到着~意志を継ぐ大国
大陸北西に位置する大国は、山々の岩肌に貼りつくようにして都や住居を建設している。複雑に入り組んだ迷路と変わりない街路や、防護壁を担う民家のお陰で、敵国からの侵攻を容易に寄せつけない難攻不落の要塞として有名を馳せる。
段になって連なる建築物は外観が美しく、見る者に感銘を与えてくれる。ドレイクもこの国に不法入国した時から感慨無量で、やまない鳥肌に身震いしていた。
外国の景観というものには、何故これほどの魅力が詰まっているのだろうか。国外はおろか家の外にも出なかったドレイクにとっては、まさに理想郷のような場所。浮流地帯や魔の黄砂といった秘境なども、死に物狂いで行くだけの価値がドレイクにはあった。
問題は、やはり人の多さに慣れないところか。
「頑張れ。頑張れ。俺は今。夢の地に。立っている。これしき。どってこと。ないんだもんね。ふぐぉぉぉ…」
「………注目を浴びたくないのなら静かにしていろ。余計目立っているぞ」
「ふは、ふはは。なんの、これしき。これから、色んな国や土地を、旅して、行くんだ。克服しないで、………しないでかァァァッ」
「好きにしろ…」
汗をびっしょり掻いてやせ我慢するドレイクに、忠告したトキも愛想を尽かしてなにも言わなくなった。
繁栄する小国ほどではないにしろ、人の行き交いの多い大通りを歩いていく。
坂道や階段を何度も上り下りして、都の中心街へと近づく。比較的平坦な道が長く続く商店街に出ると、買い物客を呼び集める景気の良いかけ声が聴けるようになる。
物珍しげに首を回して眺めるドレイクは、ふと前を行くトキの足元に目がいった。背中に取りつけた革帯に留めて背負う獣具『火蜥蜴の尻尾』。トキ本人にしか持てないよう重量変換の式が組み込まれた、フェイベル・ラインバルの作品。
普段なら尻尾の先端部分が巻かれて柄頭の形をしているのが、今は解けてブラリと垂れ下がっていた。
気になったドレイクが指摘すると、トキも気づいて舌を打った。煩わしそうに革帯から外し、形状変換の式により鎚矛から鞭へと変えて、束にして纏めて腰の革帯に括りつけた。
―――あの日、カラディゴを打ち倒した時から、ずっとこの調子だった。トキが言うには、獣具の性能を上回る使用を無理矢理行ったために、組み込まれた式が綻んで機能しなくなっているのだとか。
火蜥蜴の尻尾を操る際、トキは天性の勘と長年の腕でその効果を操ってきた。きちんと理解した上での操作ではないので式が傷み、定期的にフェイベルの手で調整し直す必要があったのだが、トキはフェイベルに獣具を再調整させるより別の事柄を優先した。
ジンという名の男が手にしていた獣具『地を刈る大鎌』。その元々の持ち主の安否を確かめるのが、山岳に栄える大国へと訪れた理由だった。
「その人って、おっさんのなんなの? 育て親とか、恩師とか?」
「冗談じゃない。奴は気に食わない男だった。倒した敵に情けをかけ、必要もなく施しを与えた。無意味に笑っては人をおちょくる道化者だ」
「へぇ〜」
恐らく自身と接した時の話をしているのだろう。トキはその男と戦い、敗れたが見逃され、あまつさえ介抱されたのか。
ドレイクが話を聞く間、トキの顔にそれほど嫌悪感が浮かんでいないところを見ると、口で言うほど嫌っているのではないことが分かる。もしそうなら、あらゆる優先順位を無視して捜しに来たりはしない。
傷だってまだ治りきっていないはずなのに、トキはおくびにも見せない態度でいる。出がけにサーシャとカザリナの制止を振り切るなど、無茶が絶えない。
言っても無駄だが、ドレイクは口を出してみる。
「せめて獣具を直してからの方が良かった気がするんだけど。おっさんって、鞭でも戦い慣れてたりするのか?」
「ナヨナヨしているのは好かん」
だったら尚更、先にフェイベルの邸宅に寄って休めば良かったものを、と呆れる。
あんな辺鄙な場所で暮らし、人を寄せつけないように磁場を狂わせる式を組み込んでまで孤独を貫く魔術師にも非はあるが。せめて通いやすい場所にいてくれれば良いのにとドレイクは思う。
