日記に、そう書いてしまった夜
その日の帰り道、
空はもう暗くなり始めていた。
駅までの道で、
クラスの女子に声をかけられた。
「藤原、ちょっといい?」
足を止めると、
彼女は少し言いづらそうに言った。
「西園寺と、何かあった?」
「何も」
即答だった。
「そう?
最近、あの子ちょっとピリピリしてるって」
「前からだよ」
そう言うと、
女子は首をかしげた。
「でも、藤原の話になると、
なんか態度変わるんだよね」
態度が変わる。
その言葉が、
胸の奥で静かに残った。
「嫌そうっていうか……
意識してる感じ?」
女子はそう言って、
冗談めかして笑った。
「まあ、
幼なじみだもんね」
その一言で、
話は終わった。
でも、
僕の中では終わらなかった。
家に帰って、
制服を脱いでも、
その言葉が頭から離れなかった。
――意識している。
机に向かい、
引き出しからノートを出す。
小学生のころから使っている、
厚みのある日記帳だった。
ページをめくり、
今日の日付を書く。
ペン先が、
一瞬止まった。
今日、何があったか。
事実だけを書けばいい。
委員会。
図書室の前。
「やめて」と言われたこと。
そこまで書いて、
手が止まる。
それだけでは、
何かが足りない気がした。
頭の中で、
いくつかの場面が重なっていく。
他の人には普通。
自分にだけ冷たい。
距離を取ろうとする。
それを、周囲も感じ取っている。
そして、
はっきりとは切られない。
ペンを持つ手に、
少し力が入った。
一行、空けて、
書き足す。
「西園寺は、
本当は俺のことを、
好きなんだと思う」
書いた瞬間、
胸の奥が、
すっと静かになった。
不安が、
言葉に押し込められた感じがした。
これは、
願望ではない。
そう思った。
今までの全部が、
ここにつながっている。
もし違うなら、
もっと分かりやすく、
拒絶されているはずだ。
「距離を取りたい」
それは、
感情があるからこそ出る言葉だ。
何もなければ、
最初から無関心でいられる。
そう考えると、
この一文は、
自然な結論に思えた。
日記を閉じると、
部屋が妙に静かだった。
窓の外で、
電車の音が遠くに聞こえる。
明日から、
どう振る舞うべきか。
それも、
すでに決まっている気がした。
こちらが、
迷わなければいい。
はっきり示せば、
彼女も、
もう隠しきれなくなる。
日記帳を、
引き出しの奥にしまった。
その中に書いた一文が、
これから先、
何度も読み返され、
何度も現実を書き換えていくことを、
このときの僕は、
まだ知らなかった。




