そうだ、夏のホラー2010に参加しよう。
都立高校内の文芸部室にて。
「あのさ、今年の夏にホラー作品をあのサイトで出そうと思うんだけどさ」
俺は隣にいる文芸部員の女子に話しかけた。
「あ、あのサイトに投稿するの?」
「その通り、でさ、この前、お前が書いたホラーが気に入ったからホラーの書き方を教えてほしいんだけど」
「えっ、あれ気に入ってくれたの?やったー!」
彼女は大はしゃぎで喜んだ。ちなみに彼女は去年のランキングに入っている実力者だ。
「ふむ、ならこの私に任せなさい!」
胸をドンと叩いて了解してくれた。
「で、どんなのが書きたいの?」
「どんなのって、ホラーだけど」
そう答えると、彼女は首を横に降り、
「そうじゃなくて、和製ホラーとか、洋物のホラーとかあるでしょ?」
すまん、さっぱりわからん。
「えっと、和製はグロテスクなのとかあんまり使わないで恐怖を与えるタイプ、洋物は大抵グロテスクで生々しい表現で怖がらせる感じ……多分」
多分という言葉に引っ掛かったが、まあいい。
「洋物にしようかな。結構そういうの好きだし、簡単そうだし」
「了解」
彼女はビシッと敬礼し、原稿用紙を渡す。
「とりあえず好きなように書いてみてよ」
「教えてくれるんじゃなかったのか?」
「いきなり教えたらオリジナリティが無くなるでしょ、ほら箇条書きでいいから早く書いて」
とりあえず書いてみる。えーっと、
●内蔵を引きずり出される。
●目を潰される。
●自分の内蔵を食べたかのような状態で死ぬ。
●じわりじわりとノコギリで痛め付けられる。
「いいんじゃない、どんどん書いて」
どんどん書く。
●引きずり出された自分の目玉を食べさせられる。
●生きたまま体からウジがわく。
●逃げられない。
むむむ、このくらいしか思い付かないかな。
「じゃあ、舞台を考えて」
それは簡単に思い付いた。
「放課後の文芸部室にすれば、イメージがわきやすいと思う。やっぱり俺も文芸部員なわけだし」
「オッケー、じゃあ最初はどうするか考えて」
最初はやっぱり逃げられない状況がいいな。
「目が覚めたら文芸部室に閉じ込められていた」
「典型的なパターンね」
少し傷ついたが気にしないことにする。
「ま、いいや。理由とかは?」
「気絶してた……とか?」
「なんか自信なさげなのも理解できる。だって典型的すぎるもの、ベッタベタ」
言葉の槍が胸に突き刺さるが気にしない、気にしない。
「じゃあ、手順とか決めとかないと。誰にどのように殺されるのか。私は知っている人に殺されるのパターンが好みね、変に出てくるオバケとかよりずっといい」
「じゃあ、人物はそうさせてもらう」
いろいろとアレンジしながら作った結果がこれだ。
一、主人公はある日、何かしらの理由で気絶する。
二、目が覚めたらなぜか文芸部室にいて、外に出たくても鍵がかかっているし三階だから出られない。
三、捕まって目を引き抜かれる。
四、その目を口に押し込まれる。そして飲んでしまう。
五、足を刺されて動けない(足の指を切り落とされる)
六、手の指も切り落とされて、抵抗ができなくなる。
七、腹を切り裂かれ、内蔵を引きずり出されるが、きれいに切れたため死ねずにもがき苦しみ、その内蔵を口に押し込まれる。
八、傷口にウジを入れられ、バリバリと肉を食い荒らされる。
九、最後はウジに食い荒らされながら死亡。
十、その後でバラバラ死体として山に埋められるが、指を一本廊下に落としてしまい、学校の七不思議のひとつとして伝えられるようになる。
「こんなもんかな」
七不思議と言う時点で洋物なのか和製なのか分からなくなってきたが完成したからいい。駄作だったとしても一人3作品まで出せるわけだから残り2作品に任せればいいし。
「まだ文章にまとめてないから作品とは言えないけど、もう下校時間だし帰りましょ」
「だな、色々とアドバイスくれてありがとう」
「お礼を言うのは完成してからにしてよ」
「分かった」
そして、俺は彼女より先に部室を出る。
「あのさあ」
「何?」
「去年の夏にこの学校の誰かが水のたまった洗面所で死んでたろ?」
別に知り合いが死んだわけではなかったからショックはあまりなかった。ただ、
「オチがお前の書いた作品と同じなんだよな」
「水とかは和製ホラーでよく使うパターンだから、別に問題はないんじゃない?」
「そうなんだけどさ、なんか嫌な偶然だなっておもって」
「もしかして、今年も誰かが死ぬと思ってる?」
「まさか、そんなに死亡事件が起こったらこの学校だって終わりだろ」
「あ、もしかして私が犯人だと思ってる?」
「アホか!」
コツンと彼女の頭を叩く。
「いたた……」
別に強く殴ってはないのだが。
「ただいま」
返事がない、ただの留守ようだ。
と思ったら、包丁を磨ぐ音がした。次の瞬間、悲鳴が上がる。
よく分からないが多分料理を作っている妹が怪我をしたんだろう、全く不器用なやつだ。
「どうした?」
キッチンに入り声をかける。
