案外良い奴
「なるほど」
「信じるのか?」
「お前がここで嘘を吐く必要性はない。確証はないが、オレは信じよう」
秋五は自分に起きた出来事を余すことなくジェームスに話した。その間ジェームスは話には興味がないとでも言うように終止酒を飲んでいたが、どうやらそれでもちゃんと聞いていたようだ。
「その魔術師の暇つぶしのために召喚されたということか。かわいそうな奴だな、お前も」
「うるさいな。俺の身になってみろよ」
「まあそういう話なら、その顔立ちも酒場へ来た経験がないことも宿の場所がわからないのも頷ける。大変だな」
「他人事みたいに」
「他人事だからな」
「まあそうだけど」秋五は残り少なくなったビールジョッキを傾ける。
「しかし独り身だっただけまだ良かっただろう。俺がお前の立場だったら、その魔術師を殺してでももとの世界に戻ろうとするな」
「え、なに? ジェームスって結婚してるの?」
こんな男と結婚する女がいるなんて。
「まあな。東の街に二人で住んでいる。彼女の要望で、海の見える街に決めたのさ」
「惚気るなよ」
「ふん」
ジェームスはそう秋五と年は離れていないはずだ。大野といい、若くして結婚するのが時代を超えて流行っているのだろうか。秋五も交際していた女と結婚の話題を持ち出すこともあったが、結局直前に折り合いが悪くなって別れていた。それだけにジェームスの惚気話が妬ましく思える。
「まあオレの話はいい。秋五は今後どうするつもりなんだ。もとの世界に帰れないんだろう」
「特に考えちゃいないけど、せっかくこんな夢みたいな世界に来てるんだ。各国を旅して回って、最終的にやりたいことをやり尽くしたら考えるつもり」
「後先考えない奴は早死にするぞ」
「肝に銘じておくよ」
二人はそこで席を立り、宿に戻った。
「明日は朝早く出るから、お前ともここでお別れだ。せいぜい死なないように頑張れよ」
「言われなくても」
宿屋の廊下で二人は握手を交わす。今この瞬間、二人の間には確かな友情が芽生えていた。
「じゃあな」
「おやすみ」
ジェームスは背を向けて手を振りながら去って行った。角を曲がってその姿が見えなくなるまで、秋五はその場に立ち尽くしていた。
「案外良い奴だったな」




