10.世界樹の森をあとにして
エルフ修行を始めてかれこれ二ヶ月ほど。なかなかにエルフらしくなっていたらいいなと思う。
ずいぶんと里の整備も進み、他に手を入れるような所があっただろうかと頭をひねる。あまりやる事も無いようだし、狩りも必要の無い乱獲はしたくない。
趣味の調合結果はというと、茎無しの体力ポーションは雑味が減った。飲みやすいのは良いことなのかな? 魔力で乾燥させたものは、体力ポーションに魔力回復効果が追加された。……一パーセントだけ。これは私のバカ魔力が原因だ。魔力操作の習熟度が上がると、それがなくなった。では、わざと魔力を込めると? 五パーセント程まではパーセンテージは上がったが、それ以上は失敗になってしまった。しかも入れた魔力に対して利率が低い。それでもまあ、初心者にしては良くやったのではないかと、一応の満足をしておじーちゃんに報告したのだ。
おじーちゃんも一緒に喜んでくれて、そこまでは良かった。
大層喜んだおじーちゃんは、これも使うだろうと、世界樹の葉と果実、花などを大量にプレゼントしてくれたのだ。
言えなかった。こんなに要らないよって。
ありがとうと何とか笑った私の顔は、引きつっていなかっただろうか。
実際とても有難いことなのだ。いずれ習熟度も上がり、エリクサーだって作れるくらいになるだろう。その時の練習に素材が足りないなんて事になりそうもないくらい、たっぷりと在庫が出来ている。
でもね、まだまだ初心者の域を出ない私には過剰だと思うんだ。
そんなこんなで現在は調合を封印しているのだ。もっとおじーちゃんがフィーバーしたらマズイ。
本当はもっと色んな思いつきを実践したかったのだが。
という経緯があって、新たな趣味の木像彫刻始めました。
おじーちゃんと話す時によく座る木の根に落ち着き、家を修復するのに使った木切れを、少しずつ削り取り、バランスを見てまた削る。陽にかざして凹凸を確かめてまた削る。急がずにゆっくり、形を作っていく。水出しハーブティーを飲んで一息ついてから、砥草で滑らかな表面に仕上げた。
「おじーちゃん、みてみて、ウサギ可愛く出来た!」
《本当だ、目のところが特に可愛く出来ているね》
「ふふ、でしょう?」
我ながら、初めてなのによく出来てると思う。
「これおじーちゃんのね」
《僕にくれるの?》
「うん、ちょっと待ってね」
細い小枝で小さな丸籠を作り、その中にウサギを入れる。こっそりと保護魔法を付加して、おじーちゃんの枝に掛けてみた。
《シシー、失くすと怖いから、上に登ってウロに入れてくれないかい》
おじーちゃんは、そわそわと枝を震わせた。
じゃあ、とブーツを脱いで登ろうとすると、
《ああ! ちゃんとハシゴを使わないと危ない!》
叱られてしまった。
なるほど、こういうところが大雑把でダメなんだろうな。今度こそハシゴを立てかけ、よいしょとおじーちゃんの木の枝を見渡す。
木の洞……あった。
「ここでいい?」
《そこの奥に》
念のためクリーンをかけて、ヒールをしてから奥の方に木像を設置する。なんかウサギの巣穴みたいだな。
《そうだ、木材が要るだろう? それから機会があれば杖や弓を作る時にも》
「ちょ、まっ――!」
ドサドサ、と。枝が積み上がっている。世界樹の。
「おじ、おじーちゃん、そんなに枝落として大丈夫?」
《これくらいならどうとでもないよ》
違うんだ。こんなはずじゃなかったんだ。何かの容疑者のような言い訳を、心の中で呟く。
どこが……何が悪かったんです?
《持っていきなさい》
「大丈夫なら、うん、良いんだけど。ありがとう」
弱々しい声でお礼を言う私に、優しい子だね、と言わんばかりにおじーちゃんはご機嫌だった。
もらってしまった好意は返せない、気分転換に近くの沢で蓮の葉モドキを採取していた。ふと思いついて、一番大きな葉を摘み取る。
あのアニメ、好きだったな。おじーちゃんの所へ帰ってお願いしてみようかな。軽い気持ちでそう考えて、足音軽く帰途につく。
「おじーちゃん、お願いがあるんだけど」
《お帰り、早かったね》
「あっ、ただいま。思いついてすぐ帰って来ちゃった」
《何か楽しいことでも思いついたのかい?》
「前に見たお話なんだけどね」
大中小の毛むくじゃらな妖精のお話。その中で夜中にやるあのおまじない。せっかくファンタジーに来たんだからやってみたい。
「おじーちゃん、この葉っぱ、見て」
《おお、大きいね。傘みたいだ》
「そう、それ! 傘! これをこうやって差して」
私は葉を両手で持ち、しゃがんでから飛んでみせた。
「ん〜〜、エイッ! って」
その瞬間、胸の奥で熱い何かが弾けた気がした。
《……シシー? 今、魔力が――》
「え?」
ドォオオーン!!
