駆け出し冒険者の合い言葉
ギルドのカウンター越しに、受付のお姉さんはさらりと言った。
「それじゃあ最後に、うちのギルドの合言葉を教えるわね。駆け出し冒険者の合言葉は"死なないこと"よ〜」
「……それだけ、ですか?」
田舎から出てきたばかりの少年は目を瞬かせた。
「もっとこう……。"強くあれ"とかじゃないんですか?」
「それはね中堅とかベテランとかの合言葉なの」
彼女はやさしく微笑んだ。
「中堅は"挑戦"。ベテランは"守る"。でも駆け出しはまず"生きて帰ってくる"。それが一番難しくて、一番大事なの」
彼女の言葉に少年は納得いかない様子だったが、やがて勢いよく頷いた。
「わっかりました!でも俺はすぐ昇格して有名になります!」
そう言い残して、飛び出していく少年の背中を見送り、彼女は小さくため息をついた。
「また無茶しそうな子ね……」
「心配性なのは昔から変わりませんね」
声に気づいて、彼女は顔を上げる。
カウンターの向こう側に、Aランクのプレートを下げたベテラン冒険者が立っていた。
「昔の俺みたいだ」
「あなたも昔はわかってなかったものね。"死なないことなんて当たり前だ"って」
「当時はこの合言葉の意味、さっぱりでしたよ」
彼は苦笑した。
「でも、死にかけて、仲間を失いかけて……。ようやく理解しました。生き残らないと何も始まらない」
「でしょ?」
彼女は胸を張るが、すぐに眉を下げた。
「なのに全然伝わらないの。"未経験者歓迎!アットホームなギルドです!"っていうビラを提出したらギルド長に却下されるし……」
「ブラックっぽいですね」
二人は顔を見合わせて笑う。
「……さっきの彼、今日が初仕事でしたよね」
「ええ。薬草の採取依頼。簡単だけど油断すると危ないわ」
「俺が様子を見てきます」
「Aランクが?」
「心配でしょう?」
「それは……」
彼女は安堵した笑みを浮かべた。
「合言葉の意味。ちゃんと生きたまま覚えてほしいので」
そう言って彼は立ち去りかけ、ふと足を止めて振り返る。
「ちゃんと帰ってきますよ。あなたがいるこの場所に」
彼がにこりと微笑むと、彼女は一拍遅れて、照れ隠しのように言う。
「……それ、ベテランの合言葉でしょ。"守ること"!」
彼は笑って手を振った。
ギルドの合言葉は変わらない。
駆け出しは"死なないこと"。
中堅は"挑戦すること"。
ベテランは"守ること"。
そして、彼らを信じて待つ人がここにいる。
カウンターの向こう側で、受付のお姉さんは次の冒険者を呼びだした。




