1.森での目覚めと、ハイエルフの私
鼻をくすぐるのは土の匂いと、青臭い草の香り。それから嗅いだことのない花だろうか? の不思議な匂いだ。
瞼の裏にしっかりとした明るさを感じるから、おそらく昼なのだろう。それからサラサラと頬を撫でる風に、外の気配を感じて私はそっと目を開いた。
手。地面に横たわった体の視線にある、白くほっそりとした指の形。
そして手に触れているのは、もやりもやりとその形を霧のように歪ませながら、輪郭を空気に溶け込ませている植物。
「ひっ!」
咄嗟に起きあがり、尻で後退りして手を胸に抱え込む。
なんだアレ⁈ こんな変な植物知らない‼︎
——幻惑草
変なモノに触れてしまった危機感に、じっとりと冷や汗が滲んだ体に頓着せず、頭の中にそんな文字が淡々と思い浮かんだ。
幻惑草? は? 知らない、知らない、そんなもの。どこから出てきたんだ。というかここ外だよね、なんでこんな所に寝転んでいるんだ。
その変な、曰くの幻惑草は、揺らいだ姿を少しずつハッキリとさせ、形が安定すると風にそよいだ。もうそこら辺に生えている他の草と見分けがつかない。どういう仕組みなのかさっぱりわからない。
明らかに平常とは異なる状況に、呼吸と心臓が速まっていく。落ち着いて、まずは周囲の安全確認をしないと。強引に原因から目をそらし、座り込んでいたのを深呼吸を繰り返しながら立って辺りを見渡し、何とか情報を取り込んでいく。
多分森か林の中、ちょっと開けた広場に日が差して、地面に草花が繁っている。草木はざっと見たところ、目に留まるような突飛なものも見当たらない。今の所は。ちらりと幻惑草を見てから更に目を走らせる。動物なども居ないようだけど、これから出て来ても不思議はないので注意して保留。虫は居るかもしれないが、見つけられないのでこれも注意の上保留。
そこで渋々自身を振り返った。イヤ〜な予感がするが、しない訳にもいかない。
性別は女。以上。
これだけというのはやば過ぎる。いや、日本人、これも分かるし、成人していることも分かった。社会人の情報があるから。
しかし肝心の名前がわからない。自分の事だけでなく、家族のことも友人達も、どんな所に住んでいたか、職場のことだってわからない。
なのにこれは分かっていた。
この体は、自分のモノじゃない。
この体も心も性別は女であるので、心身の齟齬が無いのは良かったけれど、明らかに日本人ではない肌色だった。
白色人種、というにはちょっと白過ぎるような気がするけど、まあ置いておこう。
目の前に広げた手は、白魚のようなとはこのことか、先細りの指先には桜色の爪がついていて、傷痕一つない綺麗な手だった。
この手、なんだか怪しい草を触ってしまったけど、大丈夫だろうか。
それから視界の端に見えている腰あたりまである長い髪は、やや青みがかったミント色で、下にいくにつれて青みが強くなっていて、毛先が少しクルンとなっている以外は、癖一つないほど真っ直ぐに伸びており、光の加減でパールのような薄い虹の輝きが散っている。こんな不思議な髪、現実にあり得るのか? と、ひと束つまんで軽く引っ張ったり光に透かしたりして、ちゃんと頭から生えている本物の毛であることを確認した。
ほほう、胸はデカめだけど大きすぎず……おっと、これはどうでもいい。
それより問題は服だ。うん、これ明らかにアレですね。
生成りのシャツはサラッと軽くて柔らかい。とある界隈でよくあるような、ごわついたとか硬さの感じる生地とかではないけれど、知っているTシャツなどよりは厚めの生地で出来ている。袖にはサラシも巻かれていた。
下は黒のズボンで、シャツよりも更に厚手の生地でできている。膝とお尻には更に共布の生地が縫い付けられ、完全に本気のアウトドア仕様、野山で膝をついたり直に地面に座っても大丈夫な作りになっている。靴は皮っぽい足首までのゴツめブーツ。足カバーまで装着されている。
全てが飾り気のないシンプルなデザインだった。
背中には皮でできた背負袋。無骨な作りで、ファッションではなく、やはり実用的なものだ。
シャツの上に、硬めの革の胸プレート。革の、鎧。つまり防具。
ほっそりとしたウエストにはポーチと鞘に入った剣とナイフ。剣とナイフは武器。そっと鞘から刃を見れば、しっかりと切れそうな輝き。
あー、キタ。
