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ファインダーの向こう側  作者: 森野青葉
10/11

10枚目 回帰/蝕

 耳聡い少女の口から語られたのは、ある双子の誕生から家族になるまでの悲しい物語。

 それは種。

 そして、彼らのルーツ。



    □  □  □



 たまごが先か、鶏が先か。

 世界の始まりの答えは知らない。だが、人の始まりには一組の男女がいた。

 男の名は橘一成。

 女の名は石川喜美枝きみえ

 家が近所で生まれた時から一緒だった二人は、幼なじみの関係からいつしか特別な感情が芽生え、愛を育むこととなった。

 結婚という過程を経て夫婦となり、子供を授かる事もそう早いことでも、遅い出来事でもなかった。

 季節は秋。枯れ葉が舞落ち、小枝を揺らす頃。

 喜美枝は洗濯物を畳んでいる最中、ふと身体に違和感のようなものを感じて看てもらったところ「ご懐妊ですね。おめでとうございます」と祝福の言葉を医師から貰ったのだ。

 有限な言葉では伝え切れない喜びを、喜美枝は夫に何と伝えたのだろう。細部までは誰の知るべきところではないが、天使は確かに舞い降りた。

 だがつかの間の幸せとはよく言ったもので、定期検診で喜美枝に告げられたのは、卵が二つあるという事実だった。

「赤ちゃん、双子みたいなの」

「そうか」

「たぶん、帝王切開になるわ。危険だからって」

「そうか」

 幸福と不安が胸中でないまぜになって、喜美枝はただ事実を事実のまま伝える他なかった。

 だが一成は、予感があったのか何でもないことのように笑顔で、妻の髪を優しく撫でた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 根拠も何もない、気休めとも取れる言の葉。だが喜美枝の不安を取り除くには充分だった。

 他の誰でもない夫が発した言葉の重さが違うのは、父親となる男の力であると解ったから。

 そうして秋が終わり、冬が来て出産を間近に控えた。

 一成はこの頃、写真家として表舞台での成功を収めた。それまでは一介の商社マンでしかなかった。

 きっかけとなったのは愛しい妻のふと呟いた一言。「あなたも何か楽しいことを見つけられたらいいのに」だった。

 そして迎える春に雪はとけた。数分の差で生まれた二人は同じ年で、でも誕生日が一日違いの姉弟だった。

 何事もなく出産出来たのは、ひとえに何らかの加護を賜っていたのだろうか。

 それもまたつかの間の安心に外ならなかったことを、夫婦は十年数後に知る。

 女の子が小学校を卒業する頃になっても成長しなかったのだ。身長は入学当時から十数センチ伸びただけ。下級生に間違えられることは多々あり、歯は全て乳歯だった。この頃男女間で話題にのぼる二次成長もみられなかった。

 原因は分からなかった。よって、先天性の成長障害ではないかとも医師には診断された。

 その春。

 男の子は中学へ入学した。女の子は母親とともに外国で一年間の病院生活を開始した。一縷の望みを賭けて。

 そして一年後の春。

 女の子は一年遅れて、同じ学校へ入学を果たした。

 そうして双子の関係は同い年の姉弟から、一つ違いの兄妹へと変わっていった。

 そう振る舞わなければ、相手に他意はなくとも好奇の眼差しを浴びることになる。傷つくのは自分一人でいい。家族の誰もがそんな犠牲の念を笑顔の下に隠して、日々は流れていった。

 やがて世間体を盾に作り上げた兄と妹あるいは家族を演じることが当たり前になっていき、偽りでも安らぎさえ感じるようになっていった。

 幸福を掴めると信じていた。否、これこそが幸福であると信じ長く続くことを願っていた。

 その矢先だった。二人の両親の生が理不尽にも奪われたのは。舞い降りたのは一体何であったのか。

 家族写真は破れて双子は二人きりの家族になった。

 そこに終わりはなく、今があるだけであった。




 現世に音はなかった。

 とつとつと糸を紡ぐように語っていた花穂も、子守唄を聞く子供のように傾聴していた蘭も、微動だにしなかった。あるいは出来なかったのか。

 閉幕の合図は風鈴の音だった。透過した高音が静寂を打ち、二人は同時に自身の空腹に気付いた。続いてそれを主張するように、何かを搾り出す音がぐぐうと鳴った。

「あ、あら。もうこんな時間だったのね」

 蘭が恥ずかしげに左手首の腕時計を見ると、午後一時を回っていた。

「お昼過ぎてたんですね。お腹もすきますよね」

「話に夢中で全然気付かなかったわね」

「いえ、こちらこそ長ったらしく話してすみません」

 恥ずかしさで赤面しつつ笑いを堪える二人の顔は、晴れやかな笑顔。

 しばらく失笑し合って、おもむろに蘭が席を立った。

「私でよかったら何か作りましょうか。スパゲッティーは好きかしら」

「あ、はい。嫌いじゃないです。わざわざありがとうございます」

 続いて花穂もその場を後にした。「手伝います」と蘭の背中を追いかけるさまは彼といる時と変わらない無邪気さで。

 そう気付けば何事もそのままではいられない。




 その夜、数十年に一度の月蝕が起こった。右端からゆっくり時間をかけて欠けていく月を、自室の窓から眺めていた彼女は決断する。

 半身を失うかもしれない我が身を思い、重ねて。


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