戦闘~最期の風羽根
ズン…と地響きが伝わってドレイクを揺らした。
うっすらと意識が戻っていき、頭の鈍痛に苛まれながら体を起こす。視界はぼやけて周囲の確認は取れない。自分がどうなったのか、何があったのかを思い出すのに時間をかける。
次第に意識がはっきりしてくると、自分が気を失う時に立っていた場所が変わっていることに気づいた。立ち上がろうと下に手を突くと、死んだ獣の骨に触れた。
そこは、虹彩鳥が棲む洞窟だった。
「クソ、あのやろ…、いきなり攻撃してくるなんて……。おっさんは、アイツはどうなった?」
ドレイクはおぼつかない足取りで骨の山を降りる。洞窟の外から争う音が伝わってくるので、トキとマフラーの男が戦っているのだろうと推測できたが、それでは虹彩鳥は?
奴の目的も材獣なら、虹彩鳥が危ない。
「あ…」
ドレイクの予感は的中する。
背中を殴られて傷ついた虹彩鳥が、ぐったりと横たわっていた。
微かに呼吸を繰り返しているが、もう虫の息だ。これを放っておけば、虹彩鳥は確実に死んでしまう。
どうすれば助けられるのか、方法も知識もドレイクにはなかったが、無意識に駆け寄っていた。
手を施そうとして、まごついて、とにかく呼びかける。
「おい、死ぬなよ。死んだら駄目だぞ! おい!!」
ドレイクの声に、閉じられていた目が僅かばかり開いた。
生気のない眼差しがドレイクに向けられ、そして骨の山へと向かう。
昔は大勢いた。現在は、自分だけが残っている。
長い時間を孤独に暮らした。これ以上生きていても仕方ない。だから、死んで終わりにしたい。
何もかもを諦めた、そんな表情をする。
「何でだよ…。何で、諦めるんだよ」
虹彩鳥の横で、ドレイクは腹立たしさに震えた。
今になってやっと、どうしてトキがあれほどまで気分を害したのかが分かった気がしたから。
ドレイクも、自分を誤魔化して満足した気でいる愚か者に訴える。
「生きたくても生きられない奴だっているんだぞ。お前は死にたいんじゃなくて、ただ生きるのを諦めただけだろ。本当に望んでいるのは、そんなことじゃないんだろ…っ」
獣に、人の言葉が届くだろうか。
もうじき生を終える虹彩鳥は、何を望んでいたのか。
知る術はない。だが、ドレイクは目撃する。
それが、目の前に姿を現す。
…仲間。
声を聴いた気がした。
死にかけていた虹彩鳥が、首を持ち上げて見つめる。骨だけになった仲間が置かれた場所を。
ドレイクも見た。そこに、かつての虹彩鳥の仲間達がいるのを。
会イタカッタ。ズット、ヨウヤク……。
まともに動かせなくなった体を、操る風に乗せて近づこうとする。
先ほどまでの弱々しさは、何処にも見受けられない。
力強く翼を広げ、歓喜に湧く。
嗚呼…、モウ独リジャナイ。
爆風がマフラーの男を襲う。
トキは一定の距離を保って接近を禁じ、手前の岩盤を爆破して攻撃した。近づきさえしなければ、相手の技を受けることはない。
だが。
「それで攻略出来たらつまらないじゃない?」
爆発の威力で砕き飛ばした瓦礫が、煙の奥から恐ろしい速度で返ってきた。
弾丸の重量は打ち返された直後に元通りとなり、トキの体を押し潰そうと迫る。これを鎚矛でさらに打ち返すことが出来ずに避ける以外なくなる。
その間隙を狙って接近した男の棍杖、その先端が、トキの胸部へ突き出された。
「カ…ッ」
あばら骨の一つが砕けた。体は勢い良く弾かれて岩場を転がる。
「もったいないね、それ。加工する時点の素材の鮮度が悪かったのか、全体の構造を把握しきれなかったのか。どちらにしても獣具自体の完成度が低すぎる。組み込まれた式がそれを補って余りあるし、そこは素直に称賛したいけどさ」
這い蹲うトキよりも獣具にばかり注目する男は、トキへの関心が薄れて洞窟へと視線を移す。
「虹彩鳥は巣穴に逃げちゃったのか。そうだな、これ以上はお兄さんの手の内も無さそうだし、仕事に戻ろうかな」
「ほざけ」
洞窟までの道のりを遮ってトキが立ち上がった。
勝ち目が無いのは百も承知、生きるか死ぬかも関係なく意地を張る。
虹彩鳥の選んだ気でいる道を、頑なに拒む。
「おっさーん!!」
無駄な攻防を仕掛けようとするトキの背中に、ドレイクの呼び声が届いた。マフラーの男がそちらを見て驚く顔をしたので、無視しかけたトキもちらと横目で覗いた。
「おっさん………ッ、これ!」
洞窟の方からこちらへ、ドレイクが走ってくる。
加勢など期待できない。が、両腕に抱えているものを確かめたトキは目を見開いた。
根元から千切れた、虹彩鳥の片翼だ。
「―――、寄越せ!!」
洞窟で何があったのか推測はできたが、トキは放って命令した。ドレイクも語らずにそれを投げた。
血で汚れた翼は、風に乗ってトキの元へ飛んでいく。到着を待たず、トキは火蜥蜴の尻尾を鞭状に変えて振るい、翼の根元へ巻きつけて引き寄せた。
二人の行動を黙って見過ごしていた男は、親切心から口を開く。
「お兄さん、それはお薦めしないよ。ここまで“自力で歩いて”来たのなら、分かってるはずだけど」
トキは聞く耳を持たない。尻尾の先端は翼に巻きつけたまま、残りを真っ直ぐに伸ばし、硬くして柄とする。翼も限界まで広げて硬化させ、一本の巨大な薙刀に準えた。
男の親切は途切れない。
「獣具は同質の魔力だから操れるんだよ。属性が合わなければ反発しあう。それを利用して浮流地帯を歩くぐらいならまだしも、四属の魔力を複数同時に操ったりすれば………内側から破裂する。死ぬよ」
手にした得物から魔力を引き出す。火属と風属の魔力がトキの中へ流れ込み、暴れ回る。
腕から全身へ、血管が異様に膨れ上がり大量の汗が噴き出す。男の言葉が真実であることを示す。
トキも、分かった上で止まろうとしない。
たとえ死ぬことになっても絶対に引き下がらない。強引に熱を大気に織り交ぜて薙刀に纏わせる。
あまりの石頭っぷりに、男の方が音を上げた。
「分かったよ。僕の負け、お兄さんの根性勝ち。だからさぁ、もう止め」
「やかましい」
一言で黙らせた。
トキは留まらない。当たり前だ。
男は本気で遊んでいた。楽しんでいた。トキも本気で戦い、倒そうとしていた。
動機も意志も覚悟も違う。両者は全く相容れないのに、片方の都合で終わらせられはしない。
トキが止まれる訳がない。
「 消 え 失 せ ろ 」
「―」
右下段から斜めへ、薙刀を振り上げた。
纏った風が放たれ、いくつかの大渦に分かれて男を襲う。狭い渓谷の壁をゴリゴリとこそぎ、目標付近まで来ると含まれた熱が酸素を燃して一気に膨張―――、
渓谷を形成する浮遊大地の、およそ半分を吹き飛ばした。




