慣れ
神集の地を発見してから一ヶ月が過ぎた。
森から帰還してすぐに三人の若者たちは神集の地のことを村人たちに言い広めてしまい、それからしばらくの間は大盛り上がりであった。しかし村長の「神聖な場は本来、我々人間が踏み荒らして良いものではない」という言葉に村人たちも冷静になり、森に行く気満々であった者たちもその足を止めた。
あの後、結局湖を調べることはしなかった。秋五自身、別に現代に戻ったところで仕事漬けの日々が待っているだけだ。
家族も基本的に放任主義だし、せいぜい会社で寝泊まりしているんだろうくらいにしか考えないはずである。
事実この時代での生活は非常に楽しい。
最初は慣れないこともたくさんあった。まず現代では普通に使われる電化製品はないし、風呂もシャワーもない。ガスもないから、ソウルやレイラの能力で火がついても、火を移すための薪を用意しないといけない。
ないもの尽くしである。
しかし一ヶ月も経つと慣れたもので、今では一人で日常生活を送れるくらいのレベルには達していた。それでもハドソン一家の手を借りずして生きてはいけないだろうな、と秋五は自分の無力さを痛感した。
と、そんなある日のこと。
「秋五くん、ちょっとお願いしたいんだけど」
「大丈夫ですよ。手も空いてますし」
エプロン姿のマリーが布巾で手を拭きながらキッチンから出てきた。
「そろそろレイラに一人で魔物狩りに行かせようと思ってね。あの子もだいぶ強くなってきたから大丈夫だとは思うんだけど、もしもの時のために、一緒に行ってあげてくれないかしら?」
「いや、もしもの時と言いますけど、レイラちゃんより圧倒的に僕の方が弱いんですよ? 行くならソウルさんの方が適任でしょうに」
「あの人、今日は街のギルドの方に出ちゃってるのよねぇ。それにああ見えてあの人すごい心配性だから、レイラにはまだ早い、とか言いそうだわ。レイラ自身のためにもそろそろ経験させたいし。お願いっ」
既に30過ぎであろうマリーが、上目遣いで手を合わせるその仕草は年齢と不釣り合いなくらい似合っていた。もともと容姿が幼いからなのか。
「分かりました、行きますよ。『もしものとき』が来ないことを祈って」
というわけでレイラの初の魔物狩りに、付き添いで着いていくことに決定した。
「おーそーいー」
「いやごめんごめん。装備品とか身につけるの初めてでさ」
「男の人が言い訳しないの」
「・・・面目ない」
マリーから「旦那のお古」と言って渡された防具は、金具がところどころ錆び付いていていたので身につける際に多少難があったが、小さな衝撃を受ける分には問題はなさそうだ。身に着け慣れていないものを着ているからか、かなり恥ずかしい。
「レイラちゃんは似合ってるね」
「え、そうかな? お父さんが前に買ってくれたんだー」
レイラは防具ではなくローブを身に纏っていた。膝下まである長さで、茶一色のシンプルなものではあるがよく似合っている。その姿は、童話やアニメでよく見られる魔法使いのそれとよく似ていた。
「でも攻撃とかされたらマズいんじゃない?」
「だいじょうぶ! これは歩竜の皮で作られてるから、意外と頑丈なんだよ」
「歩竜?」
初めて聞く単語ではあるが、それが魔物の名称だということは理解出来た。
「んっとね。翼があって空を飛べるのが飛竜。翼はないけど足が早くて、飛竜ほどじゃないけど皮膚が頑丈なのが歩竜だよ」
「なるほど、竜種は大きく分けて二種類いるってことか」
「そゆことー」
一つ勉強になった。現代では伝説となっている竜がこの時代で存在していることについてはあまり驚きはないが、できればそんなものに遭遇はしたくない。
するとレイラは早く行きたくてたまらないのかウズウズし出す。秋五自身はあまり行きたくないのだが、レイラのためにもここは身を切る覚悟をしなくてはならんな、と悟った。
「それじゃ、まずは平原の方に行こうか」
「はーい!」
そんなわけで、とりあえず比較的レベルの低い魔物が生息するという平原へ向かうことになった。