対話~配達人“己揺”
都のある雲海地区から大分離れ、切り立った崖や生い茂る草木ばかりが目立つ山肌を跳ぶコヨウは、横に出っ張った手頃な岩を見つけて着地した。
ここなら誰も街から歩いて来れないので、ほとぼりが冷めるまで隠れられる。ドレイクは感謝しながら降ろして貰い、コヨウの獣具をさり気なく覗き見した。
大国近辺に生息する材獣は、地属の魔力を持つ獣が多かったらしい。地酉では爪駝の他に『石孔雀』(イシクジャク)、爬虫類では『擬欺璃』(ギギリ)、昆虫で『坑蟷螂』などが多数棲んでいた。それらから造られた獣具は、やはり国が所有し管理しているらしいが、国に認められた一部の才能ある者には獣具を貸し与えられた。コヨウもその内の一人という訳だ。
…この若さで公務員とか、差を感じずにはいられない。畜生、どうせ俺なんて…と卑屈になるドレイクだが、傷心に気づくはずもないコヨウが首を捻りながら話しかけてきたので、ひとまず立ち直った。
「おっかしいなー。あの人が国内に入ったら、いくら魔力を抑えていても見つけられる自信があったのに。君、名前はドレイクだっけ。なにか理由を知ってる?」
「理由って言われても、魔力とか詳しくないし………この間、獣具を無理して使ったせいで魔力が極端に減ってるって、サーシャが話してたけど…」
「そっか…、また危ない橋を渡ったんだ。相変わらずだなぁ、あの人は」
コヨウはいつものことだと苦笑する。長い付き合いらしいから理解も深いのだろう。危険を避けて通らないあの性分なら、いちいち大騒ぎする気にもなれないか、とドレイクも察する。
ただ、あの時に限って言えば、ドレイクは命を懸けたトキの気持ちが痛いほど分かっていたが。
そして話題がそこへ移る。
「あの孤児院に行ったんだね。私も配達のついでによく寄るんだ。みんなは元気にしてた? カザリナは?」
「…、コヨウ」
コヨウはまだ知らなかった。孤児院の子供達が亡くなったことを。カラディゴという悪鬼に殺されてしまったことを。
ドレイクは話すのに逡巡する。トキやサーシャ、カザリナが話すなら納得もいくが、第三者に近い自分がおいそれと口にして良いものだろうか。
だが、子供達と僅かでも同じ時間を過ごした。
話して、遊んで、カラディゴを抑えるのに力を合わせた。それらは紛れもない事実だ。だから、
子供達に関して、嘘はつけない。
「コヨウ、実は───…」
ドレイクはありのままを話した。
気配を察してか、立ち話もなんだからとコヨウに断崖の縁に腰かけるよう言われ、二人は座って話を続けた。
孤児院の子供達が全員殺されたくだりでは、コヨウは沈痛な面持ちでじっと話を聞いていた。口下手で途切れがちながらも話すドレイクの言葉に耳を傾けた。
すべてを話し終えると、コヨウは自分を落ち着けるように長く息を吐いた。
顔には、少しだけ笑みを浮かべる。
「こんなご時世だからかな。あの子達の死を聞かされても、それほど驚きがないや。殺人鬼の話はあたしも聞いていたし。でも、我ながら冷たい奴だよね。涙の一つくらい流せば良いのに」
「無理、してるようにも見えるけど」
「…あはは、見えるだけだよ。全部話してくれてありがとう。君も辛かったでしょ」
自嘲するコヨウを励ますつもりが、逆に励まされた。
上手くいかないなとドレイクは実感する。人と接するのが苦手だからと遠ざけてきた、その報いを受けているようだ。
相手の顔色を窺って、自分の言葉が相手を傷つけて嫌われないかと躊躇って。そういう煩わしさが嫌で人付き合いを断ってきた。幾度となく感じてきたが、今更になってとことん情けないなと思い知らされる。
ドレイクの自虐はさておき、コヨウは自分の想いに一区切りをつけて立ち上がった。
「あたしなんかより、あの人やカザリナの方が何倍も辛いはずだよね。ねえ、彼が何処へ行ったのか分かる?」
「いや、分からない。行き先を言わなかったから…、でも合流場所なら。カイムって魔術師のところ」
「カイムかぁ。あの二人ってそんなに仲が良かったかな? まあいっか。さあ、お兄ぃを励ましに行こう!」
トキの行き先について、まだコヨウに話していないことがある。ジンに殺されたかも知れない、トキの恩師。その人の安否を確認しに行ったことを言うべきかどうか。
しかし、コヨウはもう鬱屈とした気分をひた隠して立ち上がった。それに水をさすようなことはしたくない。
結局ドレイクは話すのを止めて、差し出された手を掴んで立ち上がろうとした次第ですががが。
うん。今、聞き捨てならない単語を発したぞ。
「………“お兄ぃ”っ?」
「はっ…!? や、違うの、今のはそういう、アレじゃなくて、だからその………うわあーもうぅっ」
うっかり口を滑らせたコヨウは取り乱し、しゃがんで顔を両足の太股にうずめた。頭から湯気を出しかねないほどに赤面している。
お兄ぃと言った。先ほどまではあの人としか呼んでいなかったのに。
それが、お兄ぃ。
兄ちゃん、兄さん、兄様、兄貴。どれにも当てはまらない独特な呼称。
まるで、甘えたい盛りの可愛い妹が好んで使うような語感。
つまり、これは、どういうことでしょうか?
