対戦、よろしくお願いします
短編です
“ごめんね”なんて、たった4文字の言葉が、どうして出てこないんだろう。
ごめんね、じゃなくたって“ごめん”でも“すまん”でも、良いはずなのに。どうしてもその言葉が出てこない。
逆に、「お前が悪いんだからな」なんて、相手を罵倒する言葉は長々と出てくるくせに、たった3~4文字の謝罪の言葉も出せない。謝罪や謝意なんて2文字じゃないか。たったそれだけの事なのに、なんで俺は、その言葉が出せなかったんだろう。
今更になってソレが俺を苦しめる。たった数文字に苦しめられる日が来るなんて、思いもしなかった。
思えば俺は、自分に不利な状況でも、謝罪をしては来なかった。負けを認めるみたいで嫌だったんだ。謝ってしまったら、俺の中の何かが壊れてしまいそうで。
そもそも、謝った時、相手から上から目線で「いいよ、大丈夫」なんて言われたら、それこそ耐えられない。誰かの足の下に踏みつけられたような気がしてしまう。
嫌だ、そんな状態。絶対に回避したい。
だから俺は、謝らない為に、色んな理論で頭の中を武装した。
なぜ自分は悪くないのか、いかに相手が悪いのか。つまり謝罪するべきは相手、お前なのだと、誰もが聞いて納得するような理論を、頭の中で懸命に構築する。そうやって俺は俺の中の自分を完全武装してきた。
もちろん綻びや弱い部分が出てきたら、ソレを補うための武装を追加した。本を読んで語彙力を上げ、他人のレスバをみて良い回しを勉強して、一発K.O.できそうな理論を探し求めた。
SNSを見ると、そこかしこでバトルが繰り広げられていて、参考になる戦いが多い。
いつしか俺は、その戦いに自分から参加するようになっていった。
初めの頃は語彙も少なかったし、バトルではすぐに負けてしまう。でもSNSの良い所は、すぐにアカウントを消して逃げられるところだ。そしてすぐに適当なアカウントを作って、新たなバトルを申し込む。さながら昔観たアニメの主人公になった様な気持ちだった。
何度目かのバトルの際に相手が返信をしてこなくなったことがあった。いつもならその場で返事が来るのに、2~3日待っても返事が来ない。俺は初めて、レスバに勝った。何とも言えない高揚感が俺を包んでいた。
もっとだ、もっとこの高揚感を味わいたい。
俺は憑りつかれたようにレスバに参加した。
次第に俺は、他人の投稿に自分から噛みつきに行くようになった。
今日の相手はガキ、レスバの素人だ。「なんですかアナタ、辞めてください」なんて返事が来たら、長文を送ってボロカスに叩く。これで返事が来なくなるのが最高なんだ。
今日も最高の高揚感を得られた。
鼻歌交じりで、リビングに行くと、息子が高校から帰ってきていた。俺に似て頭の良い息子は、成績優秀。だからご褒美にスマホを買い与えたけど、最近ずっとスマホばかり見ている。まったく、成績が落ちたら取り上げてやらないとな。
「なぁ、父さんちょっと聞いてほしいんだけど」
珍しい、こいつが俺に相談事なんて。
「どうした?」
「このさ、SNSの知らないアカウントからずっとしつこく連絡が来るんだよ」
どれどれとスマホを見ると、明らかに俺のアカウントだった。そしてついさっき、ボロカスに書き込んだ相手は、息子のアカウントだった。
「こいつさ、色んな人にレスバ申し込んでるらしくて。界隈じゃ有名人でさ。自分が敬遠されてるって気が付いてないんだ」
息子の言葉に、俺の血の気が引いていく。
「へ、へぇ・・・」
「どうやって言い返したらいいかな?」
「・・・・そ、そうだな」
俺の敵が俺になった。
——対戦、よろしくお願いします——
デュ〇ル、スタンバイ!




