滞在~カイムの庵
トキと別れたドレイクは、金貨袋を肩に担いだフェイベルの案内で、都の中央にあるもっとも高い頂に建つ城塞へと足を運んだ。
正面にそびえ立つ金属製の城門を前にして、ドレイクは顔をひきつらせてフェイベルを横目で見た。世捨て人ならぬ世捨て魔術師が、どうして大国のお城に住めるというのか。
「そっちじゃないぜ。こっちだ」
「こっち? て、どっち!?」
フェイベルは城門を素通りして脇道へと逸れた。何処へ行くのかとドレイクが訝りながらついていくと、辿り着いたのは門から少し離れた城壁。人一人分が通れそうな小さい扉が備えられていた。
扉を開けて地下へと繋がる階段を降りていくフェイベルに、察しのついたドレイクはその言葉を口にした。
「…不法侵入!」
「なにか言ったか不法入国。ここは王族に仕える魔術師のねぐらだ。俺に召喚の技を教えてくれた、な。忘れたか?」
「そんな話聞いたオボエ、ナイ」
「お前さん、喚び出した時は喜びのあまり発狂していたからな。三度は言わんからよーく聞けい。俺は錬金の技を得手とするが、異界から特定の生物を喚ぶ召喚の技は専門外だ。それでは、お前さんをどうやって喚んだと思う?」
「誰かに協力して貰った?」
「ご名答。では紹介しよう。この城の専用地下室に常駐し暮らしている、俺の知人。得手とする召喚の技を俺に手ほどきしてくれた魔術師―――カイムだ」
階段を降りた先、居住が可能な一室に入ったフェイベルは、中央に据え置かれたモコモコ毛皮の長椅子に寝転がる女性を手のひらで示した。
ボサボサで伸ばし放題の茶髪を申し訳程度に結び、下着以外に身につけているのはシワの寄った長袖の白衣のみ。
誰がどう見ても駄目人間に分類される魔術師カイムは、客が来ても体を起こそうとはせず、うつ伏せで手を上げてちょいちょい振った。
「フェ〜イ、おやつ買ってきた〜?」
「何故に俺が菓子を買わなきゃならんのかはさておくとして、家賃は稼いできたぜ。ったく、はした金なんざ要らんだろうに、居候するんなら金を寄越せとか要求しやがって」
「何事もギブアンドテイクってもんよ〜。キミんところの鬼っちもさ、金はあっても困らないって言ってたじゃん」
「旦那は、あくまで“生きるついで”に稼いでるに過ぎないんだがな。ほら、こっちを向け。奴隷くんを紹介してやる」
「“奴隷くん”? って、もしかして〜っ?」
背中の上に金貨袋を投げられ、痛みに少しむくれたカイムが顔を上げた。ズレた赤い縁の眼鏡を指で戻しながら、ドレイクの姿を見つけて興味深げに覗いてきた。
「お〜、キミがフェイに喚ばれた奴隷くんか〜…、」
「よろしく…、」
互いに見つめ合うドレイクとカイム。二人の間に、ちょっとした雰囲気が漂い出す。高鳴る胸の鼓動が、この出逢いが特別なものであることを知らせている。
これは一目惚れというものなのか? 恋愛模様が展開される前触れ?
まさかね…と疑うフェイベルを前に、熱い視線を交わしていた二人はついに確信した。
―――この人、同類の臭ひがするッ。
「どうも、万年無職が当たり前のドレイクです。働いたら、負けだと思っている(キリッ)」
「半日惰眠は当然至極のカイムよ〜。キミとは仲良くやれそうな気がするわ〜」
「いやあ、お互い様ってね!」
「「はっはっはっはっ♪」」
「おい人生の落伍者共」
意気投合して握手しあう二人を、フェイベルは差別の眼差しで眺めた。冷たい視線を注がれても無頓着な落伍者達は、一緒にモコモコの上に乗って寛いだ。
至福の表情を浮かべるドレイクは、呆れ果てて自分の作業に移っていくフェイベルの様子を観察する。トキから預かった獣具の式を修繕するのだろう。如何にも魔術師らしい真剣な顔つきで集中する姿は堂に入り、フェイベルをろくでもない奴と評価するドレイクでもつい見入ってしまう。
ついでに、フェイベルが向かった作業台の脇に立てかけられた『風羽根の箒』が目に留まった。
“属性変換・火…”、
「ああ〜っ!!」
「―――ッ!? ばっか、ビビらせるな!! 人が緻密な作業しようって時に、いきなり大声あげるんじゃ…」
「フェイベル、それ!! 虹彩鳥!!」
「お? おお、これか。フフン、お前さんも気づいたようだが、なかなかの仕上がりだろう? コイツがあればもう部屋掃除には困……。まあ、お役立ちな獣具になったのさ。後はこれをトキの旦那に渡して、依頼主に売るだけなんだが」
自身の作品を嬉しそうに語るフェイベルを、凶悪な顔でドレイクが見ていた。
機敏な動きでスッと立ち上がり、ツカツカ歩いて近寄っていく。
うんちくを得意気に話しているフェイベルの前まで行き、ギュッと拳を握って油断する男を打ちのめす。
「そういや、お前さんは聞いてるかい? 旦那に依頼したっていう富豪の話…」
「お仕置きボディフック!!」
「んゴォ?!」
強烈な突きが見事に決まった。フェイベルの体はくの字に折れて悶絶した。
それでもドレイクの猛りは収まらない。
「売るんじゃねえよ!! アイツの形見なんだぞ!? この冷血漢が!!」
「旦那に言えよ…。俺じゃなしに…っ」
「うっせバーカ!! キャベツ頭は農家で栽培されてろ!! 収穫されてろ!! 市場に並んで売られる奴隷の気持ちを考えてみやがれってんだオタンコナス!!」
「てんめ…!! キャベツだのナスだの、言わせておけばぁ………ッ」
「コイツは俺が預かる!!」
「あ、こら! 待て!!」
感情に任せて喚いていたドレイクは、パッと風羽根の箒を手に地下室を出ていってしまった。お腹の痛みに苦しむフェイベルは、追うに追えなくて地団駄を踏む。
長椅子の上でダラけていたカイムは、ボケッとしながら見守っていた。
「彼、見かけによらずハッスルしてるね〜。フェイ、止めた方がよくない?」
「…もう知らん。獣具を持って外を出歩く危険性を存分に味わってくるがいいさ」
治安の良い国でも、必ず日陰で生きる者達がいる。そういった連中に狙われるだろうことを予見していたフェイベルだったが、自己の責任だとして面倒を見に行かなかった。
「で、カイムよ。お前さんの目から見て、奴隷くんはどうだい?」
「なんとも言えないね〜。私もキミも、門外漢じゃん? 傍目からじゃあ全容は掴めないし、かといって解析するには…ねえ?」
「奴隷くんが“壊れる”よなぁ。それは奥の手になるか」
「でも興味深い。ねえ、フェイは召喚した時、ランダムで喚んだんだよね?」
「そう。そして喚ばれてきた奴隷くんの体は、ちと“普通じゃなかった”。果たして偶然か、否か」
「フフ、ラインバル家の血が騒ぐぅ? 謎を謎のままになんて、できないよねぇ」
「お前さんもな」




