四月の朝
四月の朝は、思っていたよりも冷たかった。
新しい制服の生地が肌に触れるたび、少しだけ違和感がある。
まだ自分の体に馴染んでいない感じがして、何度も袖口を引っ張った。
電柱のそばに立ち、鞄の中身を確認するふりをしながら、
本当は、ただ一人の姿を待っていた。
時計を見る必要はなかった。
この時間、この道、この角。
小学校六年間、何度も繰り返した朝だ。
足音が聞こえた瞬間、無意識に顔を上げていた。
西園寺由紀が、横断歩道の向こうに立っていた。
卒業のときより、髪が少し短い。
それだけで、彼女がもう別の場所に進んでしまったような気がして、
胸の奥がわずかにざわついた。
目が合う。
一瞬、彼女の動きが止まった。
眉が、ほんの少しだけ寄る。
「……なんで、ここにいるの」
問いかけというより、確認だった。
歓迎の色は、どこにもない。
それでも、僕はなぜか安心してしまった。
――変わっていない。
彼女は昔から、こういう言い方をする。
冷たくて、距離があって、まるで迷惑そうで。
でも、立ち去りはしない。
「たまたま」
そう答えた声は、自分でも驚くほど小さかった。
彼女はそれ以上何も言わず、学校の方向へ歩き出す。
僕は自然に、その後ろを歩いた。
半歩分の距離。
小学生のころから、ずっと変わらない位置だ。
彼女は歩くのが早い。
意識しているのか、そうでないのかは分からない。
ただ、置いていかれそうになるたび、
僕は無意識に歩幅を広げていた。
それでも、彼女は完全に振り切ろうとはしない。
それが、僕には重要だった。
本当に嫌なら、
とっくに道を変えているはずだ。
そう考えると、胸の奥に溜まっていた不安が、
ゆっくりと沈んでいく。
風が吹き、彼女の鞄のチャックが開いているのが見えた。
中から筆箱の角が覗いている。
「チャック、開いてる」
声をかけると、
彼女は振り返らずに、さっと手を伸ばして閉めた。
「放っといて」
短い言葉。
突き放すような声音。
でも、立ち止まらない。
その背中を見つめながら、
昨夜読んだ漫画のことを思い出していた。
ヒロインは、好きな相手にだけ、きつい態度を取る。
素直になれないから、余計な言葉をぶつけてしまう。
――ツンデレ。
その言葉が、頭の中で静かに定着する。
校門が見えてきたところで、
彼女は一度だけ、ちらりとこちらを見た。
怒っているようでもなく、
優しいわけでもない。
ただ、そこにいるかどうかを、
確かめるような視線だった。
僕は何も言わなかった。
言う必要はないと思った。
ここにいること自体が、
答えのような気がしていたから。
彼女が校門をくぐる。
その少し後を、僕も続いた。
この距離が、
いつか縮まると、
そのときは本気で信じていた。
彼女は、ただ不器用なだけなのだと。




