戦闘~魔術師“AMURUCORP”
街中から上がる悲鳴が、骸骼都市の正門前に届けられる。中でなにが起こっているのかは想像に易く、首謀者である老いた魔術師は、心を弾ませながら聴き入っていた。
老人は黒と白を織り成した外套を羽織る以外は、亡者と遜色ないほどに痩せ細った体をしていた。決定的な違いは、その目に並々ならない生気を宿している点か。
「良いですね。命を尽くして声を弾ませ、天に響き渡らせる叫びというのは。まさしく魂を奮わせる賛歌、一言も発しない亡者とは比べるべくもありません」
淡紅色の長大な数珠を二重にして首から提げる魔術師は、悪趣味な音色の愉悦さに顔を綻ばせていたが、次第に物足りなくなってきたのかこんなことを言い出した。
「二十も送れば十分攻め落とせるでしょうが、時間を掛け過ぎてもいけませんね。船で逃げられてもつまらないですし。数を倍にでも増やしましょうか」
適当な理屈をつけて、実際はさらなる叫声を耳にしたいだけで、数珠を首から外して両手の親指に引っかけた。二重から一つの輪っかにして、足元まで伸ばした数珠の能力を引き出す。
新たに亡者を喚び出そうと、地属の魔力を操る魔術師。妖しげに発光する数珠は数人が通れる穴となり、内側の空間は歪んで暗黒の景色を映した。
数珠の力であの世とこの世が繋がれた。中からは腹を空かせた亡者が、唯一食せる魂を求めて矢継ぎ早に飛び出してきた。
「さあ行きなさい、罪人達よ。ここに貴方達を阻む者はありません。存分に平らげてくるのです。尽きることのない食欲で、怠惰に生きる者達を糧に換えなさい」
魔術師の呼びかけに応えるように、亡者達が正門を潜り抜けていく。すでに魂のない廃人状態の守衛を通り越して、骸骼都市へと続く渓谷に入っていく。
亡者の侵入と示し合わせたように、渓谷内から爆発が巻き起こって亡者を外に押し返した。
地べたに倒れた亡者と驚いた顔をする魔術師に、火蜥蜴の尻尾を携えたトキが歩み寄っていく。
読み通り、骸骼都市を守る意思の安全圏から亡者を差し向けていた敵を突き止めた。
「親はお前だな」
「そういう貴方は、どなた?」
一応の確認と、素朴な疑問。
トキは取り合わずに鎚矛を振り上げ、一連の元凶を潰すべく振り下ろす。魔術師は老いた体に似つかわしくない動きでかわしてのけ、後退して間合いを取った。
一撃目を地面にめり込ませたトキは二撃目に移り、魔術師は一気に機嫌を悪くして口を尖らす。
トキの足元まで残された長い数珠を手繰り寄せる。
「嫌ですね。私は野蛮な人は嫌いなんですよ。邪魔をしないで頂けます?」
「戯れ言は要らん。死ね」
柄頭を開いて熱量を溜め、下から打ち上げにいく。標的は回避よりも数珠を手繰るのを優先し、数珠の端が勢い良くトキの体を打ちつけた。
ほとんど脅威とならない打撲。それが予想外の衝撃を与えた。
「!?」
「痛いですよね。コレ、魂を直に揺さぶれるのですよ。いくら鍛えられた肉体でも、中身は案外脆いもの」
痺れが手足の先まで伝播した。意識まで持っていかれそうになる。
膝が折れるのを遅れて知覚したトキは、魔術師が数珠で鞭打とうとする姿を目端に捉えた。体の自由が効かず、避けられない。
予め用意していた熱量を解放、爆破の衝撃で魔術師を退けた。
「おお恐い。これだから蛮人は嫌だというのです。相手にもしたくありませんよ。ええ」
「貴様の都合など、知らん…。さっさと倒されろっ」
「そうはいきません。私も多忙な身なので、貴方には別のお方と遊んで頂きたい」
まだ痺れが取れないトキと距離を置いて、魔術師は数珠を縦に大きく展開した。
数珠の内側が暗く淀み、別世界へと空間が繋がる。
「人と人が出会った場合、両者の間には縁が生まれます。召喚の技では“結縁”と呼称し、服従契約を行う過程で必要不可欠とする要素ですが、貴方の場合は因縁ですね」
見透かしたように、魔術師がトキの過去に立ち入る。
