合流~カイムの庵
「…へ〜、ドレイクって別の世界から喚ばれて来たんだ。カイムは、違うよね?」
「喚んだのは緑頭のえげつない魔術師。そいつに、部屋を片付ける奴隷が欲しいってだけの理由で喚ばれた。名前を言わなかったから言いなりにならずに済んだらしいけど」
「緑…。結構、気の毒だね。住んでた世界に帰りたいんじゃない?」
「それほどでも。俺の世界じゃ魔力がないから魔法なんて使えないし、材獣とか獣具もないんだ。つまらない現実しかないから、この世界に来れたのは本当に良かったと思ってる。…こっちにも、嫌な現実はあるけどさ。それでも、元いた世界に帰りたいとは思わない」
「…帰りたくない理由でもあるの? 家族とかは?」
(それが理由だよ…)
「え?」
「コヨウ、その話はまた今度。ただいま〜…」
長い階段を抜けて、ドレイクはカイムの住む地下室へと戻ってきた。後ろからコヨウも続いて中に入り、すかさず目当てとなる人物を目で捜す。
部屋の中心にある長椅子の一つにはカイムが、外出した時と変わらない姿勢で寝転んでいた。台を挟んで向かいにある長椅子にはトキが、先に帰り着いて憮然としながら座っている。
その奥では、今しがた珈琲を入れた碗を持つフェイベルがこちらへ来るところだった。
「おや、五体満足で帰ってきたか。手痛い目に遭ったかい、奴隷くん」
「てめ、その言い草だと俺が襲われるって分かってたな? このもやし!!」
「いい加減人を野菜で例えるな。ほら、もう気は済んだだろうから、ソイツを渡しな」
「嫌だね!! コイツを売るなんて絶対に許さない!! おっさんにも渡さない!! コヨウもなんとか言って!」
帰って早々に口喧嘩を始めた二人は、周りの迷惑も顧みずに争う。とはいうものの、家主たるカイムはのんべんだらりと寝転がるのみで、トキはしかめっ面で目を閉じて聞き流している。誰の迷惑にもなってはいなかった。
ドレイクに加勢を求められたコヨウも同様、だが反応が他二人と違った。
お兄ぃと呼び慕うトキにも目が行かずにわなわなと震える彼女は、穴が開くほどにフェイベルを見つめていた。
「なんで…」
「うん?」
「なんでフェイベルがここにいるの〜!?」
「いちゃ悪いかい」
目を血走らせたコヨウが、珈琲を啜るフェイベルに突っかかっていった。押し退けられた形となるドレイクは蚊帳の外に置かれ、舌戦の続きが繰り広げられる。
「砂漠で隠居していれば良いでしょ! こんな山の中まで来ないでよ!」
「悪いね。お宅の都合に合わせなきゃならん理由もないんで。顔を合わせる度に突っかかってくるのは止めてくれないか?」
「じゃあ顔を見せないでよ!」
「後から来たのはお前さんだぜ」
いつの間にか、争う相手はドレイクからコヨウへと変わっていた。
フェイベルのことを話していなかったドレイクは、寝耳に水で騒ぎ立てるコヨウの荒れ模様に呆然とした。なにが彼女をそこまで怒らせるのか、いや単にフェイベルがいけ好かないからかも知れないが、少し気になった。
ドレイクは、知っていそうで教えてくれそうなカイムに訊ねてみる。
「あの二人って仲悪いの?」
「そだね〜。いわゆる痴情のもつれって奴かな〜?」
痴情のもつれ? と、ドレイクの謎はさらに深まった。
はて、コヨウが好きなのはトキのおっさんではなかったのか。フェイベルに乗り換えて破局したということか、だとすると彼女の恋愛経験はかなり無惨だ。
なんて考えていると、怒りの矛先を変えたコヨウが、こちらへ憤懣やるかたなしに近づいてきた。
「ちょっとカイム!! アイツを泊めさせてるって本当!?」
「そうだよ〜。問題ある?」
「あるに決まってんじゃん!! なに考えてるのッ?」
「コヨウ、落ち着いて。気持ちは分かる。フェイベルを嫌うのは俺もだから、でもさ」
「ん!?」
「すいませんでした」
呑気なカイムに代わって宥めようとしたドレイクだが、ギロッと睨まれてしおしおと萎んだ。
小心者に、標的を変えたコヨウが当たり散らす。
「分かってない!! 問題なのは、コイツがお兄ぃと一緒にいるってことなんだから!!」
「…ん? トキとフェイベルが一緒で、それのなにが問題なの」
「だって……だって………ッ」
コヨウは歯切れ悪く言い淀んだ。馬耳東風だったトキは眉根を寄せて、フェイベルの顔に苦難の表情が浮かぶ。ドレイクだけがなにも知らずに次の言葉を待つ。
予想だにしなかった理由を聞かされる。
「フェイベルが、お兄ぃの“初恋”の人なんだもん!!!」
コヨウ渾身の告白に、ドレイクの情報処理が遅れた。
「フェイベルがねぇ。おっさんの……おっさんの………、え?」
とっても大事なことなのでおさらいしよう。
フェイベルはトキの初恋の人である。
トキが初めて好きになったお相手がフェイベルである。
大事なことなのでもう一度だけ確認したいが、ドレイクの頭がようやく追いついたので終了とする。
な ん だ と ・ ・ ・ ?
