思い
秋五たちは依頼達成の報告をするためにギルドへ向かっていた。
あの後、シンディーは魔具販売の副業として冒険者になることを決めた。もちろん本格的に行うことはせず、あくまで副業として、だ。だから危険度の高い依頼は基本的に受けずに、様々な人と交流し楽しみながら冒険者をしていきたいと語っていた。
次に会うのはギルドで。
秋五たちはシンディーと約束を交わし、家を去ったのだった。
既に日は完全に沈んでしまったため街灯が灯っている。さすがに住宅地域ではあまり出歩く人はいないものの、仕事帰りの大人たちやカップルたちを中心に商店区域はまだ賑わいを見せていた。といってもそのほとんどが酒場に、だが。
この国が「軍事国家」であると共に「大陸一の情報国」としても知られる所以は、実はそこにあるのかもしれない。ストライモンは「軍事国家」であるが故に、騎士や冒険者として働く人が多い。そういった肉体を酷使する職業の人間は酒場によく集まるのは世の常、というかいつの時代も変わらないのだ。
酒場は人々の憩いの場であり、情報交換の場でもある。今までまったく接点のなかった者同士が、ふとしたきっかけで仲良くなるのは酒の席ではよくあることだ。そうしたところで新しい繋がりが生まれれば、お互いがお互いに自分の話を語り出し、人から人へと情報は流れてゆく。
そういった小さな繋がりがいつの間にか拡大し、人々に「情報国」と呼ばせるほど莫大な情報がストライモンに集まってきているのだ。
それはごく自然なことだが、そんなことを意識して酒場へ行っている人はあまりいない。今日もまたいつものように、酒場は様々な人で溢れている。
しかしまあ子供を連れている状態では酒場には入ることは出来ないので、酒場への思いを馳せながら秋五はギルドの中に入った。
「こんばんわ。どういったご用件でしょうか」
先ほど秋五たちを送り出してくれた職員のお姉さんだ。さすがにこの短時間で依頼を達成できたとは思っていないようで、なにか別件で訪れたと思っているようである。
「先ほど依頼を完了したので報告に来ました」
「・・・えっ、もうですか?」
確かに依頼を受けてから2時間ほどで完了するというのはあまりに早すぎたかもしれない。ペット等の捜索依頼というのは危険ではないものの、その足どりを掴むまでの時間がかかるので面倒臭がって受ける人もあまりいないのだ。
だが今回は獣人であるジェットハートの嗅覚があったから出来たことであって、早く依頼達成できたからといって別に自慢できることではない。
「はい。えっと、カード必要でしたよね?」
「あ、はい。依頼を完了し報酬金をお渡しするためには、最終的にこちらでギルドカードを提示していただく形となります」
「わかりました。2人も」
「はい」
「・・・うん」
3人分のギルドカードを渡すと、お姉さんはカードそれぞれに手をかざした。するとカードが一瞬だけ光り、それを見たお姉さんは少し驚いた顔をして言った。
「・・・驚きました。本当にこの短時間で」
「まあ俺たちもこんなに早く終わるとは思いませんでしたけど」
「ジェットハートさんのおかげっ! ねー!」
レイラが思い切りジェットハートの腕に抱きつくと、当人は恥ずかしそうに俯きながら「・・・ありがと」と呟いた。この2人を見ていると非常に和む。
「それではこれにて依頼は完了です。こちらの袋に報酬金の銅貨5枚が入っていますので、ご確認下さい」
「ありがとうございます」
秋五は報酬金の入った小さな布地の袋をもらうと、それを自分のズボンのポケットに突っ込んだ。どうもそれが意外だったのか、職員のお姉さんはまたしてもやや驚いた顔で秋五を見ていた。
「・・・・・・えと、何か?」
「あ、いえ! あの・・・確認、されないのですか?」
この時代では金勘定の誤魔化しは日常茶飯事だ。大規模組織であるギルドはそういった誤摩化しを一切行わないよう、厳しく職員を指導しているので金銭の誤摩化しに関するトラブルはこれまで一度も発生したことがない。しかし念のため、こうして報酬金の手渡しや金の引き出しを行う際には相手にも確認をしてもらっている。わざと誤摩化すことは絶対にしないが、万が一ミスがあってはギルドの信用にも関わるのだ。
だが、秋五は金の確認をしなかった。今まで自分が相手をしてきた人たちは必ず確認をしていたのに、なぜこの男はそれをしないのか。
それが不思議だったのだ。
「確認って・・・ああ。いや別に、する必要ないかなって。信用してますから」
「信用・・・」
ケリー・フェルプスはギルドに務めて3年目になる。北の国ホイットリーに暮らしていた時、母がギルドの職員として働いていたことから、自分も母と同じ場所で働きたいと思ったのがきっかけだった。
そしてギルド職員として働く為に必死で努力した結果、念願叶ってギルド職員として働くことが決まったのだ。
しかし働き始めてから2年目にして、ここストライモンに転勤することになったのだ。母と一緒に働けたのはほんの2年だけだったので、彼女はとても寂しかった。
彼女は母と共にまた働きたいという一心で、どんなに辛いことがあっても今日まで働いてきた。上司から理不尽な説教をくらおうが、冒険者に顔を殴られようが、彼女はとにかく絶えてきた。
ギルド職員として働いてきたこの3年間、ケリーは人から感謝されたことはない。ホイットリーで働いていたときは母から褒められたこともあったが、勤務先が移った今、それも一切なくなってしまった。
それ故に秋五の言葉が彼女の心を締め付けた。




