決意
悪夢の晩の翌日、秋五はいつもとなんら変わる事なくハドソン家の家事を手伝っていた。薪割りを終え、今はマリーの皿洗いの手伝いの最中である。
「だいじょうぶ、秋五くん? 別に無理しなくて良いんだよ」
「いや大丈夫ですよ、怪我したわけじゃないので」
結局昨晩は晩飯を食べた後にレイラによる必死の猛攻を受けたために、内緒で抜け出した理由、そして森で何があったのかを事細かに説明させられるハメになった。
主にレイラからめちゃくちゃに叱られる結果となったが、ある意味それは愛情の裏返しなのかもしれないと思うと胸が詰まった。
その後は水浴びもせずにさっさと布団に潜った秋五だが、布団の中ではそれはもう口では説明できないほどかなりの長時間考え事に耽っていた。そこで出した結論。
「本当に、出て行っちゃうの?」
「ええ。この時代のことをもっとたくさん知りたいんです。そのためには旅をするのが手っ取り早いかと」
皿についた水を布巾で拭きながら、秋五は答えた。
とてつもなく単純な理由ではあるが、秋五を突き動かす動機としては十分なものだ。
「寂しくなっちゃうわねぇ。レイラがなんて言うか」
「あはは……ほんとなんて言われるか」
もしかしたら一発殴られそうな気がする。というか一発じゃ済まない気がする。
「(熊をしとめた一撃がこの頬に突き刺さると思うと)」
せめて土下座くらいでなんとかならないかな、と弱気になる。
「でもどうするの、出て行った後。アテはない上にお金もないじゃない」
「一応火の起こし方とか生活の知恵とか授けていただいたので、しばらくはそのへんの動物の肉でも食って過ごそうかと。同時に魔物の素材も手に入れて、街に着いたらそれを売って金にする、ってところですかね」
サラッと言っているが、実は秋五自身にとってはかなり凄いことだったりする。もちろん野生の動物の肉を食うなんていう習慣は現代の日本、それも東京ではまず考えられないことであり、それをさも当然のように口にしてしまうあたり、秋五はこの時代にほぼ溶け込んでいることがわかる。
「いつ出る予定?」
「明日の昼には発とうかと」
「ええ!? 早くない?」
「善は急げ、思い立ったが吉日。早く行かないと、もしかしたら気が変わってしまうかもしれませんからね」
あの女魔術師に言われた「退屈な人間」という一言。
おそらくこの生活に、自分は満足していたのだろう。しかしあの女魔術師の一言で気づいた。気づかされてしまった。
『この広い世をこの足で歩き、この目で見、この手で触れたい』