんだよ。たかがキャラクターだろう」

ついむっとして言いきって、少年ははっとした。

言い過ぎた。口がすべった。キャラクターなんて、思ってもないことを。

予想通り友人は泣きだしそうな顔でこっちを睨みつけて、喚いた。

「……っの、ボケ! グズ! 死ね! もっかい死ねグズ!」

「っおい!」

そのまま音楽機器を引っ掴んで、友人は走って逃げていった。その背中を見送って、少年はらくしもなく、泣きたくなった。


それいらい、少年は友人と一言も話していない。





少年はアーロンチェアに凭れながら、ため息をついた。

自分が悪い事は分かっている。

あの友人は、軽音楽部に入部して一年以上が経っているのだ。はじめは悪人と認識していても、絆されるには十分な時間があった。それも、相手は「あの」人たちなのだから。

少年は事の顛末を大雑把に書き込み、頬づえをついた。

キーボードで打って、多少はスッキリした。この掲示板は、消してしまおうか。どうせ返ってくるのはくだらない冷やかしや暴言ばかりなのだから。……なんて、それを予測しながらも書き込んだ一番の馬鹿は、自分だが。

「……ん?」

掲示板のレスが、ひとつ増えた。謝ってエンターキーを押したのかと手元を見たが、どうやら違うらしい。

ああ、もう。最近は不幸続きだ。大方誰かがみていたのだろう。

マウスで画面をずらせば、そこには無駄に丁寧な言葉で取り敢えず謝っておくべきなのではないでしょうか、と書きこまれていた。

それが出来たら苦労はしない、なんて馬鹿馬鹿しい考えが浮かぶ。自分が悪くないことで謝罪する(対・友人)だが、自分が悪いことだと気後れしてしまうのだ。まったく主将がなんてヘタレだ、こんなこと部員には言えん。

文章は、続いていた。


『取り敢えず、謝っておくべきなのではないでしょうか。

心ない一言が出てしまったのは貴方だけではなく、恐らくシロさんもだと思います。

前世からの友人など滅多に得られません。大切にすべきです。こんなことで絶縁状態になってしまうのは馬鹿らしいです。

そうしたら、シロさんとゆっくり話し合ってはどうでしょう。

シロさんがそう思われるのは勿論今まで様々なことを体験してきたからです。貴方の知らないことを体験してきたから、貴方とは違うことを思うのです』

少年はそれを読んで、やはり正直に馬鹿らしい、と思った。話しあって解決するなら戦争など起こらない。ああもう、馬鹿だ。馬鹿馬鹿しい。……プライドが高いだけの自分は、本当に情けない。

少年はハンガーにかけていたシャツを羽織って、携帯電話を手に取った。

掲示板は、削除依頼を出した。



 **



ああ、やはりここだったか。

正樹は寂れた公園でやさぐれたようにブランコをゆっくり揺らす琥珀をみて、苦笑した。

記憶を思い出してから二週間。互いの部活動がない放課後、必ずと言っていいほど寄ったそこに、琥珀はいた。

ずっとここに通って時間を潰していたんだろうか。テスト期間なのに、頭が良いわけでもないのに、余裕な奴だ。

「コハク」

呼びなれない名前を口にして、正樹は琥珀に近寄った。弾かれたように顔を上げた彼は、正樹の顔を見て居心地が悪そうに顔をそむけた。

「ごめん、言い過ぎた。悪かったな」

「……」

何と言って良いのかわからない、といったところだろう。視線がいろいろなところに彷徨っては意を決したように正樹の顔を見て、言おうとしていた言葉を忘れたかのように口を開けて停止して、また視線を泳がせる。

馬鹿だなあ、なんて正樹は子供を見る様な目で琥珀を見て、もうひとつのブランコに座った。

「いつ、クレハ達と会ったんだ?」

「ぶちょ……あ、えっと、紅葉さんは、入学式の、後」

琥珀は顔を伏せて、小さく笑った。

「入学式のとき、壇上に上がった人を見て、本当に驚いたんだ。名前が全く一緒なんだから。見た目も、小さいときはああなんだろうって容姿だし。すげえテンション上がって、でもすげえ怖かった。なのにお前、俺のこと全く覚えてねえし」

