6.朝のひととき、はじまりの声
新しい朝が来た、希望の朝になればいいな。そう思う、まだなんちゃってエルフの私です。
スッキリした気分で目が覚めた。この布団、素晴らしい。どんな素材で作っているんだろう。疲れも全くなく、スムーズに目が覚めた。
死告烏の羽布団、何やら物騒な名前の鳥だが、地球と違って勿論普通の烏ではない。敵を眠りに誘い、その隙に仕留める習性を持つモンスターだ。羽にその能力が残っているからぐっすりと眠れるという。なかなかに逞しい人間の応用力、恐ろしいスキルも有効に活用するとは。しかしこれは快適だ。私も人種なので、勿論有り難く使用させていただく。
大きな羽ではなく、小さく柔らかな羽だけを使用しているから、布団にするには何十羽も必要でその分高価になるらしい。納得の寝心地だった。これからもたくさんお世話になるだろう。
布団から渋々と出て、まだ防具を着るのに戸惑いつつも、もたもたと手間取りながら革鎧を身につける。この脱着も続ければ素早く出来るようになるだろうから、手抜きはしない。
えーと、ブーツの履き方は確か……。
記憶を探りあれこれと現代衣装よりも多くの小物を着用し、髪を結い上げてから、更に三つ編みを作る。今日も草取りと掃除だから、この長い髪が邪魔になる。
切ったらダメなんだろうな、この長髪。
魔力がどうとか、女が短髪なのはどうとかで、短いとよく目立ってしまうらしいが、この顔の時点で今さら感はある。部屋全体に清掃を、最後に姿見で色替えの確認をして寝室を出た。
自分の姿にもまだ慣れないな。今日も寝起きながら美少女だったと感想を漏らしつつ、この考えが何だかナルシストみたいになってしまって不本意だ。
なんと嬉しい水洗式トイレに入ったら、洗面所で顔を洗って歯を磨き、クリーンで全体をさっぱりさせる。別にクリーンだけでも用は足りるけれど、洗顔や歯磨きをした方が、気分が良くなるような感じがするのだ。習慣というやつかもしれない。
朝食は昨日出た小間切れ肉を、叩いてミンチにして肉団子にしよう。あっさりした肉だから、鶏団子のようにも食べられると思う。玉ねぎかエシャロットのようなものを切ったのと一緒に、ベジブロスのスープで煮込んで味を調整すれば美味しいだろう。後はオリーブオイルと塩とレモンで葉物野菜のサラダ、緑黄色野菜が足りないな。刻んでサラダに入れよう。目玉焼きは半熟が好き。パンは四つ切の食パン、カリカリトーストにして、たっぷりのバターを塗ってサラダと目玉焼きを上に乗せちゃおう。デザートにオレンジも、柑橘系大好き。
しっかり食べて、今日も頑張るぞ!
昨日やりかかった墓所の整備を続ける。草を抜き墓の清掃をして、最後に花を手向けると、ずいぶん腰が痛くなっていた。治療キュアをして痛みを散らすと、さて次はと辺りを見回す。
あれは。
「え、こんなところに世界樹?」
ということは、一応同胞である。昨日は全く気が付かなかった。鈍すぎる。
カラーの偽装を解き、駆け寄る。
まさかこんなところに世界樹があるなんて思わなかった。だって跡地とあったのに。世界樹では人と数えられないからか。
おっかなびっくり戸惑いながらも、挨拶の作法通りに両手のひらを幹に付けて、続けてそっと額もまた幹に付ける。ふんわりと暖かささえ感じる花の香りが辺りに漂っている。
「ご挨拶遅れてすみません、昨日からお世話になっています。ここでしばらくご厄介になります」
小声で呟くと、構わないよ、小さな同胞、と囁くような男のコエが返ってきた。葉のざわめく音ではあるのだが、ハイエルフの私に取っては声に聞こえるのだ。
びっくりして目をぱちぱち瞬きする。
会話できるのか。もっと世界樹の事を調べれば良かった。
《世界樹と話すのは初めてかい? ずいぶんと幼い子が来たね》
笑い含みの声がまた聞こえる。
実際は異世界人(?)に会うこと自体が初めてたけど。
「はい、お会いしたのは初めてです。幼い、ですか?」
《森歩きが覚束ないから、まだ生まれて百年も経ってないだろう?》
「うっ、生まれて十八になりました。森歩きもあまりしたことが無く」
ぐわー!! 恥ずかしすぎる!
