信じないと決めた人
「占いなんて、非科学的ですよね」
開口一番、男性はそう言った。
三十代前半。スーツ姿。きっちり七三に分けた髪。
渡してきた名刺には、「システムエンジニア」と書いてあった。
「ええ、そうかもしれませんね」
私は笑って答えた。
「なぜ、今日は来られたんですか」
「同僚に行けって、無理やり予約されてしまって」
彼は困ったように、眉をひそめた。
「そうだったんですね」
私はお茶を淹れた。
彼は警戒するように、一口飲んだ。
「一応、やってみますか?タロットでも手相でも…」
「…手相で」
彼は、渋々手を差し出した。
「運命線が…」
「何ですか」
「二週間以内に、大きな決断をする」
彼は鼻で笑った。
「僕の仕事は、毎日が決断の連続なんです。そんなこと当たり前ですよ」
「そうですよね」私は微笑んだ。
「でも、これは仕事ではなく、プライベートの話です」
彼の表情が一瞬だけ変わった。
「何を言ってるんですか、くだらない」
立ち上がろうとする彼を私は引き止めなかった。
「お茶、美味しかったです」
彼は料金を置いて出ていった。
十日後。
雨の夜だった。男性がずぶ濡れで戻ってきた。
「あの…」
「これ使って下さい」
私はタオルを差し出した。
「プロポーズ、断られました」彼はぽつりと言った。
「三年付き合った彼女に『あなたは、私のこと全く興味ないでしょ』って」
私は頷いた。
「占いを信じてないのと同じで、僕は彼女の気持ちも見れていなかったのかもしれない」
彼は続けて話した。
「データとロジックで全部説明できると思っていた。でも…人の心は…」
「数式じゃないんだって」
「ええ」
私は彼にお茶を淹れた。
「ねえ」と私は言った。
「占いって、未来を当てることじゃないんです」
「じゃあ、何なんですか」
「自分の心と向き合うきっかけ」
彼は黙った。
「もう一度、手相見せてもらえませんか」
彼は素直に手を差し出した。
「ここ、運命線の先。分岐しているでしょう」
「はい」
「一つは、このまま進む道。もう一つは、変わる道」
「…どっちの道に進むのが正しいんですか」
「どっちも正しい」私は答えた。
「ただ選ぶのは自分自身」
彼は長い沈黙のあと言った。
「占い、信じてみてもいいですか」
「占いを信じる必要はありません」私は首を振った。
「占いじゃなくて、自分のことを信じてください」
雨が少し弱くなっている。
彼が帰るとき、傘を貸した。
「返しにまた来ます」
「はい、待ってます」
一週間後、彼は傘を返しに来た。
そして言った。
「転職決めました。もっと人と向き合う仕事がしたくて」
「そうなんですね、良かったです」
彼は、初めて本当の笑顔を見せた。
占いを信じない人もいていい。
でも自分の心を信じることは、誰にでもできる。
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