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獣々承知!!  作者: 納 平子
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再会~風羽根と地酉




 昔、家で飼っていた動物がいた。

 とても可愛がったのを覚えている。毎日のように遊んで、いつも寝食を共にした。どんな時でもそばにいて、学校が終われば脇目も振らずに帰宅した。

 事故に遭い、道端に倒れて動かない姿を見つけた時は、動揺の余り泣き出してしまった。

 ペットショップに連れて行ったけれど、手の施しようがないと言われて、程なくして死んだ。

 あの人は、泣きじゃくる俺を優しく撫でてくれた。だけど、どうして死んだのと聞いたら、答えてくれなかった。

 亡骸を持って帰って、墓を掘って、…埋めなかった。

 漫画やアニメにあったんだ。呪文を唱えたり念じたりするだけで、死んだものが甦ってくれると。

 現実でも同じことができるのだと、俺は信じて試した。

 何度でも、何度でも、試したんだ───。







 ピィと一鳴きして、虹彩鳥は適当な場所に降り立った。背に乗っていたドレイクが地に足を着けると、首を下げて顔を近づけてきた。

 頬をドレイクの顔に擦り寄せて、嬉しそうに目を細める。親愛の情を示す虹彩鳥に、ドレイクは受け取りながらも困惑していた。


「やっぱり、お前だよな。どうなってるんだ? フェイベルの奴がなにかしたのか…?」


 素材を獣具に加工する際、フェイベルは他の魔術師と違って式を組み込む。既存の法則を新たに書き換える方程式。トキの持つ火蜥蜴の尻尾には、重量変換、形状変換、強度変換といった式が組み込まれている。

 風羽根の箒にも式を組み込んだのだとしたら、生前の姿を取り戻せるような式でも組んだのだろうか。獣具を造るために殺す必要のある材獣を元の姿に戻すとは、皮肉にも程があるのだが。


 …仲間。


「え?」


 仲間ダ。イツデモ、助ケルカラ…。


 声が、頭に直接届いた。いつかの時みたく、虹彩鳥の心が知れた。

 虹彩鳥は翼を大きく広げ、一際高く鳴いた。その体は透けていき、獣具本体である片翼の部分だけを残して消えてしまった。

 風に包まれた箒が、ふわりとドレイクの腕の中に下りてくる。それをしっかり掴むと、風は止んで収まった。

 ドレイクは風羽根の箒を見つめる。今の現象はなんだったのか、頭の整理が追いつかない。白昼夢にしては説明のつかないことだらけで釈然としない。

 だが、仲間と呼んでくれた。いつでも助ける、と。

 独りぼっちだったあの頃とは違う。仲間に会いたいと願い続けた虹彩鳥は、ドレイクをその一人として認めてくれた。それが無性に嬉しく思えたから。

 ドレイクは周りの喧騒に耳を傾ける余裕ができた。


「…今、空を飛んでたよな? 緑色の大きな鳥がいたよな!?」


「嘘だろ? まだ材獣の生き残りがいたのかよ!! 何処だっ、何処に飛んでいった!?」


「退けよ!! アレは俺が最初に見つけたんだぞ!! あの風羽根は俺のモノだ!!」


「こっちだー!! この辺りに降りたのが見えたぞー!!」


「………さっきよりヤバくなってね? こんな高い場所に住んでるくせに、空を見上げる奴が多すぎない!? ちょっとは下を向いて歩こうよ、ねえ皆さん!!」


 ほぼ絶滅に近い材獣の出現、加えてもっとも姿を消すのが早かったとされる風羽根ということもあってか、目撃した多くの住民がこぞってドレイクに迫りつつあった。

 不味い。非常に不味い。大勢の足音が刻一刻と近づいてくる。ドレイクのいる場所はちょうど袋小路で逃げられる道が何処にもなく、襲われたらひとたまりもない。

 チンピラ数人よりも善良な人がいることを願うか、しかし一般に獣具の所有が禁じられている昨今、大挙して押し寄せる連中が法を守るとは考えにくい。

 獣具を持っている自分を見れば、一斉に強奪行為に手を染める。素直に渡さなければ、傷害も辞さないだろう。


「アイリス(命名)ー!! 助けてー!! 今がその時だよー!! 反応してよー!!」


 焦りに焦ったドレイクは箒に語りかけるが、うんともすんとも言わなかった。さっきのはまぐれだったのか、虹彩鳥が再び姿を現す気配すら起こらない。

 にっちもさっちも行かない状況の中、足音がついに曲がり角まで差し迫る。ビビりまくるドレイクの前に、欲望にまみれた数多の人々、その先駆者が姿を見せる。

 果たしてその人物は。


「あ、やっぱり君だった」


「ギャー!? お助けー!!」


「…失礼な。あたしはなにもしないよ」


「へ? はれ? アンタは……」


 縮こまっていたドレイクを見下ろしていたのは、いつの日か荷馬車で移動中に現れたトキの知り合い。

 褐色の肌にポニーテールの黒髪、本日は腰に巻いている制服の上着をきちんと着用している。

 その足に、甲冑『地禽足』を装備して操る女性。大国所属の配達人。

 大荷物を肩から提げたコヨウが、そこにいた。


「以前会った記憶のある魔力だと思ったんだ。君がここにいるってことは、あの人も来てるんだよね。一緒じゃないの?」


「あの、トキなら、用事があって別れてるけど………いやそれより、早いとこ逃げないと!!」


「あー、そうだねー…。じゃあ、ちょっと待ってね」


 過去に面識もあって親しく接してくれるコヨウだが、和んでいる暇はない。必死な面持ちでドレイクが訴えると、追って迫り来る騒ぎに耳を澄ませた彼女は、ドレイクを傍に寄らせた。

 線の細い体で、細い腕で、ひょいとドレイクを持ち上げる。急に体が軽くなった感覚にドレイクは戸惑う。

 俗に、お姫様抱っこと呼ばれる態勢にも困惑。


「…コヨウさん? この持ち方はどうなのでしょう」


「つべこべ言わない。行くよ」


「行くって何処に!? 逃げ道ないじゃん!!」


「前後左右ならね。でも、まだ上がある」


 意味深にそう話したコヨウは、ゆっくりと力を溜めるように膝を曲げた。目線は高くそそり立つ建物の壁面、その先にある綺麗な青空を見据える。

 地属の魔力で大地に干渉しながら、彼女は言う。


「材獣『爪駝』は地上を駆けるだけじゃない。その脚力と引力緩和の使い方によっては、空だって跳べるんだよ!」


「え……ぇええええええ!?」


 グン、と体が下に引っ張られる感覚。反動の少なさとは裏腹に、ドレイクとコヨウの体は瞬く間に建物を飛び越えて屋上へ移動した。それだけに留まらないコヨウは、ドレイクを抱いたままで建物を次々に飛び移り、袋小路を離れて人目のつかない場所を目指した。

 超人的な技を体験するドレイクは、成人男性を軽々と持ち上げる頼もしさやら乙女チックな態勢やらで、コヨウに対する信頼と尊敬が急速に築かれていく。

 言わずには、いられない。


「コヨウさん。姉御って呼んでも、いいですか?」


「…う、うーん。遠慮願うわ」


「あ、はい」


 素気なく断られた。






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