セカンドトリップ
目を覚ますとそこは異世界だった。
まったく同じセリフを話の冒頭で使ったかもしれないが、そこは気にしないでいただきたい。そうとしか表現できないのだ。
昨晩に見た夢とまったく同じ場所に、秋五は倒れていた。昨晩と同じく、黒地のスーツにネクタイ。指輪もある。
「またか」
秋五は冷静だった。なぜなら今、自分は再び夢の中にいるのだと考えたからである。
実際ここは夢の中の世界ではないのだが、秋五は『常識』を持ち合わせていた。『常識』的に考えて、今まで見たことのない世界が現実だと信じるほうが少数だろう。
秋五はゆっくりと深呼吸をしつつ立ち上がる。そしてキョロキョロと周囲を見渡すと、地面に人の足跡がついていることに気づき、それに沿って歩き出した。
風が気持ち良い。伸びすぎた黒髪がゆらりと空中を彷徨った。木々のざわめきも、わずらわしいものではなくむしろ心地の良いBGMのように感じられる。
疲労が体に取り憑いている秋五にとって、夢とはいえこの世界は『癒し』の空間と言えるだろう。日々のストレスを全て洗い流してくれる、居心地の良い場所なのだ。
ここがどこなのか。他に人はいるのか。秋五の頭には様々な疑問も浮かびあがったが、それすらも、歩いている内に全て忘却の彼方に消え去った。
そして歩くこと約五分。森を抜けると広い草原に出た。
「まったく面白い世界だなあ」
暗い空に月が二つ。片一方の赤い月は、黄色い月の二倍くらいの大きさだ。昨晩見た時は同じくらいの大きさだったと記憶しているが。
「お」
何かないかと目をこらしていると、遠くに小さな光がポツポツと灯っていることに気づく。はっきりと全てを視認することはできないが、そこには確かに小さな村があった。森から続いていた足跡も草原に入ると同時に消えているが、目的地はあの村であると容易に推測できた。
「よし」
もはや村自体は目の前に見えているのだから迷う必要などない。秋五は光に向かって走り始めた。
1kmほどの距離も、案外あっという間だった。秋五の足取りはいつもの出勤時と比べかなり軽く、多少息は切れていたものの一切の疲れはなかった。
秋五の目の前には、厚い木の板を繋ぎ合わせて出来た、自分の身長の1.5倍ほどの高さの門がそびえ立っている。石造りではないのに、どこか厳格にも見える佇まいだ。
門の前からでも村の中の様子を伺うことが出来る。秋五の世界で言うところの『電灯』の役目を果たす、火の点いたランタンがそこかしこにぶらさがっていた。
「人はいるみたいだな」
まだちらほらと火が灯っているということは、人々はまだ眠りについてはいないのだろう。こういうときに時間がわからないというのは非常に不便であった。
なんにせよ、門をくぐらないことには何も進まない。この世界の人々の暮らしや文化、常識すらもわからない状態なのだ。
秋五は無意識に、この世界を現実のものとして受け止めていた。始めは夢だと思っていたのだが、覚めやらない興奮による脳内麻薬に似た症状が秋五の冷静さを欠かせていたのだ。もはや今の彼にはそんなことを判断することもできない。目の前の出来事が全て。それで十分だった。
秋五は生唾を飲み込み、門の扉を開いた。
第三話です。
台詞少ないですかね…?
あんまり独り言呟く人もどうかと思ったんですけども。




