変人
朝、目が覚めると隣の寝台で寝ていたはずのレイラがなぜか秋五に抱きつく形で寝ていた。
「うわぉお!?」
普段ならば、起床してから数10秒ほど経たないと頭は覚醒しないはずの秋五だが、今回ばかりは驚きの方が眠気に勝った。
「ちょちょちょちょっとレイラちゃん!? なにしてんの!」
「ふ・・・んん? んぁ・・・ふう、おはよ、お兄ちゃん」
寝起き。そう、彼女の微妙にはだけたパジャマから覗く健康的な肌が秋五の視線を釘付けにさせた。さらになぜか彼女はズボンを履いておらず、妙に艶やかなその四肢がより一層、秋五の興奮度合いを上昇させる原因となった。
「な、なんでズボン履いてないのさ!」
「ん? ん〜・・・途中でトイレに起きてぇ・・・脱いで、めんどくさくてそのままにしてきちゃった」
「なるほど、その流れで俺のベッドに潜り込んでしまったということか。・・・って冷静に分析してる場合じゃないよ! 年頃の女の子がそんな恥じらいもなく男のベッドに潜り込んじゃいけません!」
魔物狩りの際の彼女の激しい戦いぶりから時折、彼女が13歳ということを忘れてしまう。そして今回も、13歳には見えないその色っぽい仕草や艶やかな体から、秋五は一瞬自分を見失いそうになった。
「とりあえず顔洗ってきなさい。昨日買った石鹸はテーブルの上に置いてあるから」
「は〜い」
突然のアクシデントで焦った秋五は、自分を落ち着かせようと髪の毛を掻きむしったり息を整えようと試みる。
「(今後またああいう事が起きるかもしれないし、この程度で焦っちゃいけないよな・・・。くそ、平静を保て俺!!!)」
秋五は内心、気が気ではなかった。
本日の予定。
とりあえず街で買うものは買い、これ以上ここに身を置いても意味はないのでこのまま街を出ることにする。お次はこのコルグの街を治めている、軍事国家「ストライモン」へ歩を進めることにした秋五一行。
話を聞くところによると、ストライモンは警備こそ厳しいものの多方面から情報が集まる随一の情報国だそうだ。社会情勢について知識が乏しい秋五にとって、ストライモンはまさにうってつけの場所と言える。領地に入る際に一人ひとり検査をされるようだが、それも問題はないだろう。武器が流通しているこの世の中、まさか危険物と見なされて武器を取り上げられることはないはずだ。
「準備できたよ!」
「よし。それじゃ行きますか」
ジェームスから紹介された宿は非常に良かった。部屋に泊まる際にあらかじめカンテラを渡されており、頃合いを見て油の注ぎ足しのために主人が部屋を訪れたり、食事の時も、よく食べるレイラに気を使ってサービスをしてくれた。秋五はまたこの街によったらこの宿を利用することに決めた。
「そこの若いの。見て行ってくださらんか」
秋五たちが街を出ようとすると、出口の近くにいた10頭ほどの馬を引き連れた老人が二人を呼び止めた。
「なんです?」
「見たところ二人は冒険者のようだ。ならば当然、長い距離を移動することも多々あるはず。この『レーザーホース』がいれば、人が3日かかる距離を3時間で走り切って見せましょう。エサは平原に野放しにしておけば勝手に食べるし、主人の契約を結べば逃げることもない。どうでしょう一頭」
矢継ぎ早に説明され、既にレイラは頭がこんがらがっているようだ。
しかし、今後旅を続けていくには必要かもしれない。人の足では限界がある距離も、馬がいることで幾分か楽になる。しかもこの老人の話によるとこの「レーザーホース」なる一見普通の馬にしか見えない馬は、信じられないスピードで走ることができるというのだ。今後のことを考えると、多少値が張っても購入した方が良いかもしれない。それに。
「お兄ちゃん、買おうよ! 私、ペットとか一度で良いから飼ってみたかったんだぁ〜」
レイラもかなりノリ気である。秋五とは目的こそ違うが。
「この馬の寿命は?」
「ここにいるのは生まれて間もない馬ばかり。レーザーホースの寿命は短くても20年と言われておりますから、まったく問題はないでしょう」
「相当早く走ることができるということだけど、疲れないのか? 一定距離を走ったらダウンしてしまうとか」
「それはありませぬ。三日三晩、休みなしで走らせても息も切れないほどですからな。あまり過度な使い方はしない方が良いでしょうが」
「値段は?」
「一頭、銀貨5枚。しかしお二人は駆け出しの冒険者の方のようですし、負けに負けて3枚でいかがでしょう」
買って買って、ほら負けてもらえたんだから買うしかないよ!とレイラは秋五の服の裾をクイクイ引っ張ってねだる。まあしかし、負けてもらえるなら買うにこした事はないだろう。聞いたところ、この馬自体に不都合もないようだ。
「よし、一頭買った」
「ありがとうございます。お好きな馬をお選びください」
「レイラ、決めて良いよ」
「え、良いの! う〜ん・・・」
10頭すべての馬を一頭づつ品定めをしていくレイラ。食品を選ぶときはかなりアバウトな割に、こういう時はかなり神経を使うらしい。秋五と老人は、頭を抱えて悩むレイラを見ながら静かに待っていた。
「・・・・・決めました! この子で!」
レイラが指差したのは、他の馬に比べて少々ガタイは小さいものの、真っ白な毛並みが実に美しいレーザーホースであった。
「キレイな毛並みだな。こいつで良いのか?」
「うん! というより、もうこの子しかいないんだよ!」
ちょっと何を言っているのか分からないが、レイラが良いというのならばこの馬で良いだろう。
「そしたらこいつを頼む」
「かしこまりました。それでは主人の契約を結ぶことになりますが、お二人のどちらがこの馬の主人になられますかな」
「じゃあこの子で」
「え、私で良いの?」
「この馬を選んだのはレイラだろ?」
促されるまま、レイラは老人の前に立った。
「それでは右腕を」
老人の言葉に従いレイラが右腕を出すと、手首に老人が指をなぞった。そしてレイラの選んだ馬の額を同じようになぞると、レイラと馬の、それぞれ老人に触れられた部位が微かに緑色に光る。
「これで契約はできました。これでこのレーザーホースは逃げることは出来ませんし、主人の命令にしっかり従います。もしもうこの馬が必要ないと判断した場合には、馬の額に触れながら契約を解くように念じれば主従の契約を解除することができます」
分かりやすくて助かる。
これで旅を続ける為の足を確保できた。今後ずっと楽になるだろう。正直パトゥエからコルグへの3日間の道のりでさえ、秋五にとっては相当キツいものだったのだ。
「ありがとう。これで旅も楽になる」
「お役に立てて光栄でございます。どうかお気をつけて」
乗馬経験はないにしろ、何度かテレビで人が馬に乗っている場面を見たことがある秋五は見よう見まねで馬に跨がった。そして「乗せて」とせがむレイラの手を引っ張り秋五の後ろに乗せる。案外上手くいくものだ。
「よし行くか」
「はーい!」
ちなみに、馬の名前はレイラが命名した。
『クーク』
・・・『変人』ってどうなのよ、と秋五は思ったが、心の中だけに留めておいた。
クーク→kook→(訳)変人