そうですね、中世ファンタジーですね。分かってたけど。
思っていたより動揺が少ない。自分で認識するよりも、図太かったのだろうか。
よし、ここは定番の。
ステータス。脳内で強く念じた。
名前 /年齢 18/性別 女/レベル 1,000/種族……
「イダダダダ‼︎ 痛い痛い痛い!」
ブワッと脳みそが限界まで拡げられたような感覚の痛みが襲って来て、倒れそうになりながらもしゃがみ込む。
痛みは一瞬で去り、その代わりに情報が頭の中に刻まれる。
「えー……?」
痛みで涙目になった眼を擦り、肩ががくりと落ちた。
どうやら自分はちょっとした事故で、異世界に転移したそうで。
天文学的数字以上の珍しい確率でこの世界に落ちただけで、特に使命とか役割とか選ばれた云々はなく、単なる偶然に過ぎなくて。
それを見て哀れんだ上位者が、自分の力のほんの微粒子分を分け与えてくれて。“適当”に力を馴染ませ、身体を作り変え、スキルに変換して、情報を入れ込んでもまだ余りあるエネルギーを、更に持ち物へと変えた結果が、現在の己の状況である、と。
上位者、つまりは神とか世界の管理者とか、そういう類の存在っぽい。
なんか力の大きさとか加減が、こう、豪快過ぎてやばいし、事前説明も選択肢も無く、与えるだけ与えといて後は好きにしろって、上から目線の傲慢さもすごい。
たしかにとてもありがたいんですけどね。凡人の自分にはいき過ぎてるし、記憶不具合も出てるんですけど⁉︎ おまけにめっちゃ痛いし。痛いし‼︎
それぐらいは些細な問題だという事ですね、これは。
「まずはどうするか、何から始めりゃいいんだ? とりあえず、自己把握からか」
若干やさぐれながらも、ステータス、と再び念じると、脳裏に表示されるごちゃっとした画面。なんか見づらいな、と思ったら、一瞬で整頓された。
は、ハイテク?
「名前はー……空白ってことは無いのかな。後で自分でつけるか。年齢が十八っていうと成人してるってことか。この世界の成人は何歳になるんだろ。十五か十六辺りで土地によるのか。性別女で次が……」
レベルが千って何。言葉に出すのも恐ろしい。
明らかにオーバースペックじゃないですか?
ま、まあ、次! 急がないと日が暮れる。野宿とか勘弁してほしいし、モンスターが来たら危ない。
いるよな、モンスター。武器防具だもんなー。
あちこちに飛ぶ思考の端を引っ捕まえ、続きを読み取る。
種族がハイエルフで、うん、ハイなのか。体力と魔力……って、魔力が∞になってるぅ〜。わぁー。魔力のせいで他の数値がどうでも良くなるなー。スキルもいーっぱい! 状態、動揺って、動揺もするわ!
うん、もういいです。お腹いっぱいです。次に行きましょう。
っと、その前に。
「結界」
流し見たスキル群の中にあった、結界魔術を意識して起動する。が、初めての魔力行使に力が入り過ぎて、とんでもない強度になってしまった。
軟いよりは良いかと、とりあえずの安全確保に納得をして、どっかりと地べたに座り込み、背に負った袋を抱えた。
何が出るかな。きっととんでもないんだろうな。
そんな予感を感じつつ、まずは背負い袋から鑑定。
マジックバッグ
状態:良好
容量無限・時間停止・自動修復・形状変化が付与してある魔道具。%#¥%@の皮で作られており、どんなドラゴンブレスにも耐えるほど頑丈。 専用。他のものは使用不可。体から離れても、念じれば手元に戻る。製作者は不明。
アババババ!? 初っ端からヤバいですよ!
何⁉︎ 何の皮で出来てるんだよ‼︎ ちゃんと鑑定仕事して‼︎ 情報にも、ない‼︎
製作者が不明とか高性能過ぎるとか、全部吹っ飛んだんだけど!
あと、やっぱりドラゴン居るんだね。怖い。ドラゴンの種類が複数なのか、ブレスの種類が複数なのかで、話が違うんですけどそれは……。どっちもなんですか。やたらと怖い。
専用の前の空白は、本来なら名前が入るんじゃないかな。持ち物から名前がわかっちゃうのどうなんだろう。
そうだ偽装! 偽装って出来るかな、ああ出来るみたい。よし、どっか街とか行ったら、鑑定しまくって変えよう。
中身もまだなのに、一仕事終わった後みたいな疲労感が。
こんなんでこれから私、大丈夫か。
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次話18:00予約投稿です。