森での振る舞いがまだまだとは分かっていたから、赤面する。バタバタしていたのをすっかり見られていたとは。いっそ転がりまくりたい。
それにしても、百年単位でものを語るとは、流石長命種。
《では、本当にまだ幼いのだね。こんなところまで一人でどうしたんだい?》
「その、エルフの修行をしに……」
《エルフの、修行……》
年齢を聞いて、ますます小さな子相手のような優しい声になった世界樹は、心配げに事情を尋ねてきた。それなのに、こんな阿呆な返答しか出来ないとは。蚊の鳴くような声で、かろうじて言葉を押し出した。
うっ、馬鹿正直に言い過ぎたか。
彼の戸惑った声を最後に、暫し沈黙が落ちる。
私は慌てて、かねてよりぼんやりと考えていたカバーストーリーを話しだした。こんなタイミングで披露するとは思っていなかったので、相当辿々しく挙動不審になってしまっていただろう。
「あの、私、今までヒューマンとして育っていたのが、エルフどころかハイエルフだったのが最近分かって。エルフっぽく無いと散々言われて、それで、」
《なるほど、それでエルフの修行ということか。面白い事を考えるね》
諸事情を察して遠慮したのか、それとも深入りを避けたのか、世界樹は相づちを打つ。まさか異世界から来たなんて考えは起こらないだろう。
《しかし此処には何もない。モンスターも強いから、他の所でした方が良い》
「だって、エルフなのに森歩きが下手なんて、恥ずかしいから見られたくない。モンスターなら倒せるし、それに、何もないって言うけど、貴方が居る、よね?」
まるっと恥ずかしいところを見られたし、グダグダな事情説明しか出来ないしで、丁寧に話すどころじゃなくなった。くだけた言葉で相手を窺う。
《…………ああ、そうだね。僕が居る》
しばし葉をただそよがせた後、何かを噛み締めるように同意が返ってきた。世界樹の声はハイエルフしか聞こえないから、長いこと自分を勘定に入れるのを忘れてしまったのかもしれない。
《けど、何かあっても僕は助けには行けないんだよ》
「別にいいよ。もともと誰も居ないと思ってここに来たんだ。ただ話し相手になったり、エルフとかハイエルフの事を教えて欲しい」
《それだけ?》
「うん、それだけ」
《それなら、うん、いいか》
「私は、シシーって呼んで」
《今自己紹介かい? 僕は、そうだな、ふふ、おじーちゃんって呼んでくれないかな》
「おじーちゃん? ふーん、わかった」
《エルフ氏族の姓はあるのかい?》
「えっ、無い、です」
《なら、今日からグランシムだね、今度からそう名乗るといい》
「んっ? あ、ハイ」
助けに行けないというのが、何か心残りなのかもしれないと感じたが、自分の時に配慮してもらったのだから、こちらも深掘りしないでおこう。雰囲気を変えるためにも、声は若いけれど年上なんだから、躊躇しないでおじーちゃんと呼んでやる。
しかしグランシムが、公認になってしまった。
「おじーちゃんの周りもキレイにするね」
お礼と言うわけではないが、雑草が蔓延る周囲を見て、早速草取りしようとしたが止められた。
《待って、シシー。そろそろお昼だよ。ずっと働いていたんだから、休憩しなさい。ほら、そこに出ている根っこに座って》
また整備に夢中になっていたようだ。太陽も真ん中に近い。
「気が付かなかった」
示された根に座り、喉の渇きを覚えて手を当てる。
《シシー、両手を出して》
「こう?」
何かを受けるように手のひらを上にすると、ポトリと果実が落ちてきた。色が金だ。これって。
《世界樹の果実は滋養にもいいんだ。これを食べて水分補給して》
「はーい、いただきます」
世界樹の果実って確か凄く貴重だったような?
でもせっかくの心遣いだから、いただきますよ。
皮がついたまま、ガブッと一口。
「美味しい!」
梨とリンゴの中間、洋梨に似た歯ごたえ。桃のようにあふれる甘い果汁を、行儀悪くすする。口の中に香るのは、ここに来てからずっとしていた世界樹の花の香りだ。皮を噛みしめるとより匂いが強くなる。もぐもぐシャクシャク。リズミカルにノンストップで最後のひと欠片までいただいて、満足のため息をついた。喉の渇きは癒え、体に活力が漲っている。
「あー、美味しかった! ありがとう、おじーちゃん」
《もう少し休憩しようね》
「じゃあおじーちゃんに聞いてもいい?」
《何かな》
「おじーちゃんはエルフからハイエルフになったの?」
《よく知っていたね。そうだよ、始めはただのエルフだったね》
「私は最初からハイエルフなんだ」
《年齢からそうだとは思ったけれど、それはとても珍しい事なんだよ》
「うん。だから、エルフからハイエルフになった時ってどんな感じなのかなって」
《そうだなあ、僕の場合だと――》
休憩がてら、しばらく雑談をして過ごしました。
しかし世界樹になったら意思が薄くなるとは何だったのか。それともおじーちゃんが特別なのか。
異世界転移したら世界樹のおじーちゃんができました――なかなかにロックなエルフ生だと思う。
次話12:00予約投稿です。
おじーちゃん、名前はグラントさんですが、主人公が名前を眩ませたので、それにならってみただけす。
ちょっとお茶目さんです。