雷に似た爆音が響き渡り、足元の草が一斉に伸び、土が膨らんで暴れる。
目の前のおじーちゃんの体が光に包まれ、ぐんぐんと空へ伸び始める。
「えっ、ちょ、まっ――おじーちゃん!?」
ガタガタの地面に転びそうになりながらも、おじーちゃんを見上げる。
それは見上げても、てっぺんが見えないほどの大樹だった。幾重にも重なった枝葉は濃く茂って空を覆い、陽を拒むように広がって、昼だというのに森の中は淡く翳っている。
梢の影が地面に複雑な迷彩模様を描き出している。
その全てを支える幹は、まるで陶器のように白く滑らかだったが、その白は、決して無機質ではない。確かに生物の息吹を感じさせる力強さがあった。
パールのような光沢を持つ淡い虹色の粒が、幹の周りをゆるやかに漂い、穏やかな流れを描きながら根元へと吸い込まれていく。
それはまるで、世界そのものが大樹と共に呼吸を繰り返しているように感じた。
音はなく、つい先ほど強烈な轟音で逃げ去った鳥や小動物の気配もなく、森は静寂に包まれている。
ただ、淡い光が空気の中できらめき、午後の陽がゆっくりと角度を変え、葉の間を染めていた。
私は口をぽかんと開け見とれたまま、
「……ごめん。こんなに……なるなんて」
と涙目で呟いた。
《怪我はないかい、シシー》
「ないけど、おじーちゃん、おじーちゃんのが」
《進化したね》
「進化した? 世界樹が更に?」
《新たな種族の誕生だ》
とんでもないことをしてしまった。ちょっとした思いつきだったのに。
おじーちゃんに許可を取って鑑定をかける。
種族が大世界樹になっている。称号にも「新たなる種族」と「始まりの大世界樹」が付いていて、本当にいままでになかった種族を誕生させてしまったんだと、実感をかみしめる。
「どうしよう、何か不具合とかは?」
《とても爽快だよ、いままでにないくらいにね》
だからね、とおじーちゃんは言葉を継ぐ。
《あまり自分を責めるんじゃないよ、シシー》
「おじーちゃーん……」
ボタボタと涙が頬を伝う。あまりに優しい声だった。
《それに急いだほうがいい》
「急ぐって、何を?」
《旅立ちをだよ》
ザザーッとおじーちゃんの声が真剣になるが、言っている意味が分からなくて、視線をうろつかせる。
《これだけ真っ昼間に大音量で大きくなったからね、近隣からヒューマンがやってくるよ。シシーが見つかったら、事情を聞くために拘束されるかもしれない》
「こ、拘束ってそんな――」
嫌な響きに、顔が自然としわしわになって、語彙が詰まる。
《だから今から旅立ちの準備をするんだよ。ちゃんと自分の痕跡を消して》
ほら、早く! と急かされて、つんのめりながら駆け出す。
今から? こんなに突然?
そんな思いがこみあげるが、おじーちゃんはただ急きたてるだけだった。
コテージを収納して、地面をならす。里に散らばる道具を片付けに走る。
あとは……あとは? 混乱したまま、おじーちゃんの元に戻った。
「おじーちゃん、終わったよ」
《こちらへおいで》
指し示すところへ行きかけて、あれは……。
《新たな僕の素材だよ! 持って行きなさい》
こんもり山になった素材の数々。
おじーちゃんはおじーちゃんだった。変わりない。
「ありがとー」
やっぱり顔が引きつりそうになるのをこらえて、どうにか微笑んだ。
てくてくと歩く。初めに森歩きをした時とは雲泥の差で、すっかり道なき道を歩くのにも慣れた。
今は逆に、里から出来るだけ離れる為に森を歩く。
結構な勢いで寂しくて不安であると同時に、少しばかりの期待と楽しみ。
ふと小さな生き物の気配を感じる。
いつの間にか、足元には栗色なのに光に反射する毛が金色に見える毛むくじゃら。リスみたいに尻尾が大きい。
「お前、どこから来たの?」
「クルルゥ」
「はは、何言ってるか分かんないや」
「クールルーゥ、クルル?」
話しかけてきたと感じたけど、言語理解でも何を言ってるか分からなかった。
「あっ、コラ登らないの!」
素早く身体を駆け上って、肩に落ち着かれた。
まぁいいか、飽きたら降りるでしょ。
「ルルル〜」
「歌ってるみたいだね」
しばらくこの子を道連れに、森を行こうか。ちょうど寂しかったことだしね。
目指すはドクサペディアダ王国の東側、ラドナの街だ。
一章完結です。
「景色づくり」は毎章ひとつを目標にしているので、また次の旅もぜひ覗きに来てください。
次章の書きために入ります(*^_^*)
幕間を11日に更新予定です。いつもの12時に設定しています。




