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獣々承知!!  作者: 納 平子
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到着~吹き抜け峠




「そんな、かからないって、言わなかった…?」


「もうすぐだ」


「…あの、あのさ。おっさんは、なんで、平気なの? おれ、めっっっちゃ、凍え、てるん、だけどッ」


「…」


「空気、うす、薄い、し。ガタ、ガタが、止まら……、ぶえっくしょい!!」


「ここだ」


「ハ〜…手の感覚が……、あ?」


 風の流れに身を委ねながら、ある程度自分の意志で進行可能なトキが誘導しながら。

 大空を進んでいく二人の前に、巨大な岩の壁が見えてきた。

 雲海の上に浮かぶ、いくつもの尖った岩が連なって出来た岩石群。絶海の孤島を思わせる岩山、その平坦な部分を見つけてに降り立ったドレイクが歓喜する。


「やぁっと着いたー! 天〇の城っ」


「何処に城がある」


「細かいことを気にしたら負けなんだよ。古今東西、物体が浮かぶか飛んでいたなら、それは鳥か飛行機かスーパーなアイツ、もしくはUFOないし〇ピュタって相場が決まってんの! 伝わらないかなぁこの浪漫!!」


 鼻水を垂れ流したままはしゃぐ子供に、着いた時から辺りを窺うトキは相手にしない。

 暢気に喋るドレイクへ、無造作に手を伸ばす。


「ここにいるんだよな、材獣って奴が。風羽根だっけ?」


「少し黙っていろ」


「俺専用のマジックアイテムを手に入れるために、気合い入れて行くぞーっ……お?」


 聞く耳持たないドレイクの頭を、聞かせる気もないトキが鷲掴みにして、真横の岩陰にぶんと投げた。

 風属の影響を受ける体は面白いほど軽やかに、かつ爽快な速さで、硬い壁をめがける。


「ぎゃん!!」


 案の定、受け身も取れずに正面から激突。

 痛みに悶える連れを放って、トキは背負っていた旅荷物を下ろした。獣具だけを手元に残し、他は先ほどと同様に投げてドレイクへ渡す。

 起き上がった顔に見事命中して、ドレイクは二の句が継げなくなった。


「……だぁ〜!! なにすんだ、よ…?」


 荷物を退かして抗議しようと岩陰から顔を覗かせた、そこでようやく知る。二人が訪れるより前に、先客がいたことを。


「「「………」」」


「お、おっさん。その人達はー…、」


「…」


 途端に気弱な声になるドレイク。トキは目もくれない。

 数は十五人、全員が屈強な体付きをした男。どれも寒冷地仕様の装備に毛皮のコートを羽織っている。

 男達は慣れた動きで広がり、新たにやってきた余所者を囲んだ。トキは身じろぎ一つしない。

 大勢の中から一人が出てきて、軽い足取りでトキへと近づいた。


「どーも、お疲れさん。この峠まで徒歩で来るなんて、ただ者じゃないな」


「…」


 無精髭を生やした男は、やけに親しみ深く話してくる。岩陰に隠れたドレイクは成り行きを見守るしかなく、トキは一言も返さない。


「どうせそれも獣具だろ? 参ったよな。こっちは頭数しか揃ってない、至って普通の人間なのに。下手に争えば負けるのは俺達…で、求めるモノが一緒ならぶつかるしかない」


「…」


「風羽根を、採りに来たんだろう?」


「…」


「そうだよな。ここに来る理由なんてそれっきり、あんたも俺達と同類って訳だ。積まれた金のために数少ない生き残りを仕留めに来た、金に従順で利口な人種ってな」


 何も言わない相手に良く喋る男は、人差し指を立ててこう続ける。


「なあ、これはちょっとした相談なんだが、俺達とあんたは気が合うと思うんだ。わざわざこんな場所に来てまで、血みどろの争いをしたってしょうがない。ここは手を組むべきだ」


「…」


「あんたも、風羽根を手に入れる前につまらない怪我をして断念したくはないだろ? 無傷で済まない以上、端から避けて通るべきだ。なあ?」


 話を聞く限りでは、どちらにとっても無益となる争いは避けたい。だから協力しよう、というものだ。

 納得の行く申し出に単純なドレイクは自然と頷き、トキはそうしなかった。

 獣具を持つ右手首を返して、柄を握る手に力を込める。


「こっちには良い金脈があるんだよ。ここにいる全員が遊んで暮らせるだけの金を用意してくれる阿呆が。そうだな…、一人頭―――ごぴっ?」


 金勘定に入った男の下顎を、腕力だけで振り上げた鎚矛が砕いた。

 え? と驚くドレイクの視界の中、口から噴き出した血飛沫と男の体が、ゆったりと宙を舞う。

 交渉役がやられたことで、残りの男達が目を血走らせた。


「てめえ!!」


「ぶちのめせぇ!!」


 一人に対して、向こうは十四人。数で押し切ろうと一斉に襲いかかる。明らかな劣勢に、ドレイクも手に汗握って目を見開いた。

 トキは動じない。上に振り抜いた鎚矛は、右肩の上でまた手首を返し、担いだ体勢を取る。そこから一人一人の頭を殴っていくのかと安直に思ったドレイクだが、獣具の方に変化が起こった。

