1.相棒クルルと、空昆布騒動
私が居たエルフの隠れ里から離れることしばらく。
おじーちゃんは元気かな、と思いつつ、杖をついて足元の草を払い歩きながら、私は小さな旅の同行者に話しかけた。
「ねぇ、クルルは本当に、自分の森に帰らないでいいの?」
「クールル?」
「それ、同意? それとも否定?」
「クッ!」
「駄目だ、全然わからない」
スキルの言語理解でも通じないクルルの鳴き声。どうしたものかな、とため息をつき、私の肩に得意げに乗っているクルルを横目に見る。
茶色の毛並みに日が差し、細かな金色の光を返す。くるりと丸い金色の目が、好奇心を映して先を見つめた。
すっかり自分の名がクルルだと認識したこの子は、私が隠れ里を出た日から、足元をちょろちょろとしながらずっとついてくる。
とうとう根負けして、鳴き声そのままにクルルと名をつけた。
ところが……種族名もクルル。
まるで猫にネコと名づけたような話で、ずいぶん慌てて直そうとしたけれど、時すでに遅し。
知ってたら、絶対別の名前にしてたのに!
クルルのもふもふな茶色の尻尾を構いながら、道なき道を歩いていると……空に何かが集団で漂っていた。
布じゃない。でもひらひらしている。
クルルの小さな耳が、あちこち動いて警戒している。
「……あれ、何?」
「クルッ!」
とっさに星の記憶に訊ねると、 空昆布と返ってきた。
フワフワ空を飛んでいるから、見つけるのも困難だし、入手も難しいらしい。
これで取る出汁は絶品だが、軽すぎて食感がほぼない。
これは植物? それともモンスター?
ふむ、一応モンスターカテゴリーに入るらしいと観察して、せっかく見つけたので食材にしようと決める。
特に見つけるのが困難とあっては、次に発見できるのはいつになることか。
しかも出汁だよ、出汁。これは絶対に採らないと!
クルルも漂うだけの空昆布の集団を不思議そうに、目と耳で追っている。
入手が難しいってどういうことかな。
気にはなったけど、普通に採れそうだと魔力を手繰る。
「風」
ささやくように唱える。
二ヶ月の間に魔法を使うのも慣れたものだ、と自信満々だったのだが。
「え? 嘘でしょ。空昆布、軽すぎる……!」
あまりの軽さに、そよ風だけであっという間に逃げ去ってしまう。
そしてたくさんあった空昆布が、半分になってしまった。
「あぁ……減った。まだ欲しいのに!」
「クルルルル?」
クルルはそのつぶらな瞳でぱちぱち瞬きをして、突然去っていった空昆布の行方を追っている。
これは、確かに難しい! 噂どおりにめんどくさい! 私の考えが甘かったよ。
「まだまだ!!」
逃げるならば引っ掛けろ! 作戦だ。
位置を変更し、ちょうど空昆布が木の枝に引っかかる場所から風を吹かせる。
よし、とさっきより弱い風を起こす。が、するりするりと枝から滑り、ひらりと空昆布は翻る。
「一枚だけ!?」
二度目は、残念。
がっかりと肩を落とすと、クルルが楽しそうに、小さな肩を落として真似をした。
「遊んでるわけじゃないから」
「クルル〜」
嗜めつつも可愛かったので、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてしまった。
ホント、楽しそうだねぇ、お前。
「ねえ、手伝ってくれる?」
「クルゥ!」
今のは分かった。任せろ! だ。
見事な俊敏さで、近くの木を駆け上がる。
「行くよ、クルル!」
「クルーゥ!」
クルルの方へ、そっと風を流す。
ぱしっと小さな前足が空昆布をつかんで、
「わっ、クルル!」
「クルルルルー!」
バタバタとひるがえる空昆布とともにクルルは空へ舞い上がりそうになり、慌てて手を離した。
「クルル、大丈夫?!」
「クー……」
「ごめん、無理させた」
謝る私に駆け寄って、意外に器用な前足が私を撫でる。
あっ、前足に昆布の生臭い匂い。
そして、残った空昆布を示した。
「続けろって?」
フフッと笑うと、もう一度考えこむ。
もう後がない。残っている空昆布はずいぶんと減ってしまった。
次は持っていた杖を使おう。
一枚採れたんだから、方向性は合っているはず。
二回目のように風を杖の方へ吹かせて……!
「フンッ!」
思い切り振り下ろした。
そうだ、パワーだ。パワーで解決するんだ! そう強く自分に言い聞かせる。
振り下ろした杖には、二枚の空昆布。
「二枚なら……成長したってことでいい?」
微妙に納得がいかないながらも、さすが入手困難と言われる空昆布、やるな……! と賞賛を贈る。
ほとんどやけっぱちだ。なにせ後がない。
奮闘することしばし、あれだけいた空昆布も全て去っていった。
「これだけしか採れなかった……」
五枚じゃ、出汁を取ればすぐなくなる。
あんなに奮闘したのに、とがっかりだ。
「クルル……」
クルルがゆらりと尻尾を揺らして、手の中を覗き込む。
ふと、ウエストのアイテムバッグが目にとまった。
そうだ、これがあるから、問題解決じゃないか。
意気揚々と、空昆布を五枚ごと突っ込む。
「……あっ! そうだった!!」
しまった〜! 束ごと入れると、束のままで百増えちゃうんだった!
入れる前に気が付きたかった!!
「五百枚……!」
多い、多いよ……。明らかに多すぎ! こんなにいらないよ〜!
「出汁がいっぱい取れるから……。きっといっぱい使うから……」
増えたものは、もう仕方ない。
言い訳めいたつぶやきをしながらも、出汁にして何杯分なんだか、と乾いた笑いでマジックバッグに入れ直して、再び街へ歩きだした。
「クールーゥ?」
「あー、クルルかわいいなあ……!」
大丈夫? と言わんばかりに頬にすり寄るクルルが癒しだった。
気を取り直して、どこまでも続く森を抜けた先――。
がたぼこ道が続いていた。
「……強烈な穴ぼこだ。日本じゃ珍しい土道だな」
道の先をたどると、遠くに小さな街並みが見えた。
屋根の色も形もまちまちで、陽に照らされて少し目にうるさい。
「……あれが、ラドナの街か」
ふと風が強まって、香りが鼻に届く。
形容しがたい眼差しで、空昆布の残り香がする自分の手を見つめる。
ああ……すごく生臭い。
「……なんか締まらないな」
ぽつりと出た言葉に、クルルが「クルッル!」と力強く鳴いて、小さな前足で肩を叩く。
勢いを付けすぎて肩から滑り落ちそうになった。
「同意? 違う?」
まあいいや、と諦める。
「手、お揃いの匂いだね」
「クーゥ」
漂う匂いにイタズラっぽく言えば、クルルもなんとも不本意そうな、中途半端な顔をしていた。




