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ヒューマンズ  作者: 石川十一
本章
4/37

コンタクト

 門をくぐると急激な目眩が秋五を襲った。景色がユラリと波打ち、そのせいで体のバランスを一時的に失う。



「ぐっ、うぅ」



 思わず地に手をつく。胃酸がせり上がる感覚を抑えながら、乱れる呼吸を整えようとして思いきり咳込む。なお目眩は治まらない。動悸の音が妙に鼓膜に響いた。体の具合がおかしい。異常とも呼べるレベルで。


 しばらく門の前でうずくまっていると、気配を感じたのか若い女性が駆けつけて来てくれた。



「大丈夫!?」


「いや…」



 頭が働かない。3日も家に帰らず残業をしていた時だって、ここまで酷くなかった。



「気持ち悪い…」



 嘔吐感は増す一方だ。目眩も良くなるどころか悪化しているように感じる。


 自分はここで死ぬんじゃないか。そう考えたくなるほどに症状が酷い。



「ちょっとしっかりして!誰か!」



 もはやその女性が何を言っているのかすらも聞き取れなかった。


 完全に、思考の波が止まる。















「ねーこの人だれなのー?」


「ほらほら、うるさくするんなら出て行って」


「ねぇー。誰なのー?」



 少女の声で目を覚ました。先ほど感じた気持ち悪さは、もうない。


 

「あら、起きたみたいだね」


「お兄ちゃんおはよー」



 自分はベッドに寝かされているようだ。視線を動かすと、先ほど駆けつけてくれた女性はちょうど部屋の外へ出て行ってしまった。ベッドのすぐ脇には、赤みがかった髪の毛の女の子がイスに座ってこちらを覗き込んでいる。


 この状況を瞬時に理解できず、秋五は思わず固まってしまう。



「もう具合悪くない?お腹すいてる?どこから来たのー?」



 女の子から繰り出される質問の嵐に戸惑っていると、御盆を持って先ほどの女性がやって来た。



「こら。あんまり質問ばかりするんじゃないの。疲れているでしょうに」


「ああいえ、もう平気です。ありがとうございました、ここまで運んでいただいて」



 「むー」とふて腐れる女の子を尻目に礼を言う。女性は「いいのよ」と言って笑った。



「ねえねえ、お兄ちゃんどこから来たの?」



 目をキラキラさせて女の子は尋ねる。秋五は昔から子供が苦手だった。扱いに困るというか、嫌いではないのだけれども相手のペースに合わせられないのでどうにも上手くいかないのだ。まあこの子は子供と言ってもおそらく十歳くらいだろうが


 秋五は女の子の質問に答えることを一瞬ためらったが、答えないわけにもいかなかったので適当にごまかすことにした。



「…うんと遠いところから来たんだ。だけど、荷物も食料もなくなっちゃって。そんな中でこの村を見つけたんだ」


「えーすごい!遠いところってどこなの?」


「うーん。多分名前を言ってもわからないと思うから…」



 子供に嘘を吐くのはどうかと思ったが、こう言うしかなかった。正直に「この世界とはまた違った世界から来たんだ」と言ったとしても、ただの頭のおかしい人間にしか見られない可能性があるためだ。


 と、ここで気づいた。『この世界は夢なのか』どうか。


 あまりにリアリティがありすぎる。ベッドの質感や暖炉の火も、夢とは思えないほどよく出来ている。頬をつねるという古典的な方法も試したが、痛覚は正常に機能しているようだ。



「ここは夢じゃないのか…?」


「え?なんか言ったー?」


「ああいや!なんでもないよ、うん」



 森にいたとき自分は冷静だったはずだが、実際のところ『そう思い込んでいた』だけだったに過ぎないのだ。現実から目を背けていた、と言うべきか。自分の目の前の現象を認めることができずにいただけだった。


 仮にこの世界を現実だとしよう。しかし、今まで自分が生活していた世界からこの世界に飛んだ方法を、どうやって説明すれば良いのだろう。まさか、自分のベッドが某人気アニメに出てくる異次元空間につながる引き出しのようなものと同じはたらきをしたとは到底信じられない。信じられない、が。



