奴隷
人探しをしている男、バレットと別れた秋五は貧民街の中心を歩いていた。中心地帯は比較的人通りも多く、いわゆる『アッチ』系のお店もたくさん立ち並んでいた。店先では派手な衣装に身を包んだ女性が客の呼び込みをしている。秋五も何度か話しかけられるが一度も相手にすることはなく、無言で歩き続けていた。内心、「レイラを連れて来なくてよかったな」と考えているのだが。
そのまま歩き続けていると、杖を持った初老の男が呼び込みをしている姿に目が止まった。
「良い奴隷、たくさん入っておりますよ! 現在大量入荷で大変お値段が安くなっておりますので、ぜひお立寄り下さい!」
奴隷商というのは人目をはばかる商売だと思っていたがそうでもないようだ、と秋五は思った。
「奴隷、か・・・」
奴隷を買う、というのはどういう感覚なのだろうか。同じ人間を金を払って購入し、自分の好きなように命令できる。奴隷に対して非人道的な扱いをとる人間がいれば、家族や恋人のように接する人間もいる。奴隷の扱いは購入者の自由。
しばし考えた。今までの秋五だったら、奴隷を買おうなんて思わない。むしろ不愉快な気持ちになるはずだ。
しかし考える。
『戦う奴隷はいないのだろうか』
別に今の戦力に不満があるわけではない。今のところ戦う分にはレイラがいるだけで大助かりだし、もし怪我を負ってしまってもクークの能力によって補うことができる。
しかし、それも今までの話。
ストライモンを出たら、さらに強い敵がたくさん出てくるだろう。腕の立つ数人の戦士が少数の魔物に挑んだところ、数人が死に、生き残った者もかなりの大怪我を負ったとの話を以前ソウルから聞いたことがある。これからの魔物は一筋縄ではいかない。それはレイラも心の底で分かっていることだ。もしもなんの対策もせずに強敵に挑み、死んでしまったら。
そうなる前に、新たな戦力を加えるのもアリかもしれない。
秋五は思った。
「良い気分はしないけど・・・見るだけ見てみるか」
足は奴隷商の方へ向かっていた。
「おや、奴隷に興味がお有りでしょうか?」
「・・・ええまあ。今、あまり手持ちがないので一度見せてもらって良いのがいたら後日、ということはできますか?」
「ええ、もちろん出来ますとも。今回は質の良い奴隷ばかりですからね、ぜひご覧になってください。それではこちらへ」
腰の低い奴隷商に秋五は着いて行く。どこかで罠を張られる可能性も考え、腰元には見えないように短剣を潜ませておいてある。それと、昨日市場で購入した『魔法瓶』という代物も。
魔法瓶とは能力素の詰まった瓶のことだ。つまりどういうことかと言うと、この瓶には一つだけ能力の基となるものが詰まっており、開封する事でその能力を使うことができるのだ。能力を使うことができない人間でも一時的にファクターになれる。しかし効果は一回こっきり。いま秋五の懐に隠してあるのはレイラと同じ、発火性の能力素が詰まっている魔法瓶だ。もし奴隷商が不審な動きを見せれば、最悪この瓶を割って混乱に乗じて逃げるという作戦である。
「・・・こちらでございます」
奴隷商に案内された場所は地下。湿気が強く、薄暗い。秋五の眼前には無数の鉄の棒とその向こうに入れられている大勢の奴隷たち。こうして奴隷というものを初めて目の当たりにしてみて、やっぱり良い気分はしなかった。
「お客様はどういった奴隷を所望でしょうか?」
「・・・戦える奴隷、ですかね。旅をしているので、十分ついてこれる素質のある奴隷を」
「承知いたしました。それではもう少し行ったところになります」
長い道を歩く。両側の牢の壁の向こう側には色んな者がいる。人間や、そうでない者。人に近いが違う者。呆然とした顔つきで座る者、出してくれと泣く者。子供から大人まで年齢性別問わず、区切られた無数の牢の中に入れられていた。
なぜ奴隷身分になってしまったのか、いまの秋五にはそんなことを考えている余裕はない。凄まじい量の『視線』。大勢の奴隷による強烈な圧迫感で、秋五は凍り付いていた。ただ奴隷商の後ろに続いて歩くだけである。
「こちらからあちらまでの牢に入れられているのが、お客様のお望みの奴隷でございます」
戦える者、と言うだけあって威圧感が尋常ではない。牢の中の戦士たちはギョロリと秋五に目を向ける。正直目を背けたい気持ちはあったが、奴隷商の手前舐められるわけにもいかず気丈に振る舞っていた。
「・・・ねえ」
声は秋五の背面の牢から聞こえた。振り返ると、そこには明らかに他の奴隷とは違う雰囲気の女が鉄格子に手をかけていた。他の奴隷たちは今にも秋五を殺してしまいそうな者ばかり。それはもちろん男女関係なく。しかし秋五に声をかけたこの女は、そんな威圧的な雰囲気は一切感じさせずにそこに佇んでいた。
セミロングの茶色い髪の毛。そこから生える二つの犬耳。彼女は『獣人』という種族のようだ。
「あなた・・・戦えないの?」
「こ、これ奴隷! お客様になんという口の聞き方を! 申し訳ございませんお客様」
奴隷商は奴隷に向かって怒声を浴びせるが、秋五は気にせずその奴隷の前に立った。
「そうだね、少しくらいは戦えるけど。でも君に比べたら全然」
「・・・戦力になる奴隷を探してる」
「そういうことになるね。・・・俺は旅をしてるんだ。仲間もいま一人と一頭いるんだけど、長い旅路だ。今後どうなるか分からない。だからとても強い人を探してる。またはこれから伸びそうな人を、ね」
不思議とスラスラ言葉が出てくる。ここに来るまでに凄まじい緊張と焦りを感じていた秋五だったが、彼女と話していると自然とそんな気持ちも消えて行く。
「だったら・・・ワタシを買って」
「君は強いの?」
「買ってくれたら・・・分かる」
彼女は自分を買ってくれと言う。自分の力に自信があるのか、それともただここから出る為の口実なのか。秋五は、少なくとも後者ではないと感じていた。
「お客様・・・この奴隷は確かに運動神経はとても良いですが特別強いというわけでもございません。そちらには腕の立つ奴隷もおりますし、またあちらには能力を使いこなす奴隷もいます。戦士を求めるお客様にこの奴隷は・・・」
「買います」
「・・・へ?」
「値段はいくらですか? いま手持ちがないので、一度宿に戻ってから引き取りに来るという形にしたいんですが」
「ほ、本当によろしいのですか? この奴隷は確かに戦うことはできるでしょうが、特筆する点はございません」
「大丈夫です。値段はいくらですか?」
突発的だった。自分でもなぜ買おうと思ったのかはよくわからなかった。が、なぜか口は既に開いていたのだ。
「そうですね・・・金貨五枚になります。今回はサービスで、この奴隷の服もお付けいたしましょう」
「わかりました。それじゃあ昼頃、また伺います」
そう言って秋五は奴隷に目も向けずにそのまま歩き出した。少々痛い出費だが、今後のことを考えて一種の投資金ということにしよう。
問題なのは、この衝動的な行動をどうレイラに説明するかである。




