滞在~一匹鳥の巣穴
ドレイク
「アッシュグレーと掛けてます!!」
トキ
「黙れ」
ドレイク
「あい」
何かがドレイクの首筋をちょろりと這った。くすぐったくも気持ちが悪く、ひあっと上げた叫び声が空洞内に響く。
びくつきながら感触を探ったドレイクは、灰色の小さなトカゲを発見した。大したことのない正体にほっとし、手のひらに乗せて、指で頭を撫でてやる。トカゲは大人しく、逃げたりすることなく身を任せる。
「ちっこい奴だなー。魔法生物、じゃないよな。おっさんの持ってる尻尾と比べものにならない、し……」
爬虫類は鱗が格好いいとして気に入り、名前を付けて飼おうかなどと考えて、思い出した。
そういえば、道中これぐらいの大きさのを黒こげ焼きで頂いたなぁー…、と。
「………ハッ! マズい、隠れろグレートアッシュ(命名)。あの餓鬼に見つかったら食べられる!!」
干物で携帯食料にされかねないと焦り、トカゲを両手の中に隠しつつ輩の姿をキョロキョロと捜す。
問題の男は、洞窟の出口付近に腰掛けてある方向を睨んでいた。
「………、」
「あー、相変わらずか」
彼の睥睨する先は、この度狩りにやって来た目的の材獣。こちらもキツい眼差しをくれる男へ、静かに眼差しを向けている。
逃げられるのに逃げない獲物と、仕留められるのに仕留めない狩人。
いつも通りの光景を、ドレイクとトカゲはボケッと眺める。
虹彩鳥は反撃を行わなかった。
既に先立った仲間達の元へ行きたいのか、全くの無抵抗でその身を差し出そうとした。それならば手間が省けると言いそうなトキは、虹彩鳥の決意が気に食わなかったらしい。ひと思いに殺さず、獣具を収めた。
それから長期戦が始まった。
トキはどうしても戦った上で相手を討ち取るのだと、戦う意志を見せるまでは絶対に攻撃しないと言い出した。
虹彩鳥も譲らない。永らく会わなかった他生物との出会いに時期が訪れたと感じたようで、この機を逃すまいと梃子でも動こうとしなくなった。
どちらも頑固に睨み合いを続け、終わる気配のない膠着が何日も続いた。
トキがどう出るのかを待つ以外ないドレイクは、その間ひたすらぶらぶらと過ごした。恐る恐る虹彩鳥に近づいてスキンシップを試みたり、上空から流れてきた木の実や諸々を食べて飢えを凌ぎ、ペットとして飼うことにしたトカゲと遊んだりと、まあ暇にも程があった。
加えて、毎日欠かさず行っていたことが一つ。
“虹彩鳥の仲間”に対して、必ず一回は面前で両手を合わせて祈ること。
その仕草をする時だけ、トキを注視する虹彩鳥がドレイクにも目を向けた。
「…で、これからどうするの?」
トキが外の空気を吸いに出たのを狙い、ドレイクが追いかけて尋ねる。黙りを決め込むかと思われたが、トキは意外にあっさりとした口調で答えた。
「荷物を纏めろ。帰るぞ」
「やっぱり荷物をまとめ……て、ええ!? 帰るの?」
「お前は残るか?」
「うん帰る。帰ります。連れて帰ってよって、いやそうじゃなくて」
いきなりの方針転換にドレイクは戸惑い、トキはもうその気で歩き出した。荷物はあらかた峠道に置いてきたので纏めるものはなく、手ぶらのままドレイクも従う。
それにしても謎だと、首を傾げながら。
「なあ、この数日の気紛れはなんだったの。結局素材も手に入れてないし、…無理にそうしろって言ってる訳じゃないけど言わないけどさ」
「…」
「なんだーか、とてーも、ミステリーだなーっと……、」
「…」
「ミステリーサークルっ!」
「黙れ」
「あい」
軽口もやはり通じず、トキの心中は窺い知れない。
個人的には虹彩鳥を殺さない意向に大賛成なドレイク。しかし急な出立は別れを惜しませる。
後ろを振り返れば、虹彩鳥が出てきてトキとドレイクを見送っている。寂しげで、何処となく哀愁が漂い…、
それが、全身の毛を逆立てた。
「え?」
「あはは。珍しいな〜、こんなところまで来れる人達に会えるなんて」
急変した様子と合わせて、背後から声が掛けられた。
ドレイクが向き直ると、二人の進む先に背の高い金髪の男が立っている。
全体的に白の軽装。首に巻いた、腰まで垂れるマフラーの色も白。手頃な長さの棍杖を右手で弄び、遊び人のような風体がかなり目立つ。
現れた時から笑顔を絶やさないその人は、トキとドレイクの姿を嬉しそうに眺めてくくっと笑った。
そして豪快に笑い出した。
「あっっっはっはっはっはっははは!! あーっははははははははははは♪♪」
「なんなんだ…?」
「…」
声を上げてひたすら笑う男に、ドレイクは意味不明で呆気に取られた。背負う獣具を降ろすトキは、何も言わない。
黙ったまま、鬼のような形相で、男を見る。
やがて男は笑い終え、ガックリと肩を落とした。
「はっはっは―――…はあ、鬱だ」
「それだけ笑っといて!?」
絶妙なツッコミにまた照れ笑い。ドレイクを本気で呆れさせた。
一息吐いて、金髪の男は親しげに話しかけてきた。
「こんにちは、お兄さん達。二人も材獣目当てで来たの? それにしては手ぶらで帰ろうとしているみたいだけど」
喋っている間、男は手にした棍杖を手首で縦に回す。軽やかに、ゆっくりと。なんということはない動作。
きょとんとした顔で聞くドレイクは、まだ気づかない。
「正直、今回のお仕事は乗り気じゃなくってさ〜。場所が場所だし、他に面白いものが見つかるかもってことで引き受けたんだ。だからぁ、」
くるんっと回転した棍杖の先が、下に落ちている小石に当たって弾いた。
小石は消えて―――ドレイクも、意識を瞬時に無くした。
まるで手品のように、小石は弾丸となりドレイクの額を狙い打った。ドレイクは白目を剥いて倒れ、それを皮切りに、トキが鎚矛を構えて駆け抜けた。
トキの動きは大柄な体に似合わず機敏。マフラーの男との間合いを一瞬で詰め、致命となる一撃を繰り出す。
「あは」
くるんっと棍杖が回転し、
コンッと軽い音がした。
ろくな構えも取っていない男の棍杖が、トキの鎚矛をいとも容易く払い退けた。
態勢を大きく崩すトキへ、謎めいたマフラーの男は無邪気に微笑み、聞いてくる。
「だから。お兄さんが、面白くしてくれる?」




