貧民街
翌日。
宿屋の一室には、レイラより早く起床した秋五の姿。
「さて」
彼がレイラよりも早く起きて、こうして一人出かける準備をしているのには訳があった。
この国の裏側、通称『貧民街』。表向きは市場や店が立ち並び幸せそうな民が行き交っているストライモンは、事実『貧民街』によって成り立っていると言っても過言ではない。貧民街は他国の圧政から逃れて来た者、戦争で五体不満足になって帰って来た者、多額の借金やその他の理由で家も家族もすべて失った者・・・。そういった人間たちが集まって出来た地域なのだ。
貧民街がおおっぴらに知られることがあれば、ストライモンのイメージは急激に下がるだろう。だと言うのに、なぜ国は貧民街の存在を許しているのか。それは、貧民街の人間が国の労働力になるからだ。週一度、貧民街の連中は全員国の指示で『表』に駆り出される。そしたら、国の公共施設である橋や道、建物を建築させられる。それが済んだらまたしばらく自由に過ごすことができる。貧民街の人間は『安定』を求めて、このストライモンに足を運ぶのだ。
そんな貧民街には『表』の人間は滅多に寄り付かない。民たちでさえ近づく事を恐れているくらいだ。しかし貧民街には『表』にはない風俗店や奴隷市場といったものも存在するため、それを目当てに出入りする人間も少なくはない。しかし貧民街は『表』と違って治安が良いわけではない。『表』の空気に馴染んでしまった人間が考え無しにその領域に足を踏み入れてしまえば、どうなるかは分からない。
そんな場所に秋五は一人で向かっていた。
「ここが貧民街・・・。同じ国とは思えないくらい空気が悪いな」
秋五が貧民街に足を踏み入れた理由は、もちろんいかがわしい目的によるものではない。昨日、偶然耳にしたのだ。市場で貧民街の話をしている男たちの声を。
『昨日奴隷市場、行ってみたか? スゴかったらしいぞ。珍しく上玉がたくさん出品されてたってなぁ、ヒヒヒ。俺も行けば良かったぜ。金はないけどよ」
『ホントかよ! ・・・しかし貧民街には数回行ったことあるけどよ、ヤバいぜアソコ。表とは訳が違うぜ。入った瞬間、鳥肌が立ったからな』
『ハハハ! まだ慣れてない証拠だな。俺はもう数えきれねえくらい行ってるからよ、アッチの奴らとは顔見知りも多いぜ』
『だったら今度俺も連れて行ってくれよ、ハハハ!』
レイラは具合も悪そうだったのでたまたま聞こえなかったようだが、秋五の耳には男たちの下卑た笑い声と『貧民街』というキーワードが残っていた。そして今日、とてつもなく広いこのストライモンの国を歩き、この場所へやって来たのだ。
「『裏』を見てみたいんだよ・・・。『表』しか知らないから」
冷や汗は止まらない。全身の筋肉が収縮しているのが分かる。
貧民街は暗かった。まるで『この世から見放された』かのような、そんな雰囲気を醸し出している。人ひとり、見当たらない。
秋五は歩き出した。立ち止まっていても仕方がない、ここまで来たからには進むしかないのだ。
「・・・やっぱりレイラも連れてくれば良かった」
あれ、と思う。いつから自分はレイラのことを呼び捨てで呼んでいたのだろう、と。
クークがレイラに体力を分け与えた時だ。あの時はクークがレイラの体力を奪っているのかと勘違いして、勢いに任せて叫んだらつい呼び捨てになってしまったのだ。しかし実際、呼び捨てでもなんら違和感はなかったから次からは呼び捨てで呼ぼうと思った。
そんなことを考えながら歩いていた時。
「やあやあ、そこのお兄さんっ」
「っ!?」
そこには黒いハットを被った細身の男。ハットから覗く金髪と右目の眼帯が特徴的である。ハットをかぶり真っ黒いスーツをスラッと着こなすその風貌は、貧民街の雰囲気に似つかわしくなかった。ソウルの話では、スーツはこの時代では見た事がないと言っていたが。
「警戒すんのもわかるけど、そんなに睨むなって〜。変な話を持ちかけようってんじゃないよ。こちとら人探ししてんのさ。・・・下手だけど、こんな顔に覚えはないかい?」
そういって男が差し出して来たのは、紙に書かれた女性の絵だった。確かにそこまで上手い絵とは思わないが、特別下手というわけでもない。紙には女性の絵と、『ロングヘアーで白髪、青い瞳、口が悪い』という三点も書かれている。
「悪いけれど、見覚えがないな」
「ん〜、そっか! 時間とらせて悪かったねお兄さん。ボクの名前はバレット。もしこの絵と同じ人を見つけたら『バレットが探してる』って言っておいてよ」
「ああ、分かった」
「そんじゃねー」
バレットと名乗ったその男は紙を折りたたみ、ポケットにしまってどこかへ去って行った。
「どうやら、悪いやつばかりじゃないみたいだな」
日はまだ上がることはなく、薄暗い貧民街には白い霧がかかっている。
家庭内の事情が重なって、もしかしたら更新頻度がすくなくなるかもしれないです。その時はすみません。




