はっきり断られたのに、待たされていると思った日
それは、
放課後の図書室の前で起きた。
委員会の資料を返す必要があった。
それは事実だったし、
口実でもあった。
「西園寺」
名前を呼ぶと、
彼女は立ち止まったが、振り返らなかった。
「何」
「これ、委員会の資料。
今日中に返さないといけないって」
彼女は手を伸ばし、
無言で受け取った。
それで終わるはずだった。
「……そのあと、少し話せる?」
言ってから、
自分でも分かるほど、
空気が変わった。
彼女は、ゆっくりとこちらを向いた。
「話すこと、ないけど」
語調は静かだった。
でも、はっきりしていた。
「すぐ終わるから」
「藤原」
名前を呼ばれただけで、
胸の奥が一瞬、固くなる。
「やめて」
短い言葉。
言い直しも、余白もない。
「最近、そういうの多い。
正直、困ってる」
困っている。
その言葉が、
頭の中で一度止まり、
別の意味に置き換えられていく。
「……嫌、ってこと?」
聞き返すと、
彼女は少しだけ目を伏せた。
「そういう話じゃない」
「じゃあ、どういう」
「距離、取りたいだけ」
その答えは、
予想よりも、ずっと明確だった。
周囲には、まだ人がいた。
図書室に入る生徒、
廊下を通り過ぎるクラスメイト。
彼女は声を落とした。
「私、
前みたいな関係、続けるつもりないから」
前みたいな関係。
その言い方が、
なぜか引っかかった。
――続けるつもりがない、ということは、
――意識している、ということだ。
そう考えた瞬間、
拒絶は、
別の形に変わった。
「……分かった」
そう答えた自分の声は、
意外なほど落ち着いていた。
彼女は、
それ以上何も言わず、
図書室の中へ入っていった。
その背中を見送りながら、
隣に立っていた男子が、
小声で言った。
「今の、
完全に断られてなかった?」
僕は首を振った。
「そうでもない」
「え?」
「距離を取りたいってだけだろ」
彼は納得していない顔をした。
「それ、
ほぼ同じ意味じゃね?」
その言葉に、
少しだけ苛立ちを覚えた。
「違うよ」
そう言い切った。
「嫌なら、
もっとはっきり言うはずだから」
彼はそれ以上、何も言わなかった。
帰り道、
彼女の言葉を何度も思い返した。
――やめて。
――困ってる。
――距離を取りたい。
どれも、
決定的な拒絶には聞こえなかった。
むしろ、
強く拒まれていないことが、
僕には重要だった。
本当に無理なら、
委員会を変えるか、
先生に言うか、
もっと別の方法がある。
それをしないということは、
まだ、余地があるということだ。
その夜、
机に向かいながら、
ノートの余白に、
今日の出来事を書いた。
「断られた」
そうは書かなかった。
代わりに、
こう書いた。
「まだ、早かっただけ」
もう少し、
こちらがはっきり示せばいい。
中途半端だから、
彼女も迷っている。
そう結論づけると、
胸の奥にあった違和感は、
静かに収まっていった。
拒絶は、
終わりではない。
むしろ、
次の段階に進むための、
合図だと。
このときの僕は、
そう本気で信じていた。




