二章 『火の繋がり』
北東から南西にかけて、帯状に長く伸びる大陸がある。複数の国が各地を治め、交流を繰り返しては友好を深め、時には争いを起こして血を流す。
大陸の半ばにあるのは、広大な砂漠と荒野が入り混じる不毛な土地。昼夜の激しい気温差、水や食料が極めて乏しい上に、羅針盤の針が特殊な磁場で狂う為、一度入れば生きては帰れないと忌み嫌われる。
磁場が狂う原因は、この地に住む魔術師によるもの。既存の法則を式によって書き換え、外部からの侵入を塞ぐ目的で土地に組み込まれた。
俗世を捨てて隠遁する男は、今日も一人で研究に没頭する。
綺麗な円を描く月の夜。太陽に代わって地上を明かり照らす時間帯。
荒野の真ん中に据えられた邸宅、その中庭。中央に座するのは緑髪の男、皺の寄った部屋着を着こなす家主フェイベル・ラインバル。
傍らには、銀色に輝く液体を少量入れた丸い器。ひと月前の作業で造り出した、特殊な塗料が収まっている。
これから行う作業に、フェイベルは全神経を集中させた。
“属性変換”。
懐から植物の種を取り出し、手前の地面に蒔く。
“地属”。
大地がドクンと脈打ち、種を地下へと呑み込んだ。
フェイベルは深く息を吐き、慎重に魔力を操っていく。
“水属”。
種の埋まった場所から緑の植物が芽吹いた。胸の辺りまで急速に育ったそれは、椀の形の葉を広げる。
植物は地下から水を汲み上げて葉の椀を満たす。
“風属”。
“火属”。
額から汗を滴らせながら、さらに二つの魔力を加える。小さく渦巻く風が水を浮き上がらせ、指を鳴らして発生させた火炎が下から、すぐ沸騰しない程度に熱する。
「そして“霊属”」
月明かりを仰いで、目を閉じた。
降り注ぐ光が、揺らめく液体に何らかの反応を及ぼす。五つに分かれた色が複雑に混ざり合って溶け、また無色透明に落ち着いていく。フェイベルは素早く手を動かして気流を操り、液体をかき混ぜる。時折植物から水を汲み上げて減ってきた液体に追加し…、何度目かで銀色の液体が無色に戻らなくなったのを頃合いに、傍らの器を手に持ってそこへ入れた。
役目を終えた植物は立ち枯れ、フェイベルも肩の力を抜く。
「………ハァァ、しんどい。これをあと四回もこなさなきゃならんとは、全く身が保たんぜ」
専門外である召喚の技を問題なく行う為に考え出した塗料の製造。複数の魔力を五つ同時に操る荒技は、熟達した魔術師であっても心身共に負担が大きい。
一歩間違えれば、四方一帯を巻き添えにして体は爆散。塵一つも残らない。
その危険を侵してでも行う価値が、フェイベルにはある。
「今度こそ………今度こそ! 眼鏡巨乳美人妻を喚び出して肉奴隷に仕立ててみせるぜ〜!!」
…至極個人的な、価値だ。
一度は失敗したが、二度目は必ず成功させる。残り四ヶ月なんてあっという間。そう意気込むフェイベルの横を、
「―――帰ってきたァ〜!! 生きてるって、素晴らしいッ」
“失敗例”が勢いよく通過して、
パリン。
二ヶ月分の成果を易々と踏み砕いた。
「嗚呼、布団…。俺のマイ布団は何処〜?」
「……………………………」
「フェイベル、勝手に上がらせて貰ったぞ。返事がなかったからな」
「……………………………」
「…、おっさん。緑頭の様子が変だ。抜け殻になってる」
「気にするな。しばらくすれば戻る」
「ふーん」
「きぃいええぇえええぇぇええええええええええええええええええええッッッ!!!」
「おっさん、なんか喚いてる」
「気にするな。しばらくすれば鎮まる」
「ふーん」




