クークの能力
コルグの街を出て数時間。秋五たちが買ったレーザーホース、クークの強靭な脚力をもってすれば次の目的地であるストライモンまで3時間とかからない。しかし現状、金に余裕があるわけではないので適度に魔物を狩って素材を手に入れる必要がある。秋五一行はクークに跨がり、平原を悠々と走っていた。
「さて、魔物の数も増えてきたことだし。いっちょやりますか」
「うん!」
秋五は先にクークから降り、下からレイラを抱えるようにしてゆっくりと降ろす。まだ乗馬には慣れていないため、訓練を積む必要がありそうだ。
「ゴブリンが3体にスケルトンが1体か。スケルトンは動きが遅いから後回しにするとして、まずゴブリンを集中攻撃だな」
「よーぅし!」
いつもの戦い方は次の通りだ。
まずは秋五が剣で相手の体力を少しづつ奪う。
「らぁ!」
「ギィッ」
秋五がゴブリンの肩口から斬りつけると、相手はうめき声を上げて一瞬だけ怯んだがすぐに再び立ち向かって来た。通常剣で斬りつけられたら一撃で沈むはずだが、この世界の『魔物』という、動物と異なるその生物はかなり体が頑丈なようだ。
スライムみたいなルックスに可愛げのあるモンスターならともかく、秋五が初めてゴブリンのような、既に見た目からグロテスクな魔物を相手にした時は戦う前からやる気を失っていた。しかしそんな秋五の気持ちなんて露知らず、レイラはレイラで淡々とゴブリンをなぎ倒し、笑顔で素材を回収していた。ある意味、レイラのその姿が秋五にとっては軽くトラウマとなっていた。
「よし、いまだ!」
「そりゃー!」
レイラが空中に両手を掲げると、そこから作り出された大きな火の玉が体力を奪われ、秋五の攻撃によって動きの鈍くなったゴブリンに襲いかかる。ゴブリンは一瞬で炎に包まれ戦闘不能となった。
「残りはアイツだけか。レイラちゃん、一気に行こう」
「了解!」
秋五は剣を振りかぶったままスケルトンの懐まで突進し、頭蓋骨のてっぺんから思い切り叩き付ける。頭蓋骨には大きくヒビが入り、上体がグラついたスケルトンに向かってレイラが掌サイズの小さな火球を打ち出すと、それはスケルトンの胸部にぶち当たり一瞬で沈んだ。
「上出来上出来。素材、回収しちゃおうか」
「前に戦った時はけっこう苦労したのに、今日は案外アッサリだったね!」
「戦い方が分かってきたからかもね。以前はとにかく相手を倒すことだけ考えてたし。まあ俺がレイラちゃんの足引っ張ってただけなんだけど」
「精進なさい!」
「・・・はい」
年下のレイラに諭されつつ、二人は倒した魔物から素材を回収してゆく。
「こんなもんか?」
「これ以上は何もないみたいだね。クーク、おいでー!」
レイラが呼ぶと、近くで待機していたクークがカッポカッポと駆け寄ってくる。本当に利口な馬だ。
「良い子だねー、クーク! お兄ちゃん、行こう」
「あいよ」
例のように、まず最初に秋五が乗馬してからレイラを引っ張って後ろに乗せる。さすがにレイラを前に乗せると危険なのだ。クークがいかに物わかりが良いとしてもある程度の操作方法を身につけておく必要があるし、前に乗っている人間がバランスをとらないと後ろに乗っている人も振り落とされてしまう。
レイラを後ろに乗せていざ出発、というところでクークが「ブルルッ」と一声。
「もしかして、お腹減ってるんじゃないかな」
「え、わかるの?」
「うーん、なんとなくだけど・・・そう言ってる気がする」
「気がするって・・・」
まあ言われてみるとそんな感じがしないでもない。どこか寂しげな、ショボショボとした目でこちらを見つめている。
「確か、平原に放しておけば勝手に食べるってあの老人が言ってたな。ってことは、当たり前だけど草食なのか」
仕方ない、と秋五はクークの背中から飛び降りる。
「よし。それじゃあ少し移動して、俺たちも腹ごしらえといこう」
「はーい!」
「ブルルッ」
一行は少し離れたところに生える一本の木の下まで行くと、クークを放した。ちなみに、ここまで秋五はクークに遠慮して一人歩いて来ている。自分が歩く機会を減らす為に買った馬に遠慮するというのも変な話だが。
「よし、好きなだけ食ってこいクーク」
ブルルと返事をしたクークは草を食べに行くかと思いきや、その場で静止したままピクリとも動かなかった。
「ク、クーク?」
置物のようにまったく動かないクークを心配したレイラが名前を呼ぶが、反応がない。一体どうしたというのか。
すると今まで真っ黒だったクークの目が突然白く変色し、その瞬間クークの体が仄かに赤く発光しだした。
「な、なんだ!?」
「クーク!」
秋五たちの心配を知ってか知らずか、クークはそのまま微動だにせぬまま発光を続けた。すると突然、秋五とレイラは体から何かが抜けて行くかのような感覚に襲われた。あきらかに、体力が少しづつ失われていっている。とは言ってもかなり微量で、気づくか気づかないかといったレベルだ。
「お、お兄ちゃん・・・」
「ああ、たぶんこいつの仕業だな」
原因は間違いなくクークだ。何の前触れもなくクークの体が光りだしたかと思ったら自分の体力が失われていっている。どう考えてもクーク以外に原因が考えられない。それぐらいは分かる。
しかし問題なのは、クークはどんな力を使っているのか。自分たちに対して敵意を向けているようには見えない。『奪った体力を自分のものにしている』かのような感じにも見えるが一体。
「お兄ちゃん、これ多分クークの能力だよ」
「能力? 動物でも能力って使えるのか?」
「分からないけど、話では聞いたことあるもん。とつぜんへんいがどうので、動物でも稀に能力を使うものもいるって」
その話が本当だとしたら、間違いない。クークは能力を使い、他人の体力を自分のものにしている。まさにエナジードレインと呼ぶべきその能力。使いようによっては相当な脅威になるが、人の言葉を理解できるとはいえ所詮馬の知能なので『腹ごしらえ』以外に能力の使い方を知らないようだ。
「クーク。お前は今、単純に飯を食っているに過ぎないってことか」
「ブルルッ」
なるほど。要するにこいつは飯は食わない代わりに他人の体力を吸収することによって腹をふくらすのだ。と言っても、腹ごしらえをするために必要なエネルギーは少量で十分なようだし、それなら秋五とレイラの二人でも補うことができる。事実、現に今エナジードレインをされたわけだがさほど疲れた感じはない。
「すごいね、お兄ちゃん! クークは能力を使えちゃうんだよっ」
「とんだ掘り出し物だな。レイラちゃんの目利きは素晴らしい」
クークの腹ごしらえも済んだところで秋五とレイラは一息き、コルグの街で購入したナッツや果物で腹を膨らますのであった。