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獣々承知!!  作者: 納 平子
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戦闘~化け鼠“空醍醐”




 火蜥蜴の尻尾を爆発させる度に、反動でカラディゴの猛攻を食い止める。代わりに熱量を与えてしまい、カラディゴの体はどんどん肥大化していく。

 巨大となったカラディゴは、短い腕でトキを押し潰しにかかった。莫大な熱が質量を伴ってのしかかり、鎚矛をかざして受け止めたトキの体は大地を砕いて沈み込む。

 耐えるトキは獣具を操作し、柄頭を細く開いて噴射口にする。溜めた熱を一方向に放出して推進力に変え、押し潰される前に脱出。逃れたトキに、似合わぬ速さで追い縋るカラディゴが攻撃を繰り出すが、ことごとくを高速移動で回避してのけた。

 トキは獣具の形状を鎚矛に戻し、カラディゴを睨む。


「醜いな。あの子達の、大勢の命を食い潰してきた。その末路がコレか」


 人の姿形から外れ、今や四つん這いで立たなければならないほどに膨張した。貪欲に熱を食らい続けるカラディゴの在り方には、トキも呆れ果ててしまう。

 亡者と成っても自身の本質が失われない。それはある種、凄いことなのかも知れないが。


「…生キルトハ、他者ヲ喰ラウコトナリ」


 トキの嘲りを理解できたのかどうか、知性をほぼ無くしたはずのカラディゴが口を開いた。

 落ち窪んだ眼孔の奥に、赤く光を灯す。


「強キ者ガ弱キ者ヲ糧トスル、絶対不変ノ真理。誰モ殺サズニ生キラレル者ナドイナイ。命ノ上ニ命ガ成リ立ツカラコソ、誰モガ生キヨウト足掻キ苦シム。死ヲ恐レテ執着スル」


 奪うことを厭わない。忌避は自身の『生』をも否定する。


「テメエモ、生キルタメニ、殺シテキタダロウ?」


「…」


 問われて、無言で、鎚矛を握り締めた。

 カラディゴの言葉が真実だからこそ、トキは人として立ち向かう。獣の道理を認めたりしない。

 その姿勢を、ありふれた矛盾を、零落した亡者は笑う。


「変ワラネエヨ。テメエモ、俺モ、生キ汚ネエノサ。カハハハ。カハハハハハハ」







 再び激突する両者を離れて観覧する魔術師は、とても機嫌を良くして魅入っていた。


「素晴らしい。カラディゴさん、貴方がこれほどだったとは知りませんでした。惜しい逸材を亡くしましたね。それに熱膨れを彷彿とさせる吸収能力、実に興味深い」


「俺も、お前さんに興味があるぜ」


 熱心に観察を続ける魔術師に声がかけられる。彼が振り向くと、折り畳んだ風羽根の扇を携えたフェイベルが近づいていた。

 二人の魔術師が対峙する。


「貴方は?」


「フェイベル・ラインバル」


「これはこれは、かのラインバル家のお方でしたか。失礼しました。私、エバング・アムルコープと申します」


 エバングと名乗った魔術師に、フェイベルは眉根を寄せて聞き返す。


「アムルコープ? 聞かん名だな」


「ええ。由緒正しきラインバル家とは違い、私の一族は成り上がりですので。───私の代で、一大派閥となりました」


 私の代で…とはつまり、“自分の実力を以てして伸し上がった”と暗に示していた。腕に相当な自信があるのか、フェイベルを前にしても物怖じする様子はない。敵愾心を見せないのも、成り上がりであるが故に組織に依存していないからか。

 異端者へ憎しみを抱かない以外は典型的な魔術師のエバングに、フェイベルは突っかかっても詮なきことなので数珠へ関心を移した。

 亡者を喚び出し、その体に特殊な細工を施したものだと見抜く。


「そいつが問題の獣具だな。素材は……うえ。亡者の糞かよ」


「『肥石の数珠』です。通常の汚物と趣が違うので汚くはありませんよ。言うなれば、亡者の体内で凝縮された魂の混合物。いくつかの式と地属の魔力を織り交ぜた、私の逸品です」


