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外国語の幻聴を呈した精神病の症例

掲載日:2026/08/27

<序言>

 精神病の症状に幻聴がある。実際には音や声がないのに、聞こえるように体験する症状だ。患者は「周りには誰もいないのに、誰かの話す声が耳に入ってくる」「自分の悪口を言う声が聞こえる」と訴える。しかし現実では、そのような事実はない。幻聴とは患者の脳内だけで起きている幻覚である。

 幻聴は患者の所属する民族集団の言語であると考えられている。ウィーン大学とミスカトニック大学の共同研究はヨーロッパ(ウラル山脈以東を除くロシア帝国領を含む)とアフリカそして北中米で千例以上の精神病患者から幻聴の記録を集め、その例外がないことを示した。つまり幻聴は患者の母国語以外では聞こえてこないのである……と、されてきた。今までは。

 この論文は外国語の幻聴で悩まされた少年の症例報告である。

<症例報告>

 患者はユダヤ人で十歳以下の少年。既往歴と家族歴に特記事項なし。外国への旅行経験はなし。オーストリア=ハンガリー帝国領内プラハ在住。ドイツ語とチェコ語を母語とする。外国語は話せない。従って彼は最初その音に意味があるものとは思えなかった。ずっと雑音が聴こえてくるため耳鼻咽喉科を受診したが異常なしと言われる。担当医から幻聴の可能性を示唆され精神科受診を勧められたため、筆者が勤務するウィーン大学医学部精神科の受診に至った。これが当科受診までの経緯である。

 初診時の症状は意味不明の幻聴と、幻聴が朝も夜も常に聞こえてくることによる不眠だった。その他には特に訴えはなかった(訳者注:精神病の主要な症状には幻聴の他に様々な妄想を抱く思考の障害が挙げられる。この症例の少年には、それらの症状が認められなかったと思われる)。

 筆者は精神分析による治療を開始した。だが自由連想法による治療アプローチは奏功しなかった。患者は聞こえてくる音の意味が全く理解できず、その単なる雑音でしかない幻聴から何も思い浮かべられなかったのである。

 実際に患者が話す幻聴の内容を書き出したところ、その無意味な音の羅列には一定のパターンがあると分かった。それが外国語であるとの確信に至ったのは、診察を見学していた日本からの留学生リンタロウ・モリ氏の助言によるものだ。

 文章化した幻聴を一読して彼は言った。

「これは私の国の言葉、日本語です」

 リンタロウ・モリ氏が彼の母国語だと断言した幻聴の文章を以下に記す。

『「夏のホラー2026」のテーマは「音」です。

 自分にしか聞こえない不気味な物音から、一瞬たりとも音を立ててはいけない緊迫した状況まで、ホラー小説において『音』の演出は外せない要素ですよね。

 ぜひこの機会に「音」を使ったホラー作品を練り上げてみませんか?

 読者の皆さまもお気に入り作品を探してみてくださいね。

 例えばこんなお話

 物音がするのに誰もいない部屋

「ねえ、何か聞こえない?」

 毎晩同じ時間に聞こえてくる音の正体は……?

『○○で発生している原因不明の騒音に関する調査資料』

 などなど』

 幻聴の意味が分かったことは患者の精神状態を急速な回復に導いた。彼が「音」を使ったホラー作品を実際に書き始めたところ、幻聴は聞こえなくなったのである。症状の再燃が認められなかったため、治療は終了した。

<結語>

 日本語の幻聴を呈した少年の症例を報告した。外国語の幻聴を発症するケースは珍しく、貴重な症例と思われる。この症例報告が同様の病態に対する治療への一助となれば幸いである――論文執筆者、ジークムント・フロイト。

<追記>

 完治した後、小説執筆を趣味とするようになったとの手紙をプラハへ戻った患者の少年ご本人から頂戴したことを併せて報告する。治療者によって患者の回復は何よりも嬉しいことだ。さらに筆者は、彼が書き上げたホラー小説を読む機会に恵まれた。その詳細は省くが人間存在の不条理性と「音」をテーマにした作品は人間の心の『無意識』に強い不安を与えるものであったと綴り、本稿の結びとしたい。

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