「ねーねーどうしたの?急に固まっちゃって」


「ああいや、ちょっと考え事をね」


「失礼する」



 ドスの効いた声と共に、筋肉の塊もとい大男が部屋のドアを開く。身長はおそらく2m近くあるだろう。目の彫りも深く、威圧感が外国人のそれに比べ圧倒的である。


 あまりに衝撃的で、声も出せない。ポカンと口を空けたまま完全に固まってしまう。蛇に睨まれたカエルとはまさにこのことである。



「意識が戻られたようでなにより、旅の御仁。私はソウル・ハドソン。この村で魔物狩りをしている」



 魔物狩りとは一体なんだ。魔物というと、子供の頃に遊んだゲームに登場する、水滴状で常に半笑いのやつを想像して良いのだろうか?


 秋五の頭は既にいっぱいいっぱいだった。



「話は聞かせてもらった。しばらくはこの村に滞在すると良い。寝床はうちを貸そう。晩飯を食べたら今日のところはもう休んだほうが良い」


 

 ソウル・ハドソンと名乗った大男は腕を組み、唸る様な声でそう言った。とりあえず、この人は見た目によらず親切なようだ。人を見た目で判断してはいけないということを改めて実感した。



「どうもありがとうございます」



 ソウルはのしのしと部屋を出て行くと、ずっと女の子をなだめていた女性は「それじゃあこれね」と言って御盆に乗っていた皿を秋五に渡した。おそらくソウルの言っていた『妻』とは、彼女のことで間違いないだろう。



「うちの人、見た目アレだから怖いでしょう? 本当は優しいのだけれどね。これね、残り物で悪いんだけど」


「ああいえそんな。ありがたいです」



 奥さんから皿とスプーンを受け取ると、濃厚なミルクの香りが鼻孔を刺激した。トマトやブロッコリーなどがたくさん入ったミルクスープである。他にも見慣れない形の野菜が入っていたが、そろそろ慣れてきたのでいい加減つっこむのをやめた。



「あたしはマリーよ。そしてこの子がレイラ」


「レイラだよ!このあいだ十三歳になったばっかりなの!」



 どうやらこの世界の人々は英名が主のようだ。とすると自分の名前を教えたら、不信に思われないだろうか。しかし、名前を偽るわけにもいかない。



「あなたの名前を聞かせてもらえるかしら?」


「……ササシュウゴといいます。聞き慣れないかもしれませんが、自分の住んでいた地域では普通でして」


「あら本当に聞き慣れないわね。あなたの故郷はどこにあるの?」


「……」



 言葉に詰まる。


 なんと答えたら良いものか。そう軽はずみに適当なことは言えない。今後しばらくはこの家に厄介になるのだ。なにかの弾みでボロが出るかもしれない。


 しばらく黙りこくっていると、何か事情があるのだと察したマリーは「無理には聞かないけどね」と言って笑った。レイラは状況が理解できていないのか、首を傾げながら視線でマリーに目を向け説明を求めたが、答えは返ってこなかった。



「別に深い事情があるというわけではないんですが、説明がしづらいと言いますか…。なんと言ったら良いか…」



 とだけ言っておいた。



「説明しづらいってどゆことー?」



 レイラはことごとく空気が読めないらしい。子供だから仕方がないのか。



「いや…その…なんと言ったら良いのか」


「あのねえ、そんなに聞いても悪いでしょう?」


「え、なになに? なんなのー?」



 マリーがレイラをなだめてくれたおかげで、とりあえずこの場は事なきを得た。マリー自身は純粋な気持ちで質問しているだけに、こちらとしては少々心苦しい。



「とりあえず、これ食べたら早く寝た方が良いわ。あたしたちは隣の部屋にいるから、なにかあったら呼んで頂戴」


「すみません、なにからなにまで」


「困ったときはお互い様」


「おやすみなさーい」



 二人が部屋に出て行くと、静けさが部屋を支配した。なぜかそれがとてつもなく現実味を帯びていて、カビ臭い自分の部屋をふと思い出す。


 寂しさを押し込めるようにミルクスープを思い切りかき込むと、秋五は思い切り咳き込んだ。

ここまでが長かった...

そろそろ登場人物がたくさん出てきます。

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