「ハアアアアアアアア!??」
「ぐわ! もう蒸し返すなおぞましい!! そりゃ昔の話だろうが!!」
「アンタとお兄ぃが会わなかったら、お兄ぃだって子供にしか興味持たなかったかも知れないんだから!! 全部アンタのせいよ!!」
「旦那に言えってだからッ!! 俺が知るものかよォオ!!」
余程不快だったのか、フェイベルもついにキレて声を荒げ、コヨウと怒鳴り合いを始めた。ギャーギャーと喚く二人を観戦するカイムは明け透けに笑い、魂を抜かれたドレイクは自然とトキの方に視線を投げかけた。
トキは、珍しくばつの悪そうな顔で目を逸らす。その仕草が、コヨウの言葉が事実であることを裏づけていた。
「どういうことなの…」
「知らん。聞くな」
混迷する人間関係に混乱を極まるドレイク。当のトキは、他人事のように知らんぷりして受けつけない。
フェイベルとコヨウの言い争いだけが、延々と続けられた。
壮絶な痴話喧嘩(?)に幕が下りてしばらく。
コヨウにまとわりつかれたトキが寝室に引っ込んで逃れ、お兄ぃなしでは居ても仕方ないと文句を垂らしたコヨウが城内へと戻った頃。グッスリと眠りこけるカイムに混じれず、グッタリとするドレイクとフェイベルは、長椅子に隣り合って座っていた。
ドレイクは今日一日だけで色んなことがあって気疲れ、フェイベルはコヨウとの無駄な一戦で精根尽き果てている。お互い話すのも億劫で石化していたが、あ…っと重要なことを思い出したドレイクが体を起こした。
腕の中に収まる風羽根の箒について、制作したフェイベルにしか分からないだろうことを聞く必要がある。
「忘れるところだった。フェイベルに確かめたいことがあるんだけど」
「アん? お前さんの疑問なんぞたかが知れてるだろうが、なんだ?」
「街を歩いてた時にチンピラ数人に追いかけられてさ。迷路みたいな路地をひたすら逃げたんだ。その時にコイツが助けてくれて…」
ドレイクは事の次第を思い出せる限り話した。虹彩鳥の出現は勿論、念のために浮流地帯や孤児院での出来事も詳しく聞かせた。フェイベルならば、あの現象にも答えられるかも知れないと期待して。
だが、返ってきたのは意外な答えだった。
「なるほど、そういう…」
「…なんだよ。一人で納得してないで、教えろよ」
「お前さんだ」
はい? と惚けるドレイクに、フェイベルは真面目に指を差して言う。
犯人はお前だと言わんばかりに。
ドレイク
「質問。フェイベルとコヨウって面識あったの?」
フェイベル
「二、三度だけな。一度目は自己紹介もそこそこで別れて、残りも必ず喧嘩別れだったから、名前まで記憶に留めなかったのさ」
ドレイク
「コヨウはどうしてフェイベルがおっさんの初恋相手だと気づいたの?」
コヨウ
「女の勘だよ。お兄ぃは人付き合いが下手なのに、フェイベルとは明らかに接し方が近かったから、怪しくてね」
ドレイク
「そうか。…作者が思いつきで設定を追加して、うっかり矛盾してたって線は」
二人
「ははは、まっさかー(棒読み)」