「あ、お兄ちゃん、お帰り」
妹の前のまな板の上には、口から血を吐き糞尿を垂らした犬の死骸があった。
「なにやってんだよ……」
その奇妙な光景に恐怖を感じながら訪ねる。
「だって、明日は去年生徒が死んだ日でしょ?」
器用に犬をさばきながら、
「だから、おまじない」
くすりと笑う。
「誰に教えてもらった」
「お兄ちゃんの女友達だよ」
あいつ、またいらんことを妹に吹き込みやがって。実行しちまったじゃねえか。
「たしか、狼の肉を食べれば『大神様』が体に宿って食べた人を守ってくれるんだって。で、狼は無理だから犬で代用したの」
「でもこれ、親が見たら何て言うか」
「今日は二人で結婚記念日の旅行じゃん、大丈夫だよ」
さばいた肉をカレーに入れる。
「犬の肉って臭いけど、カレーに入れちゃえばなんとかなるかな」
「だけど不味そうだな」
「そう?」
なぜ不思議そうな目をする。
とりあえず俺は部屋に戻り、彼女のケータイに電話した。
「もしもし?」
「お前、なにいらんことを妹に吹き込んでんだよ」
「あ、バレた?」
「バレたもなにも、今妹がカレーに野良犬ぶちこんでるとこだよ」
「へえ、去年教えたことなのに覚えてるんだ」
「去年?」
「うん、事件が起こる前日にふざけて教えたんだけど、まさか本当にやるなんてね」
「まあ、普通はやらないな」
「もしかしたら去年は『大神様』に助けられたのかもしれないね」
「その言い方だと何か引っ掛かるんだが」
「去年、犬の肉を食べたかもしれないってこと?」
「それか!」
嫌なことを知ってしまった。気付かなかったとは、カレー恐るべし。
「いいじゃん、外国では犬を食べるらしいし」
肉食動物を食すとは、相当肉に困っているんだな。
「じゃ、『大神様カレー』をめしあがれ」
「断る!」
一言怒鳴り付けて電話を切った。
はあ、「大神様カレー」とかふざけるなよ。絶対食わん。
と、思ったが腹の虫が鳴り響く。
「肉以外なら……」
結局、食卓へ向かうことになってしまった。
「お兄ちゃん、準備できてるよ」
俺は椅子に座り、いただきますを言う。犬にたいしてじゃないからな、ここ重要。
「お兄ちゃん、お肉残しちゃダメだよ!」
なぜだ、というか平然と食ってるお前の精神が知りたい。
「だって『神様』の肉を食べるんだよ。残したら天罰が下っちゃうじゃん。それにおまじないの説明には『食わねば家族を一人生け贄に、食わぬ本人は祟られて死ぬ』ってあるんだよ。困るのはお兄ちゃんだけじゃないんだから」
俺は祟りとか信じない主義なんだよ。お前はあいつにかなりオカルトチックな事を吹き込まれてるから信じているんだろうが。
「もうっ、お兄ちゃんのためにここまでしたのに。犬屋敷からさらうの大変だったんだからね」
妹は不機嫌な表情でカレーを頬張る。犬屋敷とは、同じ地域の婆さんが野良犬を拾いまくって病気やらなにやら問題を撒き散らしている家だ。俺も何度あそこの犬に襲われたか。
「ならいっそう食いたくないな。バカ犬は『犬死に』しやがれってんだ」
「さむっ」
なんとでも言え。
次の日、学校では事件の被害者は誰になるのかと言う話で盛り上がっている。去年のあの事件は犯人どころか死ぬまでの過程まで分からず、学校の七不思議となっている。悲しいが、被害者を弔おうと思う者はいないらしい。
「盛り上がってるね」
彼女は言う。
「ああ、次の被害者は誰かを予想して楽しんでるな」
「私、今回は校外の人がやられると思うの」
「なぜ?」
「いや、こうやって校内で起こると思っていた事って不思議と外れて別のところで起こるから、そう思っただけ」
変な空気が充満したなかで授業は進められ、放課後になった。
「私、ちょっと原稿用紙忘れたからとってくる」
そう言って彼女は部室を飛び出す。
さて、俺はアレを書くかな。ケータイを取り出してメールの新規作成を開き、投稿する小説を書き始める。
「起きてよ、もう部活終わりだよ」
体を揺すられて起きる。あ、もうこんな時間。
「結局部活終わるまで寝てたね」
「だな、そう言えばお前は投稿する作品を作ったのか?」
「ううん、資料をあさらないといけないからまだ」
さすが、ランキングに載るだけある。
「俺も資料をあさらないとダメかな」
「インターネットとか便利だよね」
「じゃあ、帰ったら調べるか」
さっさと片付けを終わらせ、部室を出て家へ向かう。
「ただいま」
ドアを開けた瞬間、
「くさっ!」
また妹が変なことをしだしたのだろうか、しかる内容を考えながら部屋に入る。
部屋に入った瞬間、俺は思わず床に胃液を吐き出した。むせながらも何回も胃液を吐き出す。
「お……おい」
目の前には、目をほじくられ、皮膚をズタズタに切り裂きウジをわかせた妹が床に倒れていた。
食わねば家族を一人生け贄に、食わぬ本人は祟られて死ぬ
「クワネバカゾクヲヒトリイケニエニ……」
思い出しながら声に出す。これはたたりによるものなのか、「大神様の肉」を残した罰なのか?
