表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣々承知!!  作者: 納 平子
8/56

 序章 『風の羽、火の尻尾』




 行く手に遮るもののない大地の直中を、二人の旅人が歩いていた。

 前を行く一人は、大柄、短い黒髪、旅慣れた軽装に身を包んだ偉丈夫。名はトキ。

 付いて歩く一人は、やせ細った中背、久しく切られていない灰色髪、鼠色の寝間着にマントを付け足した格好。背中には、成人男性なら苦もなく運べる程度の旅荷物。名はドレイク(仮名)。

 とある魔術師の住処を出立してから半月余り。トキの持つ“決して迷わない羅針盤”を頼りにひた歩き、気が滅入るほど歩き、そして今なお歩き続ける。

 暑さで景色が揺らめく中を涼しい顔で歩くトキの後ろで、フラフラながら、どうにかドレイクが付いていっている。

 長年自宅に引き籠もっていたダメ人間の割りには、かなり頑張っていた。


「ねえ」


「…」


「おっさん、ちょっとだけ聞いて」


「…」


「休もう…。干からびるって。足が吊りそう。荷物が重い。足裏が痛い。お腹減った。フェイベルが憎い。あのレタス頭どうにかして。お腹減った。もう汗も出ない。勘弁して。歩きたくない。帰りたい。帰りたい。帰りた」


「…、」


「すいませんでした」


 ドレイクの愚痴は、トキの無言の圧力で沈黙。

 先頭は依然として歩みを止めず、後尾も何気に奮闘する。







 ドレイクは別の世界から喚び出された人間である。

 フェイベルという名の魔術師によって召喚された、云わば奴隷。強制的に異世界へと連れてこられ、服従契約を結んで言いなりに……となるはずだったが、本名を名乗らなかったお陰で操り人形にされずに済んだ。

 非現実的なものが好きで、元の世界に戻る気もない。そんな彼が旅に出ることになったのは、フェイベルの商売客であるトキが訪れた際のことだった。


「…フェイベル、新しい獣具を造る気はあるか」


「おっと、耳寄りな情報でもあるのかい?」


 各地を渡り歩くトキから生活用品を受け取りながら、そう切り出された魔術師フェイベルは問い返した。

 フェイベルが得意とするのは錬金の技。特定の生物の体から採れる材料を基に、四属の魔力を操る為の『獣具』を造り出す。

 かつて起こった戦争で入り用になり、数多くの獣具が生産された。それ故に、製作に必要な生物はほとんどが絶滅して残っていない。フェイベル自身も、新規の獣具を造るのは久し振りとなる。

 トキはにこりともせず、淡々と儲け話を続ける。


「ある辺境の地で生き残りが目撃されたらしい。地理的に考えて、獣の属性は風属(アネモス)。恐らく『風羽根』だ」


「そいつはご愁傷様だな。せっかく生き延びたのに、狩り足らない奴らに見つかっちまった訳だ。それで、旦那も狙いに行くって?」


「依頼主がいる。獣を仕留めて素材を持ち帰れば、相応の報酬が出る。ついでに、腕の良い魔術師の話を聞かせておいた」


「それはそれは、感謝の言葉もないねぇ。俺は獣具を造れて、旦那は金を手にする、と。一挙両得だなこりゃ」


 金銭には興味のないフェイベルだが、個人的趣味である獣具の制作が出来ると聞かされて乗り気だ。逆に獣具自体に一切興味のないトキは、報酬一辺倒で話を進める。


「依頼主の要望は素材だが、お前の話を聞いてもう一つ案が出た。俺が手に入れた素材を先に加工して、獣具として持ってくれば報酬は倍になる。無論、獣具の出来映えにもよるが」


「その点は心配ご無用。しかし随分と信用されてるなあ。顔も名前も知らない無名に、貴重な素材を託すかね」


「先方には、俺の持つ獣具を見せてある。お前の自信作をな」


 そう言ってトキが渡したのは、赤黒い鱗に覆われた鎚矛(メイス)の獣具。フェイベルが加工、制作した逸品で、トキが愛用する殴打用武器。

 人里離れた場所に暮らす魔術師を訪ねる最大の理由だ。


「あー、はいはい。また調整し直すのな。てか旦那ぁ…、無理して使うなっていつも言って」


 特に問題があるようには見えないそれを手に、文句を垂らすフェイベル。その言葉が、ある方向からの視線に気づいて止まった。

 毛布を頭から被ったドレイクが、目を輝かせながら嬉しそうに眺めていた。


「…」


「マジックアイテム…! カッコウィー……」


「お前さん」


「…はっ!」


 接近がバレてすかさず毛布にくるまり、芋虫の如くもぞもぞ離れていく。その様子を傍観するフェイベルに、トキがしかめっ面で聞いた。


「アレが、お前の喚び出した異世界の人間か」


「まあ…。ハズレを引いたって自覚はあるよ」


「何故追い返して別の者を喚ばない? 役に立たないのなら、いつまでもそばに置くこともないだろう」


「旦那、召喚の技は色々手間が掛かるんだよ。俺なりに錬金の技を組み合わせて危険性は減らしたが、その分術中はかなり神経をすり減らすし、今は方円を描く為に精製した塗料もないんだ。あの“奴隷くん”のせいでなぁ…ッ」


 忌々しそうに部屋の奥へ消えた芋虫を睨みつけるフェイベルへ、同じようにじっとりとした目でトキが睨む。


「その役に立たない男を、俺に押しつけるのか」


「そうじゃないって。俺はただアイツをここから追い出せればそれで良いんだ。旦那が連れてってくれたら助かるって話。旦那も、面倒なら途中で捨てたらいい」


「…」


「それか、近場の村か街に置き去りでも構わない。その気になれば、いくらでも生きてはいける。本人次第さ」


 適当な言葉を並べるフェイベルに対して、トキの表情からはなにも窺えない。

 やがて、短くこう答えた。


「俺の好きにさせてもらうぞ」


「どうぞどうぞ、お構いなく」


 差し出される当人そっちのけで話が纏まった。

 別室から覗いていたドレイクは、反対しに行けないもどかしさに歯噛みしながら、恨めしそうにフェイベルを睨んでいた。

 とはいえ。


「冒険かぁ…」


 憧れのファンタジーな世界で、ゲーム・アニメ・漫画のような素敵体験をしたい―――そう夢見てきた。

 元いた世界では社会から孤立したニート青年・ドレイク。これは意外と悪くない展開かも知れない。

 まだ見ぬ未知の世界へ。ここから始まる、勇者ドレイクの英雄譚が始まる……。







 …始まっている。


「…、」


「へ……えへ、へ…。世界を…救っちゃうぞぉ………ぐへ」


 砂礫の大地に顔を突っ伏して、助ける素振りも見せないトキが見下ろすその先で、勇者ドレイクは行き倒れになっていた。

 彼の英雄譚は、早くも終わりを迎えていた………。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