道中~名もない古遺跡
往復二時間ほどでコヨウが出戻り、山賊の一団を鎮圧したと警邏隊に報告してきた、その夜。紐で縛った山賊達は遺跡の中に繋いでおいて、ドレイク一行は野外で一晩を明かすことになった。
近場の森で捕らえた動物の肉や、都の市場で購入した食材で鍋を調理して、四人で囲んだ。終始フェイベルとコヨウが口喧嘩を繰り広げて騒々しく、ドレイクはかなり落ち着かなかった。
夕飯を終えて時間が経つと、トキの姿が見えなくなった。どうもコヨウを避けているようで、お兄ぃが何処にもいないと慌てた彼女共々、行方が知れなくなった。
「…そんな訳で、現在一人っきりのドレイクさんですよ」
なんとなく現状を述べたドレイクが、切り株に腰かけて焚き火に薪をくべた。
物憂い気分でホフウと溜め息を吐く。何処までいっても苦い、都合良くいかない世の常に叫びたいのだが、そうする気力も湧いてこない。
この世界に来てからなにも変わっていない。役に立たないままだ。
「おろ、奴隷くん一人かい?」
「おー…」
失意の内にいるドレイクのところへ、席を外していたフェイベルが戻ってきた。彼は肩の上に火蜥蜴の尻尾と風羽根の箒を担いで、なにやら上機嫌で鼻歌を口ずさんでいる。
ドレイクはとても同じ気分になれなかったが、獣具の一つが気になり、軽く質問してみることにした。
「それ、いつになったらおっさんに返すの?」
「旦那が無茶な使い方をしなくなったら、だ。俺と一緒にいる間は返してやらん」
フェイベルはカイムの庵でトキと繰り返した内容をそのままに答えた。
フェイベル曰く、彼の造る作品は芸術と同等らしい。獣具本来の性能に加え、組み込む式は無駄を省いて洗練させるなどしてこだわり、常に向上を目指している。今回も修繕した式の耐久性を底上げ、命を魔力に還元し注ぎ込むという滅茶苦茶な使い方でも、式が綻ばないように強化したのだとか。
火蜥蜴の尻尾は特に自信作であり、自分の制作した芸術品を何度となく消耗させられて不満が溜まっていた。そして前回の一件で腹に据えかねて、没収したという訳だ。
フェイベルのこだわりは、正直ドレイクにとってはどうでも良かったが、監視の意も含めて同行してきたのは厄介だった。獣具を取られたトキの機嫌は下がりっぱなしで、フェイベルに釣られてコヨウまでくっついてきていがみ合うのだから始末に負えない。
自分のことだけでも手一杯なのに、どうして他人の世話が焼けるというのか。
(…ダメ元で聞いてみようか。からかわれて終わるのがオチだろうけど)
一人では抱えきれない悩みに、ドレイクは目の前の本職を見上げた。死霊の技は不得手といったが、取っかかりぐらいなら教えて貰えるかも知れない。
恐る恐る、打ち明けてみる。
「フェイベルさんや。俺は、どうしたらいい? どうすれば死霊の技を操れるようになるの?」
「そうさなぁ。…ちょっとそのトカゲを貸してみ」
フェイベルは驚くほどアッサリと聞いてくれた。ドレイクの灰色髪に隠れた同色のトカゲを要求され、なにかの説明でもしてくれるのかとドレイクは手渡す。
死霊の技で蘇生状態にあるトカゲの腹を、フェイベルは人差し指でつつーっと撫でた。
パチンッと火花が散って、トカゲは骨と僅かばかりの皮と化した。
「ギャー!? グレートアッシュー!!」
「ほれ、コイツを練習台に………ぺギッ」
死骸に早変わりしたペットの姿に、錯乱したドレイクの拳がフェイベルの鼻っ柱を捉えた。その威力は日増しに強まっていた。
鼻血を垂らし、それでもフェイベルはあまり怒らずに諭そうとする。
「おオ、お前さん…。すぐに手を上げるの、止めんかいっ」
「だったら酷いことすんなよ!! グレートアッシュを元に戻せ!!」
「それじゃあ練習にならんだろうが。…どうもお前さん、式をきちんと理解しておらんようだし、ほとんど無意識に式を転写している節が見受けられる。感情の起伏が引き金にでもなっているんだろうな。頭で理解できない以上、感覚で自然に覚えて行えるようになるしかあるまい」
正確な理論を説いても意味がない。ならば偶発した時の感覚を思い出して身につけるのがもっとも手っ取り早い方法だという。
得心がいったドレイクは、返されたトカゲの亡骸をしずしずと眺めた。
可愛がっていたペットの哀れな姿を瞳に映す。
「…ねえ、これって蘇生に成功しないと、ずっとこのまま?」
「勿の論よ」
元より死んでいるのだから、こちらの方が自然なのだが。
当然過ぎる話に、現実に、過剰反応したドレイクの切ない気持ちが爆発した。
「うおーッ!! 蘇れ、グレートアッシュー!! 動いてちょうだ〜い!?」
「まあ頑張れや」
焚きつけておきながら、無駄に叫んで努力の方向性を見失うドレイクを放置して、フェイベルは寝床に向かった。片方の手に二つの獣具を、もう片方にはいつの間にか、銀色の液体が入った容器を持って。
「お兄ぃ」
満月の空の下、古遺跡の崩れかけた廃墟の屋上。胡座をかいて遠くを眺めるトキの後ろから、跳んで登ってきたコヨウが声をかけた。
トキは振り返らず、同じ方向ばかりを見る。つれない態度に、コヨウは気にすることなく近づいていく。
皆のいる前では遠慮していたことを話す。
「ドレイクからさ、話を聞いたんだ。孤児院のみんなが死んだって」
痛ましい話題に、トキは応えない。彼女を見もしない。
返事がされないと分かっていても、コヨウは訊ねる。
「ねえ、大丈夫?」
「俺に構うな」
たった一言、トキは返した。他者を遠ざけようと、自分の領域に立ち入らせないようにする。
どれだけの月日が流れても変わらない想い人に、コヨウも言うことを聞かなかった。
自分を見てくれないのならと、背中を合わせて彼女も座った。地禽足を履いた両足を抱いて、星空を見上げながら話し続ける。
「自分を責めないで。お兄ぃはやれるだけのことをしたんだよ。あの子達だって、きっと分かってるはずだから」
「死ねば、それで終わりだ」
コヨウの言葉を、トキは拒んだ。
慰めは受けつけない。自分には必要ない。
仇を討ったとしても、殺されたあの子達のためになったかどうかは、誰にも分からないのだから。
死者に直接問いかけなければ、知りようがないことだから。
「どう思おうと、終われば意味がない」
自身の行いは自己満足に過ぎないと、そう強がる男に、コヨウは敢えて否定しなかった。
「分かってるよ。…あたしもそうだった」
いつの日か、コヨウもまた死の淵に立たされたことがある。
助けが来なければ死んでいただろう。自分を取り巻く全てを怨み、絶望しながら、終わりを迎えただろう。
だからこそ、誓う。
「お兄ぃがいたから、あたしは今もこうしてここにいる。死なずに自分の人生を走っていられるんだ。だからね」
「あたしはいつでも駆けつけて、お兄ぃのために力を貸すよ」




