さあ引き籠もろうか
一時間くらい説明を聞きました。
「じゃあなに? このファンタジーには、世界の存亡を賭けるような危機的状況がないと?」
「世界征服を目論む魔王も頭のおかしいキチガイもいやしない。一世紀ほど前に大戦もあったが、今は取り敢えず平穏だ」
「じゃ、じゃあ、整理しよう。俺が喚ばれたのは、世界を救うとかじゃなくて、」
「俺の身の回りの世話をさせる為。理解したか、奴隷くん?」
「ドレイク」
「奴隷くん」
「…FH」
「フェイベルだ。現実を見据えろよ。“自分が世界を救う重要人物”だとか、そうそうある訳がないだろう。おとぎ話じゃあるまいし」
ファンタジーの世界なら有り得る! と意固地になりたいけど、嫌な単語が出てきた。
現実だって。
一番聞きたくないのが、よりにもよってファンタジーの世界で出てきた。めっちゃ萎える。
「…………」
「人が変わったように大人しくなったな。…大丈夫か?」
「なう」
(なう?)
「ハァ。じゃあさ、他にファンタジー要素はないの? 魔法を使えるようになりたいなあキラキラ」
「純真無垢な少年の目で見てくるな気色悪い。―――俗に、魔術師以外に魔術を行うのは無理だ。お前さんに教えたって、一生を賭けても会得できるかどうかわからんぞ」
「そこはほら、ご都合設定で三日とかからずに覚えちゃって、俺の才能にあんたがガクブルするメシウマ展開とか用意」
「されてない。絶対にない。無理なものは無理」
「…聞かせて。俺は、この面白味のない世界で、なにをしたらいいの?」
「俺に仕えて、身を粉にして働いて、働いて、働いて、とどのつまり―――働きな?」
「…」
聞き終えた俺は、ゆったりとした動きで、敷きっぱなしにして早五年の布団に潜り、枕を色んな水で汚して…、
「なあ、期待を裏切って悪かっ………これっぽっちも思ってないが、そう落ち込みなさんなって。ほらほら、体を動かせば嫌なことも忘れられるぞー。手始めに地上階の部屋から掃除を始めてくれ」
俺は、右腕だけを布団から出して、拳を握って、中指を上に立てた。
訳:一昨日来やがれこのFH野郎。
「働かないならそれでいい。別の奴を、」
「…怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨…」
「うん、そうだな。別に呪詛を吐かれても痛くも痒くもないんだが俺の足首を掴んで寝床に引きずり込もうとするのはよせって中でなにするつもりだやめろぉ―――」
安心して。ガチホモなエロスでないことは確かだから。極めて単純なバイオレンスを敢行するだけだから潔く寝技を喰らいな、詳しい技の仕掛け方知らないけど。
組んず解れつでドッスンバッタン暴れた末に逃げられた。喧嘩は苦手って言った割には手強い。
「だぁーもう! …面倒なの引き当てちまった。名前も教えようとしないしな。そろそろ研究に戻りたいんだが」
「研究ってなにー」
「毛布から出てこいろくでなし。……俺の得手は錬金でな、獣具の制作やら…最近は材料が乏しくて、もっぱら得意先の修理なんかを請け負ってるんだが…そっちへ没頭するあまり家事に手が回らないんだ。そこでお前さんが入り用になったと」
あんたの事情なんて知ったこっちゃない。部屋の片付けなんて俺の方がして欲しいくらいだ。けど、あの人がしてくれるから別に要らないか…、
「…錬金ってアレだよね。台所で怪しげな薬を調合してアレしちゃう。〜〇るねるねるねは、錬れば錬るほど色が変わって……ウマい! テーレッテレー♪」
「そのネタはよくわからんが、モノ作りっていう点では合ってる。俺は薬品関連はあまり作らんのだが、」
「♪〜錬って美味しい、ねるねるねぇる、寝。………Zz」
「寝んなっ。お前さんから聞いてきたんだ、最後まで聞け」
頭を叩かれながら、今度は獣具についての説明を受けた。魔術師が錬金の技で造り出した道具で、材料になる生き物『材獣』の体の一部、もしくは全身を加工して“四属の魔力”を操れるようにするんだと。
魔力。錬金。マジックアイテム。魅惑的な単語が、俺の心に火をつける。
布団から這い出て、正座して、自分の得意分野を嬉々として語る魔術師フェイベルさんと真摯に向き合う。
「…俺にとって獣具ってのはな、ある種の芸術みたいなものだ。一見無骨に見える獣具の、内側に組み込まれた式のなんと美しいことか。ただ単純に四属を操れるようにするだけなら、その辺の三流魔術師にだってできるが、俺の場合…」
「フェイベルさん」
「お、おう? いつの間に出てきた。なんだ、仕える気になったのか?」
「やっぱり、どんなファンタジーでも、出だしの職業は、初歩的なものですよね」
「キラキラした目で見つめてくるな。一体なんの話を、」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。師匠」
「………師匠?」
「目指すは、魔法剣士ってことで。いや、錬金戦士? まークラス名はまたあとで考えよう。知的でクールな主人公も、良いよね!」
「知的さを主張するなら会話を成立させろ。せっかくやる気を出したお前さんに悪い知らせだが、魔術同様、お前さんは獣具も扱えない」
「我こそは聖剣士ドレイク!! …………ごめん。聞こえなかった。聞く耳ないけどもう一回言って」
「獣具ってのは、内包する魔力の種類が個人と合致しなければ操作は不可能。地、水、火、風、このいずれかの魔力の持ち主にしか、獣具の能力は引き出せない。俺の見たところ、お前さんの魔力は無属だ。獣具は、扱えない」
「…………………………………………………………………………………………………、おk。じゃあ、無属の魔力ってのには、どんなスゴい力が、秘められていたりなんかしちゃったり、するのかな!?」
「基本的に、なんの役にも立たない。大抵の人間が持つとされる魔力だ」
「…………こ、こここのどどドレイクさんががが、その他一切の人々と変わらない、フツウの人だと?」
「掃除、よろしく頼むな。『聖剣士ドレイク』」
……………………………。
「長い夢オチだなぁ…。寝直そ」
「現実だ。前を向け。毛布にくるまるな。さあ起きろ、立ち上がれ『聖剣士ドレイク』!」
「なにこの緑の頭キメエ」