そう、例えばすぐそこに見える露店商。だだっ広い風呂敷に品物を並べて常套句を吐く若い男とか。こんな場所で店を開いていたりすれば、会いに行く苦労も減るというのに。
「さ〜あ、安いよ安いよ!! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい。そんじょそこらの獣具にも引けを取らない武器防具の数々、これを逃してなにを手にするというのかなっ? さあさ、そこの奴隷くんも見ていきなってぇ!!」
聞き覚えのあり過ぎる声。額に捻った鉢巻きを巻いた、見覚えのある緑の頭。平たい木の棒でベシベシ叩いて客寄せするのは、件のフェイベル・ラインバルではないだろうか。
見かけて、本人だと知った直後に思わず足を滑らせて転けたドレイク。人々が驚き眺めたりする中、そんな些末事を気にしてはおられず、意外と似合う商売人姿のフェイベルに向かって叫んだ。
「キャベツ〜!?」
「残念ながら八百屋じゃないんだな、お客さん。さあここに並べましたるは、無属の魔力を秘めし道具。これらには土も水も風も火も、操る可能性が封じ込められている自信作だよ!」
「おい嘘つくんじゃねー。無属の魔力じゃ四属の魔力は操れないって口を酸っぱくして言ってなかったか詐欺師ー?」
「…ちっ、商売の邪魔をするんじゃない。たまに会ってもやっぱり奴隷くんは奴隷くんだな。それだから人との付き合いが上手くいかないんだぜ。友達だっていないんだぜ?」
「ぐふっ!? 言ってはならないことをォ……ッッ」
心の傷に反撃されたドレイクは撃沈し、フェイベルは気にすることもなく商売を続ける。獣具ではないが、式をいくつか組み込んで耐久性や攻撃性能を上げた物品はそこそこ売れ行きが良く、フェイベルは終始にこやかだった。
商売繁盛が一段落すると、フェイベルは店仕舞いをしながら、改めて二人と向き合う。
トキは、素直に関心を寄せていた。
「お前が金に執着するのを見たのは初めてだ」
「よう旦那。ちと事情があってね、出稼ぎさ。それよりも、俺の家の跡地に行って来たんだろう? 残した伝言を見て、会いに来たんだな?」
「寄ってはいないが、なにかあったのか」
「いや、大したことじゃない。説明も手間だ、気にしないでくれ。それはともかく、だったらどうしてこの国に?」
「急用だ。コイツはお前に預けて行くぞ」
そう言って、地べたで打ちひしがれるドレイクの首根っこを掴んで放った。差し出されたお荷物に、フェイベルは要らねと返そうとするが、トキは聞かずに歩き去ろうとする。
いつも以上に話の通じない馴染みの姿に、フェイベルは良く通る声で呼び止める。
「旦那、預けるんならそいつもだ」
「…」
「相当な無茶をしでかしたな。…自分の命を注ぎ込んだな? 自分と獣具が壊れなかっただけ儲けものだが、それほどの相手と戦ったのかい?」
「お前には関係ない。…コレも預けておく。取りに来るまでに直しておけ」
「へいへいっと。待ち合わせ場所はカイムの庵だ。俺は今、そこに居候しているんでね。旦那、警備兵に気をつけろよ」
「嗚呼」
トキは鞭状の火蜥蜴の尻尾を放って渡し、フェイベルは難なく受け取った。
人混みに紛れていく友人を見送り、フェイベルはふてくされるドレイクを見下ろして訊ねる。
「で、奴隷くん。なにがあった?」
「色々あったんだよ。そっちは? 独りが好きじゃなかったのか」
「色々あってね。俺は、誰にも邪魔されずに研究したくてあそこに住んでいたのであって、お前さんみたく孤独に生きなきゃならん小者とは違うのさ。お分かりかな、ぼっちくん?」
「あ、いっけね〜★ 次に会ったら殴るって決めていたんダラッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「ぶるッへぇえーっ?!」
ドレイクの拳がフェイベルの左顎を捉えた。トキの荷物持ちとして各地を渡った成果が、筋力という形で現れ始めたようだ。
見事なアッパーカットによりフェイベルが宙を舞った後、二人は取っ組み合いの喧嘩をした。みっともなく争う二人を止める者はおらず、都を巡視する大国の警備兵がやってくるまで、通りの人達が観客となって煽っていた。