「ん、悪いな」

別に、と琥珀は小さく答えた。

「放課後になって、自販機探してたら幹に寄りかかって寝てる人見つけてさ。近寄ってみれば紅葉さんで、逃げようと思ったら声かけられたんだ。そしたらさ、意外と普通でさ」

「おう」

「すごい、穏やかに笑うんだ。漫画あれなんか嘘なんじゃないかってくらいに。……でもさ、神隠しとかは本当にあったことらしいし。聞いたわけじゃ、ねえけど」

お前も、あいつらのことになると随分穏やかだな。

声には出せなかったが、正樹は小さく笑った。

「マサ先輩は、それから一週間後位かな。廊下歩いてたら、ゲームしないかって言われて、どうせ暇だろって連れて行かれそうになったんだ。殺されるかと思ったけど、本当にゲームするみたいでさ。話してるうちに俺が作曲やってるってこと初めて知ったみたいで、それで……それで、あの人たちの曲を聞かされたんだ!」

だんだんと熱が篭ってきて、早口になってきた。控え目だった声もやたらと大きくなってくる。伏せていた顔はもう、空を見ていた。

分かりやすい奴、なんて正樹はブランコを小さくこいで笑った。

「やばいんだ、それが! 後から聞いたんだけど、マサ先輩と部長……紅葉さんが歌って、ユイ先輩とリッカ先輩は演奏で。今まで聞いた中で、一番の演奏だったよ! そしたらマサ先輩が、俺を入部させてくれたんだ。リッカ先輩とユイ先輩は、その時初めて会った。すごい睨まれて、すごい嫌がられてさ! でも、部長が来るとぴたっと止まるんだ。マサ先輩が言っても聞かなかったのに、部長が部室に入っただけでだよ! リッカ先輩が全員分のお茶入れてさ、ありえないくらい長閑なんだ。そしたらミズキちゃんが部室に入ってきてさ、俺見て、ちょっと嫌な顔したんだ。でも部長みるとぱっと笑ってさ、犬みたいに駆け寄るんだよ」

けらけら笑って、琥珀はブランコをこいだ。

「普通の、普通の部活みたいだったよ。そりゃ、あんなクセのある部員なんていないけど、活動してる時はただの学生でさ! ……そうだ、部長って、本当はすげえ口が悪いんだ。いつもは穏やかなんだけど、読書邪魔したり本破ったりすると頭を鷲掴みにしてさ、泣いて謝っても許してくれなくて超怖いんだ。一回ユイ先輩と喧嘩してたマサ先輩が本に花瓶の水かけてさ、そしたらマサ先輩すげえ勢いで謝るんだ。何かと思ったらさ、今まで何があっても怒んなかった部長が、無表情になって先輩屋上に連れて行こうとしてさ。もうすげえ怖かった! あれ絶対屋上から落とそうとしてたよ! でも、ミズキちゃんが帰ってきたら手ぇ放してさ、買ってきてもらったたい焼き食って『次はねえからな』って笑ってさ」

あの人がか。……あの、いつも余裕な顔した人が。今でも美少女だとか誤解されている人が、か。

意外だなと言って笑うと、琥珀も同じように笑った。

「みんなそうなんだよ! マサ先輩は酷い人かと思ったらすげえ面倒見がいいんだ。テストの時なんかは自分もやばいのに俺の方見てくれてさ。まあ、結局一緒にゲーム始めちゃうんだけど。あの人、案外ホラーゲームが好きでさ、でもやってると凄い叫ぶんだ。ゲームとか漫画が好きみたいでさ、二人でよくやるんだ」

お前、両方好きだもんな。正樹は楽しそうにはなし続ける琥珀を見た。

「リッカ先輩はさ、凄い人間恐怖症でビビリだけど、案外しっかりしてる人でさ。マサ先輩とユイ先輩が喧嘩してる時は何だかんだいって上手く宥めてさ。そんで、料理上手なんだ。特に卵焼きが上手くてさ! 最近はいつも弁当作ってもらってんだけど、本当に旨いんだよ。でも、昔はすごい下手くそで、先輩たちに馬鹿にされてたんだって。部長が最後まで付き合ってくれて、部長の為に料理頑張ったんだって凄い惚気られた」

へえ、あの怨霊が。正樹は首をかしげた。

そう言えば、部員の誰かが黒田のりかは隠れ美人だとか何とか言っていた気がする。いやはや、成長とは恐ろしいものだ。

「ユイ先輩はさァ、あの人案外良い人でさ。リッカ先輩がビビってる時は大抵ユイ先輩が傍にいるし、マサ先輩と俺が勉強で行き詰ってる時はアドバイスくれたりしてさ。まあ部長の貞操狙ってる時点で危ない人だけど。しかもあの人、最近俺まで狙ってくるんだけど! 予行練習だとか愛はないとか意味分かんないことほざくんだよ。なのに女子にもててんの! 絶対騙されてるって!!」

なに、お前。掘られそうなの?

