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ヒューマンズ  作者: 石川十一
本章(旅立ち)
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悲劇の幕開け

 ジェームス・ヘッドフィールドは東に位置する自宅への帰路に着いていた。妻のイザベラが好きな、海に隣接した小さな村で、その中でも最もよく海が見える丘の上に家を建てた。


 イザベラの身体には既に新しい命が宿っている。生まれるまでに、そう時間はかからないという。自分が親になるという実感がわかないジェームスだが、せめて子供が生まれた後に妻子にだけは負担をかけないようにと、こうして遠くの街まで出稼ぎに来ている。


 いまこの世界では「能力を持たない人間の方が少ない」とされている。ジェームスはその枠組みにあてはまる存在であった。


 ヘッドフィールド一族は代々「治癒・再生能力」に長けた者を多く輩出してきた名家である。


 かつて起きた大震災では数えきれないほど多くの人間が死んだ。かろうじて生き残った者の中にも飢えや致命傷を負った者が大勢おり、少しづつその命を散らしていった。その危機を救ったのが、七人の超人(ファクター)の内の一人である、ヘッドフィールド一族が持つ能力の起源とも言える存在。


 『ヴィーナス・ヘッドフィールド』


 ヘッドフィールド一族は彼女の能力の恩恵を授かり、現在では医学を中心として様々な分野で活躍している。


 しかしジェームスは、その能力を受け継ぐことはなかった。


 兄弟たちは全員、10歳になる前に能力を発現させた。しかしいつまで経っても能力の発現が見られないジェームスの心にはかすかな焦りと、兄弟たちに対する嫉妬の感情がわき上がっていた。


 20歳になっても能力を使える感覚がいま一つ掴む事ができないジェームスは荒れた。家にいれば能力を持つ兄弟たちもいるので、彼らが仕事の話をしていると自分がとても惨めに思えた。しかし、そんな時に出会ったのがイザベラだった。


 イザベラもジェームス同様、能力を使えない人間だった。だからこそジェームスの気持ちは人一倍理解することができたし、人を寄せ付けないジェームスのもとに歩み寄ることができた。


 結果こうして結婚して、十分に幸せな生活を送れている。


 能力を使えないことから、出稼ぎにきても素材採集や低レベルな魔物討伐といった仕事しか請け負うことができないため稼げる賃金は少ない。しかし家族のことを思えば、まったく苦には思わなかった。この調子で金を稼いで、苦労を強いている妻にもっと楽な生活をさせてやりたい。


 ジェームスはその一心で仕事をしているのだ。





























「さてと」



 朝一番にコルグの街を出たため、まだ朝日が出て間もない時間帯にジェームスは自宅に到着した。自分が街に行っている間にイザベラの体調に変化があってもおかしくはないので、手伝いの人間を雇って自分が帰ってくるまで妻の世話をさせている。貧乏生活の人間にとって手伝いを雇うのは少々苦しかったが、そうも言っていられない。イザベラにとって今が大事な時期なのだ。



「帰ったらもう生まれていたなんて言ったら洒落にならないな」



 ジェームスは馬を降り、馬小屋のほうで馬をつなぐ。



「昨日はだいぶ稼げたな。金貨2枚に銀貨7枚か」



 いつもよりも稼ぎが良かったため、イザベラの反応が手に取るように分かる。ついでにコルグの街で出会った不思議な男のことも土産話でしてやろう。軽く息を弾ませてジェームスは自宅のドアを開いた。



「帰ったぞ、イザベラ。聞いてくれ、今回はいつもより……。?」



 ドアを開いて一拍。リビングにはイザベラの姿はない。暖炉の火は焚かれておらず、もう薪すらも残っていなかった。



「イザベラ?」



 嫌な予感がした。



「どこだイザベラ」



 はずれてくれ。



「隠れているんだろう」



 思い過ごしであってくれ。



「イザベラ! イザベラ!」



 ジェームスの表情は不安一色である。妊婦であるイザベラに何かあれば・・・。


 ジェームスはすべてを恨むだろう。



「どこだイザベラ!イザベ・・・ ラ?」



 二階に駆け上がり、寝室の戸を勢いよく開く。と、そこには床で倒れている見知った人物の姿があった。


 嫌な予感は無情にも、的中してしまった。



「イザベラ!イザベラどうした、しっかりしろ!」



 魔物とはいえ、これまで幾多の生き物の死を見てきたジェームスは一瞬で理解できた。イザベラの息はない。もう彼女は二度と目を覚ます事はない。



「そ、そんな・・・。嘘だろう」


「嘘じゃないわ。今アナタの目に映っている現実がすべて」


「っ!? 誰だ!」



 ドアに寄りかかる一人の女。



「名前を聞かれたら答えないわけにはいかないわねぇ。アタシはハミングバード。ササ・シュウゴクンをこの世界に召還した『魔術師』って言えば分かるかしらね、ジェームス・ヘッドフィールドクン」



 昨晩、酒場で話した記憶が蘇る。秋五の話していた『女魔術師』とは、コイツのことなのだ。



「貴様か・・・! イザベラを殺したのは!!!!!」


「認めるわ、その子を殺したのはこのアタシ。でもね聞いて。ちゃんとワケがあるのよ」



 女は開き直った態度で話を続ける。



「アタシはシュウゴクンの行動に興味があるの。彼の今後の行動でアタシの退屈がいかに紛らわされるかが決まってくるのよ。そのためには、この世界で彼に初めてできた友人とも呼べるアナタが深く関わってくる。その過程でアナタの奥さんは、残念だけど死んでもらったわ」


「ふざけるなよ・・・!!! 退屈を紛らわすために平気で人を殺すなんて、正気の沙汰じゃない!!!」


「アタシは正気よ。異常とも呼べるくらい正気」



 女はきっぱりと言い放った。その様子に、冷たくなったイザベラを抱きかかえたジェームスは思わず呆れてしまう。



「恨むなら自分と、そしてシュウゴクンを恨んでね。アナタが気安く彼に関わったからこんなコトになったのよ。アハハ」


「こ、こいつ・・・!」



 ジェームスは限界だった。むしろここまでよく我慢できたほうだ。妻を殺され、殺した張本人が目の前にいるというのに、焦らず状況を見定めている。


 しかしその限界も、とうに超えた。



「お前は、容赦しない!!!」



 ジェームスは手元の短刀で女の喉元をかっ切ろうと手を伸ばす。しかしその手は虚空を切り裂き、女はいつの間にかジェームスの背後に移動している。



「とりあえずここらでおさらばね。これ以上ここにいても意味がないし」



 その言葉と共に女の姿は煙のように消えて行った。



「…………イザベラ」



 短刀をその場にカランと落とし、ジェームスはイザベラのもとへ駆け寄った。抱きかかえると、そのあまりの冷たさに一瞬鳥肌がたつ。関節も妙に硬く、頬に触れると皮膚とは思えないような、まるで土に触れているようで背筋が震える。



「イザベラ、イザベラ・・・イザベラ・・・・・・・・・・・・ァ」



 ジェームスの頭には後悔の念と、吐き気がするほど強烈な復讐心で燃えていた。


 もう誰も、ジェームスは止められない。


「く・・・っそ・・・!!! チクショウ・・・!!!!! ウウウウアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」



 ジェームスの雄叫びは村中へ響き渡る。


 ジェームスの激しい怒りは、彼の中に眠る小さな芽を咲かせる一つのキッカケとなった。

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