 鎚矛の先にある独特な形状の柄頭。尻尾の先をぐるぐるに巻きつけて球形にされたそれが、トキの意志に応じて解け、広がってみせた。一回り大きくなった打撃部位の中心に炎が灯され、激しく燃え盛って白光していく。

 トキは腰を落として右足を踏み出し、前方から迫り来る数人―――その手前の岩盤に振り落とした。




 爆炎が巻き起こった。




 硬い岩が砕けて飛散、爆発の余波と共に四、五人を薙ぎ払った。

 柄頭はすぐに元の形に巻きつき、トキは休むことなく鎚矛を振り回す。爆破の衝撃で体が硬直した彼らは、いとも簡単に頭や腹、足腰を打ち据えられて倒されていく。

 衝撃から立ち直って反撃を試みる者もいるが、接近を躊躇った一瞬の隙に、砕けて宙を漂っていた拳大の岩石がトキの掌から打ち出されて命中、撃沈する。

 敵の残りが半数を切ると、再度爆破攻撃を足場に叩き込んで牽制、或いはその威力によって吹き飛ばした。

 圧巻、そして圧倒的。

 これが火属(イグニス)の獣具『火蜥蜴の尻尾』。

 使い手であるトキの実力。


「スッゲ…ッ。おっさん格好いい!!」


 沸々と湧き上がった想いに、隠れていたドレイクは立ち上がって声援を送り始めた。やれ、そこだ、行けー! と調子良く声をかける。

 声援に応えた訳ではないが、トキも手加減無しで男の頭を鎚矛で殴り、ドレイクのいる側まで飛ばした。

 ギョッとして飛び退くドレイクの目の前に、顔の(ひし)げた男の全身が投げ出される。

 ピクリとも動かない、息もしていない。死体となった男を見下ろす。


「…え」


「最後だ」


 呆けたドレイクの耳に、無慈悲な声が届いた。

 最後の一人へ、トキが鎚矛を振り上げてトドメを刺そうとする。男は腰を抜かして逃げられず、恐怖に歪んだ顔で見上げる以外に行動をなくす。

 鎚矛が振り下ろされる。男の人生が頭蓋を破壊されて終わる。

 それを止めたのは、全速力で走ってきたドレイク―――。


「…なんだ」


「いや、あの、もう」


 済んでのところで間に合った。前に立ちふさがったドレイクをトキが一瞥する。

 たった今、鬼のような強さを見せつけた。その男の邪魔をするのは自殺行為に等しい。ドレイクの体も、ひたすら畏縮して縮こまっている。

 だが、どういう訳か引き下がらない。


「おっさん…、もう良いんじゃ、ないかな? こいつら、もう動けない、みたいだし。まさかとは思うけど、みんな死んでない…よな?」


「…」


「………あ! もしかして、生き返らせる方法とかある? だ、だよねー、なんといってもファンタジーだもん。魔法でいくらでも蘇生とかしちゃうよね」


「馬鹿か。一度死ねばそれで終わりだ。そこに転がっている連中も、あらかた死んでいる。都合良く生き返るか」


「………………冗談キツいって、おっさん」


「そこを退け。さっさと終わらせて行くぞ」


「……」


 汗をびっしょりと流して脅える。

 それでも退かない。


「退け」


「いや、だ」


「何?」


「生き返らない…なら、殺すなよ。し、死んだら、戻らないんだろ? だったら、殺すな。頼むから…」


「ハア。退けと言って、」


「嫌だって言ってるだろ!!」


 呆れ果てた様子のトキに、取り乱したドレイクが本気で怒鳴った。

 何がどうなるか、後先を何も考えずに口走る。




「ここはファンタジーだ。俺の理想だ。最高の場所なんだっ、……“ここ”に下らない『現実』(リアル)は要らないんだよ!! 幻滅させんなぁッ!!」




「…」


 目一杯浴びせられた怒声に、トキの返答は左手の拳で行われた。

 無防備なドレイクの横っ面を、裏拳でこれでもかと殴りつける。反応すら出来ない素人はそのまま倒れ、

 トキの服を片手で掴み、辛うじて堪えた。

 頬が腫れて青痣が出来上がっていく顔で、尚もすがりつく。


「ご ろ ずな 、あ ・・・ 」


 涙にまみれたその目は揺らがない。信念のようなものすら感じ取れる。

 トキは、お構いなしに獣具を振り落ろした。

 隠し持っていた短剣を突き立てようと迫る、男の顔面へ。


「あ…?」


「“相手を殺す時は、自分も相手に殺されるであろうことを承知しろ”」


 背後から、肉と骨を叩き潰す音が聞こえた。

 振り返ってその惨状を目の当たりにするドレイクへ、トキの冷徹な言葉が送られる。


「暗黙の了解だ。幻滅しようが下らなかろうが、死ねばそこまで。誰もが最後まで意地汚く足掻く。生きていれば当然、な」


「…そんな決まり事、知るか。嫌なものは嫌だ」


「そうか。勝手にしろ」


 トキは死体から獣具を引き抜き、血を拭きながら荷物を取りに行く。膝をついて動かないドレイクには見向きもしない。

 ドレイクは、唇を噛んで喚くのを我慢した。深呼吸を繰り返し、両目を閉じてうなだれる。

 ドレイクが立ち上がると、トキはもう随分先を進んでいた。ドレイクものろのろと歩き出して後を追う。

 峠に吹く風は、奥へ下るごとに強く荒れていった。






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