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信じないと決めた人

作者: 空詩
掲載日:2026/01/27

「占いなんて、非科学的ですよね」

開口一番、男性はそう言った。

三十代前半。スーツ姿。きっちり七三に分けた髪。

渡してきた名刺には、「システムエンジニア」と書いてあった。


「ええ、そうかもしれませんね」

私は笑って答えた。


「なぜ、今日は来られたんですか」

「同僚に行けって、無理やり予約されてしまって」


彼は困ったように、眉をひそめた。

「そうだったんですね」

私はお茶を淹れた。

彼は警戒するように、一口飲んだ。


「一応、やってみますか?タロットでも手相でも…」

「…手相で」

彼は、渋々手を差し出した。


「運命線が…」

「何ですか」

「二週間以内に、大きな決断をする」

彼は鼻で笑った。

「僕の仕事は、毎日が決断の連続なんです。そんなこと当たり前ですよ」


「そうですよね」私は微笑んだ。

「でも、これは仕事ではなく、プライベートの話です」

彼の表情が一瞬だけ変わった。

「何を言ってるんですか、くだらない」


立ち上がろうとする彼を私は引き止めなかった。

「お茶、美味しかったです」

彼は料金を置いて出ていった。


十日後。

雨の夜だった。男性がずぶ濡れで戻ってきた。


「あの…」

「これ使って下さい」

私はタオルを差し出した。


「プロポーズ、断られました」彼はぽつりと言った。

「三年付き合った彼女に『あなたは、私のこと全く興味ないでしょ』って」

私は頷いた。


「占いを信じてないのと同じで、僕は彼女の気持ちも見れていなかったのかもしれない」


彼は続けて話した。


「データとロジックで全部説明できると思っていた。でも…人の心は…」

「数式じゃないんだって」


「ええ」

私は彼にお茶を淹れた。


「ねえ」と私は言った。

「占いって、未来を当てることじゃないんです」


「じゃあ、何なんですか」

「自分の心と向き合うきっかけ」


彼は黙った。

「もう一度、手相見せてもらえませんか」

彼は素直に手を差し出した。


「ここ、運命線の先。分岐しているでしょう」

「はい」

「一つは、このまま進む道。もう一つは、変わる道」

「…どっちの道に進むのが正しいんですか」

「どっちも正しい」私は答えた。

「ただ選ぶのは自分自身」


彼は長い沈黙のあと言った。

「占い、信じてみてもいいですか」

「占いを信じる必要はありません」私は首を振った。

「占いじゃなくて、自分のことを信じてください」


雨が少し弱くなっている。

彼が帰るとき、傘を貸した。

「返しにまた来ます」

「はい、待ってます」


一週間後、彼は傘を返しに来た。

そして言った。

「転職決めました。もっと人と向き合う仕事がしたくて」

「そうなんですね、良かったです」


彼は、初めて本当の笑顔を見せた。


占いを信じない人もいていい。

でも自分の心を信じることは、誰にでもできる。

読んでいただきありがとうございます。

他にも短編を投稿しています。

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