一線は踏み留まりながらも悪道ばかりを歩いた。その実績に目をつける。
数珠の通り穴から、人影が近づいてきた。
「これまで多くの者と争い、命の奪い合いをしたのでしょう? 人より多くの因縁を持つ貴方に、特別強い繋がりのある亡者をお喚びしましょう」
魔術師の宣言と同じくして、数珠の中から一人の亡者が姿を現した。
他の亡者と明らかに違う。どす黒い朱に染まった大柄な体。鍛え抜かれた筋肉。両目はないものの、逆立つ髪と鼻と耳も残されている。生前の姿に程近い男。
「…貴様は」
肘から先の腕を無くした死人。
トキがトドメを差し損ねた人物。
「おや、カラディゴさんではないですか。また貴方に働いて貰う日が来るとは、人生なにがあるか分かったものではありませんね」
「カラディゴ」
小国、奴隷地区の孤児院を襲った悪漢、カラディゴ。この男も彼岸の最下層に落とされ、亡者に身をやつしていた。
あれだけのことをやったのだ。心安らかに眠っているなど考えたくもなかったが、ここで再びあいまみえるとは。
因縁により繋がった。トキがつけられなかった決着。それはつまり、心残りだったということだ。
子ども達のためにしてやれること。
「………オ」
カラディゴが口を開く。他の有象無象と決定的に違う。
魂に刻まれた意思を口走る。
「喰ワセロォ」
「…死んで尚もソレか。死んでも治りはしないか。 ク ズ が ッ ! ! 」
血管が千切れんばかりの激昂。全身を火属の魔力が駆け巡って暴れる。
熱に反応したカラディゴが攻めてくる。トキは鎚矛を構え、地面を抉って岩石を飛ばす。亡者の体には地属が有効だが、カラディゴはものともせずに進撃してきた。
亡者を直接殴ってもすり抜ける。ガパッと口を開けたカラディゴが食らいつこうとする。
「チッ」
効かないと分かっていても、体が自然と反応して鎚矛を振るっていた。爆発を起こして阻もうとする。
「カ…、」
意外にも爆破はカラディゴに効いた。打ちつけられた頭は仰け反り、よろけた足は止まった。
痛手となってはいなかったが。
「カハハ」
火蜥蜴の尻尾から放たれた熱量をその身に取り込んだ。
赤黒さが増し、吸い取った分だけ体が膨れ上がった。
カラディゴは美味そうに、喜びに満ちた笑顔を見せる。
トキの神経を逆撫でする。
「カハハハハハハハハ!!」
「カラディゴォオオオ!!」
哄笑と怒号がぶつかり合い、爆破の衝撃が辺りを揺るがした。黒煙が吹き荒れる中、二人の鬼は何度となくせめぎ合う。
トキにとって、これはけじめだ。
カラディゴを倒さなければ、終われない。
遠くから断続的に爆発音が響く中、無事に建物を降りたドレイクは亡者の群れと格闘していた。
多勢に無勢で苦戦を強いられていた。
「調子乗ってすいません。正直皆さんを舐めてました。できれば一人ずつかかって来て下さい頼みますから人の話聞けよってオラオラオラオラオラ」
自分一人だけ亡者に触れるとあって無双してやろうと勇んだのだが、数で攻めてきた亡者に泣かされる結果となった。
亡者は基本的に身体能力が低いので、素人なドレイクでも難なく倒せる。だが如何せん数が多い。それに、殴れてもダメージが与えられていないのか、すぐに起き上がってしまう。
地力が少ないドレイクは、早くも根を上げ始めた。
「コイツら、どんどん、増えてね? 俺も、活躍、したいんだからさぁ…、一発で倒れとけってんだコノヤロー!! プギャー!!」
亡者の顔面に正拳突きを食らわせ、背中から別の亡者に噛みつかれた。
「アッヒャ!? キモ、キモイ! なにこのせつなくもやるせない気持ちっ? は〜な〜せ〜ッ」
ドレイクの魂に食いついた亡者は、一息に噛み千切れずにカミカミする。それがまた電流のような感触を走らせてドレイクを責め苛む。
なかなか振り解けない亡者に、ドレイクの頭に避難していたトカゲが飛び移る。気の逸れた亡者は口を離し、青白い体を這い回るトカゲを捕まえようとジタバタした。
