一人の少女の決意
「ウィル! ・・・・・良かった、ありがとうございます!」
依頼人シンディーのペットである犬のウィルは、予想以上に元気ですばしっこかった。なんとかジェットハートが捕まえたものの、どうにか逃げようと藻掻くので何度か逃げられそうになった。しかし獣人であるジェットハートは足も速いため、ウィルに逃げられそうになっても自慢の脚力ですぐに追いついて見せたのだ。
そんな紆余曲折を経て、なんとか一行はウィルをシンディーのもとに送り届けることに成功した。
「ジェットハートさんのおかげで、すぐ見つかって良かったね!」
「うん。日が暮れたらまた明日に持ち越そうとも思ってたし、その前に見つかって良かった。ジェットハートのおかげだな」
「・・・・・」
そう言って秋五がなんの気なしにジェットハートの頭をポンと手を置き撫でると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「あ、ごめん。いつも妹にやるような感覚で、つい」
「・・・・・別に」
24歳にもなる女性の頭を気安く撫でるというのは、あんまり良いことではなかったかもしれない。秋五がそう考えているとレイラからジトッとした視線を向けられた。
「・・・ムゥ〜」
「な、なに・・・?」
「・・・別になんでもない」
まだ13歳の女の子の気持ちを、秋五が分かるはずもない。またレイラも11も年が離れている男の考えていることなんて分かるわけがないのだ。
いじけたようにぷいっと顔を背けるレイラを見て苦笑いを浮かべるシンディーは話を始めた。
「皆さん仲が良いですよね。どういう経緯でパーティを組まれたんですか?」
「経緯、ですか? うーんと・・・」
シンディーは今まで冒険者という職業にほとんど関わらずに生きてきた。というのも、彼女は幼い頃に冒険者と名乗る男たちに両親を殺された経験があるからだ。だから以前は、冒険者は乱暴な人達ばかりだと思い込んでいた。
しかし魔具の販売を行う、今は亡き母方の祖母と2人で暮らし始め、彼女は祖母から色んな話を聞かされた。祖父は元冒険者で昔は様々な依頼をこなし、街の人から愛されていたということ。その娘である母も祖父の背中を見て、一時は冒険者に憧れていたということ。
そして、冒険者は悪い人達ばかりではないということ。
シンディーは祖母と暮らすことによって、徐々に冒険者に対する認識を改めていったのだ。結果、こうして冒険者に依頼をお願いすることになった。
「レイラはともかく、ジェットハートは今日の昼間に参加したばかりで・・・」
「そうなんですか」
「・・・そう」
「私はお父さんとお母さんと一緒に住んでた時に、いつの間にかお兄ちゃんも家に住むようになって・・・」
「りょ、両親公認ですか!?」
「いやいやいやいや」
色々と誤解が生まれそうだったので訂正しておいた。さすがに過去から来た云々は言えないので、旅をしていたら食料が底をついたのでしばらく居候させてもらっていた、という感じで。
「でも、よくレイラさんのご両親は旅へ出るのを了承されましたよね。・・・それも、男性と2人っきりで」
「俺にそういう趣味はありません」
「そういう趣味ってなにさ、そういう趣味ってー!」
そういう趣味というのは、もちろんロリコン趣味のことである。まあ宿に泊まっていて多少ドキッとさせられた事はあったものの、そういうのはいわゆるギャップ萌えみたいなもので、普段はクールな女性の時折見せる可愛らしい表情がたまらないと感じるのと同じ原理なのだ。
よって、たまにドキッとすることはあるものの「好き」という気持ちには直結しない。要するにそういうことである。
と、そんな時だった。
「・・・・・冒険者って、楽しそう」
ふと口をついて出た言葉があった。
言葉を漏らしたのはシンディーである。
今年で18歳になる彼女だが、今まで約10年間、ここストライモンで魔具の販売を行ってきた。決して楽しくなかったわけではない。楽しくないわけではないが、18歳というのは無意識に刺激を求める年齢でもある。シンディーが今の暮らしに何かしらの物足りなさを感じているのも、また事実であった。
そんな彼女が無意識に言ったその言葉は、まぎれもなく本心から出た言葉なのである。
「あ・・・、いや。今のは、違くて・・・・・」
「なればいいんじゃない?」
「・・・・・・え?」
答えたのは秋五だった。
「見たところ、まだ18とか19歳くらいでしょ? 冒険者ってのも、別になるために試験が必要とかそういうわけではないし。本格的な仕事として考えなくても、パーティを組んだりして楽しむくらいの気持ちでやっても良いと思うけどね」
「あ・・・」
「そうだよ! 私たちまだ冒険者になったばっかりだけど、すごい楽しいもん! シンディーさんも、やってみたら楽しいって思うよ!」
「レイラさん・・・」
無意識に、シンディーはジェットハートの顔を見た。彼女からも、何か言葉を期待していたのかもしれない。
ジェットハートは自分が何かを求められているのだと気づくと、言葉を探した。
「・・・・・ウィルが、」
「え?
「・・・ウィルが、したいことをすれば良いって・・・言ってる。だから・・・、ワタシもそうすれば良い、と思う」
ふと、抱きかかえているウィルの顔を覗き込んだ。いつものように荒い息づかいで、こちらをじっと見つめている。
ウィルは10数年前にこの祖母の家へ来た時から、ずっと自分と共にいてくれた家族だ。辛いときは慰めてくれたし、嬉しいときは一緒に喜んでくれた。
人は、家族から言われた一言で変わることもある。
ジェットハートを通じてとはいえ、確かに今、シンディーはウィルと繋がっているような気がした。
「・・・・・皆さん、ありがとう」
シンディーはウィルを抱きかかえたまま、ソファから立ち上がった。
「わたしも、冒険者になります」