 彼岸の住人である亡者に地属の性質を与え、地上に留まれるようにした獣具。数珠を介して喚ばれた亡者に、自動で式を転写する。

 エバングは得意気に知識を開示してくれた。

 生きて帰す気がなかった。


「アムルコープ家は代々死霊の技を研究してきましたが、あの技はご存知の通り、一筋縄では扱えません。私も文献から手解きを受けたものなのでね。ですから、別口から霊属の魔力を得られる仕組みを編み出したのです。錬金の技と組み合わせることによってね」


「肥石の数珠、それに亡者か」


「そう。亡者が魂を貪る際、霊属の魔力もその身に取り込みます。そして選り分けられた魔力はこの数珠に転送され、蓄積していく…。以前は、あちらのカラディゴさんに与えた獣具で集めていたのですがね」


 語りながら、手のひらで激戦を繰り広げる方を示す。

 フェイベルは目もくれない。


「それだけの魔力をかき集めてなにをしでかす。世界の情勢を乱すのも、お前さん達の望むところじゃなかろう」


「研究内容は秘密です。俗世への干渉も、骸骼都市は地方自治区であり国家に見なされませんので。おや、もしかして罪なき人々を案じているのですか? お優しいんですねぇ」


「阿呆か。連れがどいつもこいつも忙しないっていうんで、暇を潰しにきただけだ。もちろん付き合ってくれるんだろうな、アムルコープ」


 聞くまでもなかった。


 悠然と構えていたフェイベルの顔面に、しならせた数珠の鞭が打ち込まれた。


 完全な不意打ち。だがエバングは笑みを引っ込める。数珠はフェイベルの顔を通り越して当たっていなかった。

 その手に持った扇子が滑らせて展開されていた。強度変換により鉄扇に、相手を切り裂く戦扇(バトルファン)へと変わる。

 優雅に扇ぎ、操る風に身を委ねて敵を翻弄する。エバングは両手で数珠を操り、軌道を複雑に変化させて狙うが、ことごとく外していく。

 目の前まで接近され、すかさず数珠で横薙ぎに打ったが、亡者の如くすり抜けた。

 そこにフェイベルの実像はなかった。


「お前さんも、単純一途で弄しやすいな」


 動いた口から、声が聞こえてこなかった。

 声は別の方向から───エバングはハッと気づいて真横からの奇襲をかわし損ねた。斬りつけられた左の二の腕から血が流れ、裂けた外套の袖を赤く染めていった。

 手傷を負いながらも気に留めないエバングは、冷静に戦扇を見極める。


「虹彩鳥の尾羽…、光を屈折させる特性ですか」


 風羽根の中で比較的力が弱いとされる虹彩鳥の固有能力。光の進行を屈折させて、実像を別の位置に漂わせた塵芥に投影する。

 目に映る姿は虚像。それならばと、エバングは肥石の数珠から亡者を繰り出した。亡者は誰もいない場所へ───フェイベルが実際にいるところへ殺到する。


「亡者は生物の魂に惹かれます。いくら視覚を惑わそうと、貴方の位置を確実に探り当てる」


「だから?」


 手の内を知られてもフェイベルは焦らない。戦扇に極少量の霊属を纏わせ、亡者の体を数閃で切り分けていく。

 地面に為す術なく転がる亡者の山。その有り様に、エバングはことさら満足げに笑ってみせた。

 術中に嵌ったフェイベルの間抜けさを嘲笑う。


「せっかく集めた魔力を貴方のために消費しなければならないとは。まったくもって遺憾ですよ、ラインバル」







 骸骼都市の上空から街中に戻ったドレイクは、虹彩鳥から降りて商店が連なる市場へ向かった。襲い来る亡者は虹彩鳥の風が吹き飛ばし、ドレイクや逃げ惑う人々を護衛する。

 最初に目撃した数より亡者が増加している。蘇生した虹彩鳥だけでは守りきれない。それを見越した上で、食料品などが売られている出店を目指していた。


