死を悟る
佐々秋五は考えた。
この状況をどう切り抜けるか。いや、切り抜けたところで何も変わらないだろう。この魔術師はいつでもどこでも、秋五を召喚できるのだから。
「本来なら魔方陣を描いてそこから呼び出すんだけどねー。もう分かったでしょ、アタシの性格。いちいち対応するのも面倒だし、なるべく目の届く範囲内に召喚してその行動を観察しようって思ったの」
「・・・なんでそんなマネ」
「暇だからよ」
魔術師はキッパリと言い放った。
「この世界のことを知らない人間が突然召喚されたらどんな反応とるんだろう、って思ったの。退屈しのぎくらいにはなるかと思ってたんだけどこの二ヶ月間、キミあんまり目立った行動しないからさー。また退屈してきたわよ、アハハ」
「そんな理由で・・・!」
もはや秋五の沸点の限界は超えていた。あくまで情報を得るために静かに話を聞いていたが、聞けば聞くほどこの怒りはおさまりのきかないものとなってゆく。キシキシと歯が軋む音だけが聴覚を支配し、力を込めた拳に集まる血液は皮膚を赤く染上げていく。
「・・・キミじゃ勝てないよ、アタシには。試しにやってみる?」
「っなもん聞くなぁ!!!」
女の懐に飛び込み、拳を高らかに振り上げる。しかし、確実に顎を捉えたはずの拳の先にはその女はいなかった。
「まだ修行を積んで一ヶ月でしょ? 甘い甘い」
「っ!? いつの間に背後に・・・!」
「もう無駄だってコトわかったでしょ? くらいなさい、『チャーム』!!!」
女の声と共に、その目からなにか不穏な雰囲気が漂っていることは素人目でも分かる。見てはいけないのに見てしまう。人間の心理であるが、このとき秋五は必死に目を逸らそうと耐えていた。
「(見ちゃ駄目だ・・・、見ちゃ駄目だ・・・ってわかって、いるのに・・・!!!!)」
秋五の視線は、完全に女の目にロックしていた。
すると女はニコリと笑って
「『見た』わね」
「っ!?」
その瞬間、体全身が麻酔にかかったかのような妙な感覚に陥った。自分の体なのに、自分の体じゃないような。本当にこの体には神経が通っているのかと疑わずにはいられないような。
「な、なに、を……し、た」
もはや口も上手く動かすことができない。一言喋るだけでもかなり骨を折る。
「あたしの能力よ。『チャーム』って言ってね、アタシの目を見た生物は人間だろうが動物だろうが虫ケラだろうが。行動を全てアタシに支配されちゃうの。召喚魔法の方はアタシの日々の努力の成果だけどねー」
「だからこうやって」と言って女は懐からナイフを取り出す。戦闘には不向きな、素材を剥ぎ取る際に用いられる小さなナイフではあるが、その切っ先は遠目から見ても相当の鋭さだということが分かる。使い方によっては、人一人を十分に殺せる代物だ。
女がそのナイフをこちらにポイと投げると、完全に行動を支配された秋五の体は本人の意思とは関係なく、そのナイフを受け取った。
「な、にを…す、するつ、も、りだ」
「なにって、こうするの」
秋五の体は動き出す。ゆっくりとした動作で、手に持ったナイフを自分の心臓が位置する場所に構える。
「簡単でしょ。しかも自分の手を汚さずに相手を殺せちゃうだなんて、我ながら良い能力に巡り会ったものだわ。アハハ」
「く、くそ・・・!」
「キミは退屈だから、キミを殺してからまた別の人を召喚することにするからねー。次の人は退屈しない人がいいな、なんて。アハハ」
過去の一連の出来事が瞬時にフラッシュバックする。これは走馬灯なのだと、秋五は一人静かに納得した。
自分は心のどこかで、死を悟っている。ここで命が尽きることを、無意識のうちに感じ取っていた。
「キミかっこ良いから手元に残しておいても良いんだけど、いろいろ面倒だからねー。ごめんね。バイバイ、ササ・シュウゴクン」
ナイフを持った秋五の両腕は自分の胸に狙いを定める。
「(お別れ、みんなに言っておけば良かったなー。あー、最後にマリーさんの晩飯食べたかった・・・)」
両腕はピンと伸ばされ、今まさにその心臓に向かって突立たれようとしていた。
その時。
「オオオオオオオアアアアアアアァァァァァァァァア!!!!!」
沈黙を打ち破ったのは、轟音のような叫び声と共に現れたソウルであった。
一日に何話投稿しているんでしょうね。