話している琥珀の顔は怖がっているというよりは、怒っている・呆れていると言った表情だ。

……まあ、合意なら、な。うん。正樹はそっと目を逸らした。

「そんでさ、ミズキちゃんって案外ライバル意識すごくてさ。俺が音楽してる時は絶対傍にいてさ。耳が滅茶苦茶よくて体調崩すからバンドできないんだけど。作曲はできるとか息巻いてるらしくてさ。あんなかで性格的に一番かわいいんだ。人に尽くすのとか好きみたいでさ、特に部長の要望はすぐに答えるんだよ。それでほめられると本当に犬みたいに喜ぶんだ!」

そっか、と正樹は笑った。

琥珀は楽しそうにそうだ、と笑う。

「……部活、楽しいか?」

「そりゃな。昔は音楽なら何でもよかったよ、何処でやってても、やっぱり一人でやってただけだから。……でも、あの人たちの傍でやってると、全然違うんだ。すげえ楽しい!」

「そっか、良かったな」


……ああ、まったく。

正樹は無邪気にはしゃぐ琥珀を見て、苦笑した。

昔は、全然楽しそうに音楽をしていなかった。ただ、命令をこなすみたいにやってただけだったのに。天才と持て囃されて、まわりに言われて、ただ続けてきたのかもしれない。

そうだな、でも、こんなに楽しくできるんだな。

これも、あの人たちのおかげなのかな。……あの人たちも、ただの、他と変わらない「人」なのかな。



「マサ先輩がな、漫画読んでたときに言ってたんだ。世の中にはパラレルワールドってのがあるんだって」

「……ああ、知ってるよ。Ifってやつだろう」

「そう。それ聞いてさ、あの人たちは、やっぱり、普通に生きてるだけなんじゃないかなって思ったんだ。そりゃ、起こったことは一緒でも、細かくはちょっと違うんじゃないかなって」

「まあ、有り得ない話でもないな」

「それにさ、お前、主人公がつけてた赤いピン、覚えてる?」

……ピン? ああ……していたような、していなかったような。

首をかしげた正樹に琥珀は呆れたような顔をして、ため息をついた。

「してたんだよ。二つ。……お前、部長会ったことある?」

「まあ、生徒会長だからな。それなりに話したこともあったはずだが……ああ、そう言えばしていたな。ピン」

黒い髪に嫌によく似合う、真っ赤なピンだった気がする。

正樹が頷くと、琥珀は得意げな顔をして胸を張った。

「だろ? あれってさぁ……外してると大抵マサ先輩がそれ壊そうとしてんだけど、主人公のじゃないかなって思ってさ。何でしてるんですかって部長に聞いたらさ、金髪の可愛い人に貰ったっていうんだよ」

「金髪? ……主人公は金髪だったか?」

「さあ、表紙とかって大抵学校の景色だけだったから。でも、ありえないことはないんじゃないかなって」

「それで、何故パラレルワールドが出てくるんだ?」

琥珀は小さくわらった。


「だって、主人公置いて帰る時って、クレハは何も持ってなかったじゃん。主人公も普通にピンつけてたし。だから、部長がピンつけてるのは可笑しくない?」

「ああ。……まあ、そうだな」

「だろ! つまり、部長は部長ってこった」

「そうだな」

「つまり、……」

急に居心地が悪そうに口を噤んだ琥珀に、正樹はため息をついた。


「わかってる、わかってるよ。漫画あれとは別物って言いたいんだろ」

「……まあ、そうだけど」

「でもさ、本当は、お前が危ない目に合うんだったらどんな奴でも俺はやっぱり心配なんだよ。……お前がそれでもいいってんなら、俺は何も言えないんだけどさ」

「……つまり?」

正樹はあきれ顔して、困ったように笑った。


「ちゃんと応援してるよ、お前の曲、楽しみにしてる。バンド組む時はちゃんと言えよ」

「……っしょ、しょうがないから、教えてやらないこともねーよ!」

ぱっと子供みたいに笑った琥珀に、正樹は昔のように笑った。




前世からの親友が、漫画で言う魔王とその幹部たちを慕っています。

けど、まあ、……あの人たちも親友を気に入ってないこともないようなので、親友を応援してやろうと思います。


きっと彼らなら、親友のトラブルメーカー体質も受け入れてくれることでしょう。



まるで親離れする息子を見送る様な現状に、正樹はまあ悪くないかな、と空を見上げた。

ああ、じきに夜になる。


やべ……テスト、明日からだ。

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