嘔吐により弱った体を引きずるようにしてキッチンに飾られた犬の、いや、大神様の首を見る。
衝撃で声が出なかった。
大神様の首は明らかにニヤリと笑っていた。
血の気がさらに引いていく。
「ごめんなさい、申し訳ありません、あなた様の御体を粗末にしたばかりにこのような結果になってしまいました……」
震えながら無意識的に俺は言葉を発していた。
「ですから、妹を生き返らせていただけないでしょうか。私の命を引き換えにしても構いません、ですから……」
ただ、大神様は微笑むばかり、妹は生き返らない。体の内側からボコボコとなにかが込み上げてくる。
「この糞犬が!」
大神様、いや、糞犬の首を床に叩きつけ、椅子で何度も殴り付ける。
なにが「大神様」だ、今までにこいつが一度でも幸福を与えたことがあったか? なかっただろ、むしろ害を与えてばかりじゃねえか。そして最後は妹をこんなにしやがって、地獄に落ちろ!
殴る度に首が地面に叩きつけられた粘土のように変形していく。眼球が圧力で飛び出しても殴り続けた。
俺は糞犬の首だった汚い肉片を見つめて呆然と立ち尽くす。
「警察を呼ぼう……」
受話器をとるが、なにも音がしない。後ろには二つに切られた電話のコードがあり、その後ろには、
祟られて死ね
そう書いてあった。
「くそっ、携帯電話、携帯電話!」
ポケットから取りだし、携帯電話を開くが、バッテリーが切れたのか画面は真っ暗だ。
ならば充電するしかない、充電器に繋ぐ。
「どうなってんだ?」
全く携帯電話に反応がない。
「くそっ!」
携帯電話を床に投げ捨てて外へ向かう。近所の交番に走っていくしかない。
玄関の扉を開いた瞬間、なぜか俺の意識は遠退いていった。
意識がもうろうとするなか、俺は目を覚ます。
しばらく視界がぼやけていたが、段々と見える世界がはっきりとして来た。
「文芸部室……」
なぜ俺はここにいるのだろうか。
いきなり影が目の前にたったかと思ったら、目の辺りを何かで突かれた。
「いぎゃあ……あぁ……!」
痛みで反射的に体を引っ込めた瞬間、眼球が外側に引きずり出されるのがわかる。
痛みにもがき苦しんでいるなか、なにかを持った手が俺の口を押さえつける。
必死に抵抗するも、影が持っていたものを飲み込んでしまう。
ゲホゲホとむせかえるなか、一言、
祟られて死ね。
そんな言葉が聞こえてきた。「大神様」は本当に存在するのか……。
「やっぱり本物は違うね」
女子の笑い声が聞こえる。彼女だった。
「君が書いたベッタベタな小説の内容も、なまで見るとすごいね」
眼球のある方の目で前を見る。やはり彼女だ。
「とりあえず、事件の解答をするね。今回は最高の小説を作るために生でホラー現場を見てみようと思いました。しかも君が考えた内容の」
彼女は鞄をあさりながら、
「つまり今、君のお腹のなかには自分の目玉が入ってるんだよ」
鞄からはノコギリやウジの入ったビンが取り出される。
「君の妹でも試してみたけど、やっぱり人によって反応は違うんだね。妹は黙って死んだけど、君はギャアギャア悲鳴をあげてる。うん、小説の参考になるよ」
なぜ、小説を作るためにそこまでするんだ。狂ってやがる。
「私思うんだけど、人間は死んだら終わりだけど、小説は永久に残る。これってすごいと思わない?」
ノコギリを持ってこっちに歩み寄ってくる。
「ちなみに今回作る小説のタイトルは『大神様の祟り』、シンプルだけどイケてるでしょ」
彼女、いや、小説の鬼はは最後に、
ありがとう、これで今回もいい小説が書ける。
と言っていた。
事件、検死結果レポート
○都立高校の文芸部室にて惨殺死体が二体、少年と少女のものが発見される。
○少年は眼球をくりぬかれたのち、ノコギリで殺害される。検死結果、ウジは意図的に入れられた可能性あり。
○少年を殺害したと思われる少女は腹部と首元を何者かに噛みきられ大量出血によるショック死。検死結果、イヌ科の動物に噛まれた可能性大。
○事件現場には一ヶ所にイヌ科の毛が検出。その近くに「祟られて死ね」と書かれた血文字あり。検査の結果、少年と少女の指紋とは一致せず、第三者が書いたと思われる。
○少年の自宅に同じ状態の死体が一体。まわりには犬と思われる動物の頭部の肉片が散乱。
○昨年のトイレ水死事件と関連性がある可能性があるため、今後の操作を強化する予定。