道中~浮流地帯
標高およそ六千メートル。万年融けることのない雪に覆われた山々の一角。
どうやってそこまで辿り着いたのかも、どうして存命できているのかすらもわからない。ただ崖っぷちから下を覗き込んだドレイクは、地表を覆い隠す白雲の雄大さを目の当たりにしたあと、ありったけの力を振り絞って叫んだ。
「我が人生に、一片の悔い無し――――ッッ!!!」
「…」
隣に立つトキは、騒音に顔をしかめた。
彼の人生で最良の景色を堪能し、辞世の句を述べたドレイクはそのまま倒れた。冗談抜きで、過酷な環境下によって死に瀕していた。
辛かったけれど、ファンタジーの世界に足を踏み出し、自分の限界に挑戦してここまで登りつめたのだ。もう休んでもいい。思う存分安らかに眠っても―――、
「起きろ。さっさと行くぞ」
「ホワイ?」
トキの声が永眠を妨げた。
くたばりかけていたドレイクの首根っこをむんずと掴んで持ち上げる。
迷いも躊躇いも見せず、ポイッと投擲。
雲で地上が見えない崖下に放り捨てた。
「は……ぎゃあああああああああああああ?!!」
死にかけていたドレイクが息を吹き返した。そして奈落の底へ急降下する事態に全力で喚き散らす。
「嘘ぉ!! さっきの嘘ッ!! 悔いならあるからまだ死ねないってばなにしてくれてんだクソヤロオオオオ!!!!」
「…」
「この老け顔がぁ!! 恐い人相してるけど実は良い人と思わせといてやっぱり血も涙もない外道かコラァ!! 読者の予想裏切ってんじゃねえよゲス!!」
「…」
「あのキャベツ頭の知り合いって時点、で………。あれ?」
思うがままに口走っていた声が止んだ。
落ちていたはずの体はいつの間にか浮かび、ふわりふわりと上昇している。
横から、上手く平衡感覚を取って立ったまま浮かぶトキも追いつく。
「ファンタジーだ………。なんか原理とかよくわかんないファンタジー設定キタ――――ッ」
「ここは大気中に風属の魔力が満ちている。ここから数十キロメートル先まで、重力圏から離れて空中を漂って進むことになる」
「マジすか! わーお最高!! 先に教えとけよなー、おっさん」
「…」
「おっさん?」
調子を取り戻したドレイクが、手足をばたつかせながら有頂天で振り向いてトキの顔を見た。
変わらない表情の端、こめかみに青筋を浮き上がらせていた。
投げられた時、焦って本音をぶちまけたのは誰だったか。
「……………トキさんって素晴らしい人だよね。なんて言うかもう非の打ち所もなくて、チョーハンサムでイケてるしカッコウィ」
褒め千切って危険を回避する前に、顔面へ拳がめり込んだ。
「黙ってろ」
「あい」
鼻血、鼻水、涙を混ぜてグチャグチャのドレイクを片手に、トキは歩く仕草を行う。何もない空の上で、まるで透明な道を歩くように、足裏に質量を捉えながら進み出す。
「必殺・スカイウォーク…」
「黙れ」
「あい」
崖から遠く離れ、情けない格好のドレイクとそれを手に持つトキが進んでいく。
目的地まで、そう長くはかからない。