「助かった、グレートアッシュ! ってか、お前も触れるのか」
しばらく亡者を翻弄して戻ってきたトカゲを迎え、ドレイクは他の亡者を殴りながら考える。
自分が亡者に触れる理由。トカゲが亡者に触れる理由。
思い当たるのは、死霊の技しかない。
「死んでる者同士なら触れるのか………うぉ!?」
妙案を思いつきかけたドレイクの体が、突如空に浮上していった。腹の底に重いものを感じながら気持ち悪さに暴れると、連れ去った男が窘めてきた。
風羽根に乗ったフェイベルだ。
「大人しくせんかい。俺まで墜ちるだろうが」
「フェイベル、売ったんじゃなかったのか…。そうだ、ちょっとアイリス貸して。退けってこのミドリ」
「おい、なにをし晒すかコラ! 暴れるなというに!」
「アイリスを蘇らせて街の人を助けるんだよ! 蘇生させれば、アイツらにも触れるから!」
街の上空でみっともなく騒ぐ二人は、危なっかしくフラフラと飛んだ。気流を操りながらも慌てたフェイベルは、必死に縋るドレイクを冷たく突き放す。
「落ち着け、奴隷くん。お前さんが街の連中を助ける義理はなかろうが。縁もゆかりもない他人に、そこまで拘ることかい?」
「…縁ならある。コヨウやおっさんだって戦ってる。お前はなにもしないつもりかよ」
「誠に残念ながら、する理由がないんでね」
冷徹に、冷酷に、何処までいっても客観的に。
澄ました面持ちをドレイクに見せる。
「言ったろうが。 この街には犯罪者も隠れ住んでいる。ソイツらも一緒くたに助けるのかい」
「…」
「俺やお前さんがやらずとも、もう親切な誰かが動いている。率先して動いたところで労力の無駄遣いだ。上から眺めていた方が楽ってものだろう」
言われてみればその通りだ。自分から厄介事に首を突っ込むのは馬鹿の所業。特別な理由でもない限り、避けて通るのが君子への道だ。
別に、ドレイクは君子もお利口さんも、目指してはいなかったが。
正論であっても、能書きを垂れるフェイベルに同意する必要はなかったが。だから、
澄ました面持ちを殴りつけて、風羽根の箒をぶん捕った。
手のひらを箒の柄に当てて、蘇生に必要な式を転写する。あれほど失敗していたのに、滞りなく転写される。
翼の付け根から残りの体が現れ、虹彩鳥が蘇生された。ドレイクの思考を読み取ったかのように一鳴きして、背中に乗せてくれる。
「アイリス!」
行コウ。
虹彩鳥の声を聞き届け、ドレイクは強く頷いた。
一人と一匹は、亡者が集まりつつある市場へと急降下していく。それを落ちながら見送るフェイベルは、言い訳にもならない愚痴を呟いていた。
「まあ、確かに、水属の気質に惹かれていた部分もあるが。しかし奴隷くんも熱血だよなぁ」
地面まで真っ逆さま。水属の魔力が異常に高まった現状、獣具なしで気流を操る術もない。
ハアと溜め息を漏らし、フェイベルは懐からもう一つの獣具を取り出す。
七色の尾羽と新緑の羽を交互に繋ぎ合わせた扇子。虹彩鳥の余った素材から制作した『風羽根の扇』。
箒はあくまで売却用に造ったものであり、こちらこそがフェイベルにとっての本命となる。
「人助けなんぞ性に合わん。合わんが、ボケッと眺めるのもジジ臭い」
扇子を開いて風を起こし、その風に乗ってふわりと降り立った。そこへ、亡者が猛然と襲ってきた。
フェイベルはまた扇いで風を、その流れに乗り舞うように亡者へと接近する。噛みつきをかわし、扇子を振るい、鮮やかに通り過ぎた。
パチンと、扇子を閉じる。
霊属の魔力を纏わせた、扇。
亡者の四肢と首が切り分けられ、ボトボトと道路に崩れ落ちた。
「暇潰しだ。数を減らしつつ、俺も魔術師の元へ出向こうかね」
すでに死んだ身で二度も死ねないが、亡者が誰かを襲うことは最早なくなった。
封殺された亡者を尻目に、フェイベルは正門へと向かっていく。