「コヨウさん。詳しいお話を聞かせて貰えると大変嬉しいのですが、アンタってもしかしておっさんのことぉ…」
「………好きだよ。ああそうだよ、初恋の人だよ。なんか悪い? あんな変態好きになっちゃ悪い!?」
言及したら逆ギレされた。悪くはないが、変態と知ってて好意を寄せるのはなかなか無い気がする。ドレイクもとんとご無沙汰だった恋愛話に、へーっへーっと興味津々で頷いてからかう。
話を聞いてみると、コヨウもあの孤児院出身で、十八才で大国の要人に才能を見出されて引き取られるまで世話になったという。その頃から各地を転々としていたトキも、孤児院に顔を出しては遊んでくれたのだと。
それほど年も離れていないのに独り立ちして強く逞しく生きるトキは、反面、子供達には優しく接してくれることから、皆から羨望と人気を集めていた。コヨウもそんな一人で、トキがやってくる度にじゃれついた。
いつかトキと結ばれたい。そんな淡い恋心を抱きながら、コヨウはスクスクと育っていった。
「…ヤな予感するんだけど」
「その予感は的中する」
コヨウが十五才を過ぎた辺りから、トキの態度は一変した。
あんなに優しかったトキの心は鋼鉄と化し、甘えてくるコヨウを頑として受けつけなくなった。
“小さい子供”にしか興味のない男の、悲しい性だった。
「悲しい以前に、あのおっさん外道か!!」
「薄々、感づいてはいたんだ。成長する度にお兄ぃが構ってくれなくなっていくことに。あたしと一番遊んでた頃の年代の子を優先していることに。でも、年齢的に小さい子を優先するのは仕方ないかなって、ずっと言い聞かせてきたんだ…」
乾いた笑みを浮かべるコヨウは、どうやら諦めの境地に達したらしい。仕方ない、だって変態なんだもん、と匙を投げる。
孤児院で繰り広げられたおままごとといい、何故こうもドロドロとしているのか。甘酸っぱいものを期待していたドレイクは、劇薬でも飲まされた気分になる。
しかも、半ば茫然自失に陥ったコヨウは、また聞き捨てならない言葉を呟いた。
「ヒドいよね……あんなに愛してくれたのに」
「……………なんですって?」
あ、と口を手で塞ぐコヨウ。
口を真一文字に結び、真顔で見つめるドレイク。
〜事情聴取〜
ドレイクの問い詰めに、コヨウは降参して洗いざらいを吐いた。
おっさんは、幼い頃の少女に『遊び』と称して、やらかしていたんだとさ。
はいアウトー。
「…───あの性犯罪者ー!! バッチリ手ぇ出してんじゃねーかよ!! 全然大丈夫じゃなかったよ!! お巡りさーん!!!」
「い、良いんだよ!! あたしから誘ったことだってあるんだし…っ(照)」
「良くない!! なにを以てして良いのかが全然サッパリよく分かんない!! それで許されるほど現実の皆さんは大らかじゃないんだ!! 非難の目はいつだって厳しいんだ!! ええい、とにかく………自ポ法ーっ、早く来てー!!」
正真正銘の犯罪者に戦慄くドレイクの叫びが、大国中の山々に木霊した。直後に顔面火だるま状態のコヨウが蹴りを入れて黙らせた。
「つーか、やらかしといて捨てたのかよ!! 本物の外道か!!」
「捨てられたって言うなー!!!」
ドレイク
「何気、その歳で“お兄ぃ”って呼び方もあざとい気がSu」
コヨウ
「崖に突き落とす(押)」
ドレイク
「ギャアアアアアアアア」




