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獣々承知!!  作者: 納 平子
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戦闘~悪漢“空醍醐”




 その男は笑っていた。元気に遊ぶ子供達と、陽気に戯れるトキを見下ろしながら。

 孤児院の上、屋根瓦の縁に、男は立っていた。身につけた革篭手の拳を軽く握り締めて、抑えていた火属の魔力を空気中に滲ませた。魔力は風に乗って眼下のトキへ、常時背負ったままの鎚矛に触れて―――、

 赤く輝くより早く、トキが反応を見せた。瞬時に振り向いて男のいる場所を探し当てた。

 男は楽しげに笑い、大きく飛び上がって中庭へと降りる。

 そこにいる子供達の命を、貪るために。







 現れてから現在まで、カラディゴは笑い通していた。

 恐怖で動けない子供一人一人を殴ってくびって千切っていく間も、死んだ子供の体が火を噴いて燃え上がる間も、鬼の形相で鎚矛を振り回すトキを片手で相手する間も。とにかく終始笑い続けた。

 子供達全員の命を奪い、トキの猛攻を軽くあしらい、そしてドレイクの顔を殴り倒したカラディゴは、まだ足りないらしく笑う。

 最後に放った一撃で爆破を行った、火蜥蜴の尻尾を持つトキを値踏みする。


「あーあ、しょうがねえなぁ。俺はこれでも育ちは良い方なんだぜ? “食い残し”はしない主義なのによ」


 そう言って燃え残った焼死体の数々を見る。

 トキの攻撃に少なからず邪魔をされ、骨まで焼き尽くせなかった証だ。


「ま、腹ごなしは済んだし、ここらで帰っても良いんだがよ。問題はソイツをどうするか、だよなぁ?」


 カラディゴの視線はトキの獣具へ注がれる。獲物を狙う目つき。

 トキは、無防備に喋っているカラディゴに手を出そうとしなかった。先ほどの攻防で、爆発で、傷一つ負わなかったカラディゴをひた睨む。

 ―――重い一撃は革篭手の甲で受け止められた。だが爆発は防げない。奴の革篭手が同属性の獣具であったとしても、だ。

 だが、カラディゴは無傷だった。

 獣具の力が、威力を無効化した。


「一旦引き返して後日改めて…は、面倒だしな。やっぱ回収していくか。………オメエも、まだ遊び足りねえだろ?」


 手をこまねいて動けないトキに、方針を固めたカラディゴが訊ねてくる。

 拳を握り、ニタァっと笑いながら。


 一足飛びでトキの目の前へ移動、右腕を真横に振り回して殴りかかった。


 打撃は腹部を狙い、驚異の反射神経でトキは対応。左腕を添えた鎚矛を盾にして防いだ。

 防御した体が、あまりの威力に浮き上がった。獣具を持つ右手と左腕全体がミシミシと軋み、トキの呼吸が止まる。

 カラディゴは着地を待たずに二撃目に移った。トキもやられっ放しでは終わらない。仰け反った体をそのままに鎚矛を振りかぶる。

 地に足が着いたと同時に柄頭を開いて熱を充填、向かい来るカラディゴの脳天めがけて振り下ろした。


「ハハ、無駄だぁ!」


 トキの鎚矛はカラディゴの左拳と激突。防がれたが、引き続いて熱量を解放して爆発を起こした。カラディゴの拳は見るも無惨な形に、

 ならない。


「…っ」


 爆発の余波と熱風が、カラディゴの革篭手に吸い込まれていった。熱を吸収した篭手の毛皮はぶわっと膨れて、毛先からメラメラと炎を噴く。

 愉快に睨み上げるカラディゴが告げる。


「ご馳走さん。……そんじゃあお返しだぁ、喰らいやがれえ!!」


 咆哮と共に左拳を上げて鎚矛を弾き返し、噴き出す炎を推進力にした右の正拳突きを打ち放った。

 態勢を崩して避けられないトキの胸部、その中心へと叩き込む。


「ごぶ…」


 吐血。トキの体は押し飛ばされ、焼け焦げた地面を激しく転がっていった。

 手応えを感じたカラディゴは、満足げにトキを眺めた。まだ血を吐いているトキへ、両肩から火を噴き上げながら仁王立ちで話す。


「相性が悪かったなぁ。俺の獣具は“吸収系”だ。オメエのは“放出系”。同質でぶつかれば、分が悪ぃのはそっちって訳だ」


 言って、一回り大きくなった篭手をかざして見せる。

 材獣は、大別して二種類の方法で自然の適応化を図る。自身の体内で四属の魔力を産み出す放出系と、周囲から四属の魔力を取り込んで蓄える吸収系だ。

 カラディゴの獣具『火鼠の革篭手』の素材となる毛皮は、砂漠に生息した巨大な鼠『熱膨れ』(ネツブクレ)から採られたもの。熱量を吸収する度に全身を膨らませて外敵を威嚇し、纏った炎で身を守っていた。

 火蜥蜴の尻尾から放たれる熱も、根こそぎ吸い取って自身の力へと変えてしまう。

 敵として戦うには、相性が悪すぎた。







 カザリナは、地に膝をついて見ていた。

 ドレイクを殴って倒し、トキを攻撃して倒し、笑い声を上げるカラディゴの姿を。笑う男の周りで死に絶えた、殺された子供達の姿を。

 笑っていた。いつも笑って日々を生きてきた。

 生まれついての境遇にも負けず、明るく楽しく過ごしていた。いつか奴隷として売られると知らせた時も、受け入れて笑って見せた。

 今はもう笑わない。黒ずんで顔も分からない。蹂躙した男が笑うばかりで、カザリナの記憶からも薄れ消えていく。

 残されたのは、どうしようもない怒り。カラディゴの行いを非難するに値しないながら、吐き出さなくては収まりそうもない感情がのたうち回る。

 地面の土を一握り、両手に掴んで立ち上がった。

 ふと自分の方に注目したカラディゴへ、立ち向かおうとする。


「ハッ、似たようなのは何処にでもいるもんだなぁ。オメエ、ドコの出だ?」


「…」


 カザリナは取り合わない。カラディゴへ前進し続ける。

 感情の起伏に欠けた顔で、勝てないと分かっていながら止まる術を無くして、


「………手を出すな、カザリナ」


 トキの声に、びくりと肩を震わせた。

 見れば、口から垂れる血を拭うトキが立ち上がっていた。倒された時も手を離さず握り締めていた鎚矛を携え、荒い息を整えてカラディゴへ向く。

 起き上がってきたトキを見て、カラディゴは不敵そうに笑った。


「おう、活きが良いじゃねえか。まだ遊び足りないってかぁ?」


「黙れ」


 カラディゴの軽口にトキは応じない。ただ打ち砕くために鎚矛を振るい、立ち向かっていく。

 こちらも、何ら勝てる策を見出せないまま。






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