「頼むぞ〜…、蘇ってくれ!」


 店頭に並べられた肉類の数々に、判を押すように触っていく。蘇生の式が転写され、牛や羊、鶏などの家畜が生前の姿を取り戻す。


「よっしゃ。さあ、あのゾンビっぽいのを倒せ!! …倒すんだ! ……倒してくれない?」


 蘇った家畜達は、ドレイクの意思に従わなかった。穏やかに鳴いたり騒いだりするだけで、ちっとも働こうとしない。

 死霊の技は蘇らせた者を使役する。ドレイクの場合は、予め構成された式を転写しただけなので従える力がない。

 そうとは知らずに目論みの外れたドレイクは焦燥に駆られた。言うことを聞かない家畜にばかり構っていられず、先に飛んでいった虹彩鳥を追っていく。

 市場の中心では、コヨウと虹彩鳥が亡者の侵攻を食い止めていた。


「コヨウ、アイリス!!」


 ドレイクが息を切らしながら呼ぶが、両者とも亡者の相手をするのに手一杯で応えられない。

 すぐにドレイクも加わろうと走り出す。手近な亡者から順に殴って打ち倒していく。


「お兄ちゃん!」


 泣き喚く男性から亡者を引き離していた時、嫌な予感を与える声が聞こえた。

 亡者を抑えつけながら首を回して辺りを捜す。見覚えのある景観に胸が騒ぎ、そして見つけてしまう。


 逃げ遅れた奴隷の少年が、ドレイクに助けを求めていた。


 少年はまだ無事だった。逃げることもできた。だがそうしなかった。両親が鎖に繋がれていたから。

 鍵は奴隷商が持ったまま逃げたのだろう。少年の手には拳大の石が握られている。鎖を外そうと血を滲ませて打ったのが分かる。

 両親は早く逃げるように言い聞かせているのに、少年は逃げる素振りも見せない。

 家族を置いては行けない。


「…ッ、逃げろォ!! 早く逃げ」


 思わず飛び出したドレイクの足に電流が走る。倒れ様に確認すると、抑えていた亡者が噛みついて邪魔をしている。

 力が抜けるのを堪えて蹴り払い、急いで立ち上がる。左右から飛びついてくる亡者を押しのけ、少年の元へ急ぐ。


「お兄ちゃ…」


 ずっと呼び続けていた声が途切れる。嘘だ。まだ間に合う。自分に言い聞かせてドレイクが走る。

 亡者が行く手を阻む。逃げ惑う人が邪魔になる。非力な自分が疎ましい。コヨウは駆けつける余裕がない。虹彩鳥は亡者に囲まれて動けない。急がないと少年が。亡者がまた邪魔を。逃げるなら余所へ行け。俺の前に立ち塞がるな。退け。退けよ。退けったら。

 頼むから、間に合って…。







「なんでだよ」


 辿り着いた頃には、もう終わっていた。

 少年も、両親も、抜け殻になっていた。食い尽くされていた。

 少年が涙を滴らせながら立ち尽くしていた。ドレイクの方を向いていた。

 近づいて、少年の顔に手を触れて、なにも起きないのを確かめた。

 死んだ訳ではないから、死霊の技は効かなかった。奇跡なんて幻想は起こらなかった。

 助けられたのに。

 対応に困り。

 さっきまで元気。

 精一杯楽しませようと。

 俺のせいだ。

 家族と一緒なら。

 犯罪者の。

 売られる奴隷。

 寂しかった。

 無駄な労力でしか。

 俺もあんな風に。

 笑顔を。

 守りたかった。

 笑ってくれたんだ。

 選べたのか。

 笑えなくなった。

 帰りたくない。

 かえれない。


「あ…」


 頭の中が真っ白に。

 亡者がワラワラと寄り添い。

 体にかじりついて。

 魂を食らおうとして。

 心を蝕んで。

 ドレイクが埋もれ

 。






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