道中~魔の黄砂
身を切るような寒さを感じてドレイクは目を覚ました。
気を失っている間に、辺りは日が落ちて暗闇に包まれていた。夜風をしのぐために岩場の陰に移され、そのまま放置されていたらしい。
近くには、すでに燃え尽きた薪と毛布にくるまって寝入るトキの姿がある。
冷え込みの激しさに身震いしたドレイクは、自分も暖かいものを探して周囲を見回した。自分が担いでいた荷物には二人分の毛布があったはずだが…。
「自分だけスヤスヤ寝やがって……。俺の分も用意しとけよな、この冷血漢」
荷物を探り当てて漁りつつ、悪態をつく。
行き倒れた時点で捨て置かれず、ここまで運ばれたことには意識が向かない。
やがて、丸められたそれを掴んだ。紐を解いて広げようとして、そこであることに気づいて手を止めた。
こちらに背を向けたトキの側から、仄かな熱が発せられている。
「………あ」
トキのすぐ近くの岩壁。そこに立てかけられた、棒状の武器。
熱源の正体は、制作した緑髪の魔術師が自慢げに話していた、あの獣具。
「マジックアイテム…っ」
ドレイクはちらりと所有者が眠っていることを確かめて、そっと忍び足で近づく。
非現実的な力を持った魔法の品。是非ともその手で触れて握って使いたい。
そしてあわよくば自分のものに―――などと、悪い顔をしていたドレイクは。
鎚矛を持ち上げようとした瞬間………、
「え?」
地面と柄に両手を挟まれた。
「………ッ!?? あっ―――――ッッツゥ、いってえええ!!」
手のひらと指にのしかかった重量、その痛みに、ドレイクは思わず叫んだ。その騒ぎで寝ていたトキも顔を上げた。
自分の力では持ち上げられなくて半泣きのドレイクに、トキは半眼で眺めた後、片腕を伸ばして軽々と持ち上げる。
手に残った痛みにしばらく悶えるドレイクへ、また獣具を立てかけたトキが教えた。
「ソレを持てるのは俺だけだ。そういう風にフェイベルが調整しているからな」
「はい…」
「…、」
ドレイクが素直に頷くと、トキはさっさと寝ようとした。それより先に、ずっと聞けなかった気になる質問をドレイクが問いかけた。
「なあ、それって、なんて名前?」
「…」
獣具の名前。正式名称。
さぞかし立派な、格好いい名前があるんだろうなあと期待するドレイク。
トキが答えた。
「『火蜥蜴の尻尾』」
「…ひと? いや、尻尾って、もうちょっと捻ったりとか」
「火蜥蜴の尻尾」
「だから、もっとこう『ヒートスケイルハンマー』とか『サラマンド・スター』とかさ、イイ感じのネームを…」
「火蜥蜴の尻尾」
「もっと…」
「しっぽ」
「………えー」
期待していた名前と違って落ち込んだ。一人で「…バーニングスタイルとかどうだろう…」と呟く男を、トキは無視する。
「…そういえばお腹空いた」
「…」
「おっさん起きて、何か食べるものない?」
「…」
「おーい」
「…」
返事はなく、代わりとばかりに串が投げられる。
串には、小さなトカゲが曲がりくねった状態で刺して焼かれてあった。わあ、と声を漏らしたドレイクは、露骨に嫌な顔をした。
彼の暮らしていた世界、その国の食文化では、まず食べられることのない食材だ。
「あー…。う〜…っ」
食べられない。決心がつかない。串焼きを見つめながらドレイクは唸る。
こんがり焼かれたトカゲを。
焼けて無くなった、窪んだ目の部分を。
じっと、見つめる。
「………。いただきます」
片手で合掌の姿勢を取り、お辞儀をして口へと運んだ。
その様子を、トキは横目で見ていた。
「…」
一口食べて、それからガツガツ貪るドレイクに何も言わず、静かに寝返りを打った。