第5話「ある不器用な男の後悔と希望の話」
エリザベートとの結婚まで、あと1年を切った。
ここはあの時、小さい君に出会った庭園だ。
初夏の日差しが目に眩しいが、あの日の君の煌めきには敵わないだろう。
今日のお茶会。ここでエリーに伝えよう。
あの日、君に恋をしたと。鮮やかで強烈な君が俺の心を奪って、下らないただの男に変えたんだって事を。
月に2回の定例のお茶会だが、今日は出すお菓子から飾る花まで俺が指示を出して用意した。やはり気合が入ってしまう。
周りからは生温い目を向けられている気がするが、結婚前の男なんてこんな物だろう?
そして、俺のポケットに入っている指輪。エリーの碧眼と、俺の瞳のヘーゼル色の宝石を2つ並べてデザインされている。
上手いタイミングを見計らって、エリーに渡さないと。
エリーは、見た目と言動で誤解されがちだが、意外と幼くて少女趣味だ。
猫みたいで可愛いつり目をからかうと、毎回噛み付いてくる。その反応も、とても可愛い。
様々な花が咲き誇っている庭園で、跪いてプロポーズ。この演出はエリーの趣味だと思う。
あの日、俺を「つまらない」人間だと教えてくれた彼女。
あの日の鮮烈な君に感謝を贈りたい。
俺はあの日から、今までとは全く違う別の視点を与えられた。
まるで目が覚めたかの様な、大袈裟に言うと世界が色を変えてしまったかのように。
それまでの俺は、俺の持っている物に集まってくる大人達に嫌気が差していた。そして、その親達を見習い、俺の顔色しか伺わない子ども達にも。
俺自身の価値を誰も見ていなかった。
自分自身ですら、自分の本当の価値を勘違いしていたんだ。
俺は人よりも勝っていると。
そこそこの努力しかしない、周りに煽てられて勘違いしていただけの人間が、君のお陰で変わることが出来た。
そして、本当に信頼出来る人間だって居るって事も教えてくれた。よく見ていればわかる。誠実な人間は、いつだって俺の機嫌なんて伺わない。正当性を持って噛み付いてくるのだ。
「おやおや、ルーカス殿下。うちの末っ子がお世話になっております。ご依頼のものはご満足頂けましたか?」
フィオレッティ公爵家の次男、ユーティスが声を掛けてきた。
魔法使いとしてはそれなりの実力を持っている、エリーの身内だ。俺はユーティスを『信頼出来る人物』として重用している。
「しっかし、指輪に国宝の宝石を使っても良かったんですかぁ?こっちとしては、滅多に触れないお宝を加工させてくれるなんて有り難いですけれど」
挨拶を終えると砕けた態度で話しかけてくる。
こんな所も気に入っている。
ユーティスの話を詳しく聞く為に、近くの人間を少し遠くまで下がらせた。
しかし、流石エリーの兄というべきか。性格には一癖も二癖もあるが有能な人物だ。
忌憚のない意見もどんどん発言してくれる数少ない側近。
薄っすらと目を閉じて見れば外見も似ている気がするし、なんなら性格も似ている気がする…。うん。総合するといい奴だ。
「え、殿下その目やめて下さい。気持ち悪いです。僕の事、そんな目で見ないでくれます?」
「色々と問題のある事は言うな!」
「えーと、話を戻すと、この宝石は魔力が強すぎて加工も難し過ぎたんですよ。いや、ご依頼の加護の魔法陣に関しては僕も自信はあるんですけれど、他の効果が未知数になってしまって…」
そこまで報告を聞いていたが、聞き捨てならない言葉につい話を止めてしまう。
「ユーティス。指輪は俺が見た限り最高級の出来だ。しかし、聞き捨てならないな、未知数な効果まで発動するのか?それは、エリーにどんな効果を与える可能性があるんだ?」
ボリボリと頭を掻きながらユーティスが答えた。
「エリザベートに悪い効果を及ぼす心配はないと思います。宝石も純粋な魔力に満ちていましたし、加工した人間も僕と殿下だけです。上手く守護の魔法陣も刻めましたし、追加でラッキーな効果とかでしょうかね?…が、やっぱり断言は難しいです」
本当に適当だな、こいつは。
エリーが前にユーティスを評していた単語を思い出して、少しだけ溜飲を下げる。
俺の事を気持ち悪いだと色々と言ってくれたが。
お前はゴがつくあれとか、キモい◯◯とか、俺が言われたら絶対に立ち直れない言葉で貶されていた。
うん、許そう。寧ろ可哀想だ。
しかし、せっかく用意した指輪だが、万一という可能性もある。
この指輪は諦めて、エリーには別のプレゼントを渡すべきだろう。
そうなると…。
次のプランを考えていると待ち人の声がした。
「ユーティス殿下!お久しぶりです!今日はなんと!今話題の演劇の書籍版ですわ!騎士と王子が…」
その場にエリザベートの声が響き、周りの侍女と侍従たちはお茶会の為に動き出す。
あぁ、仕方ないな。プロポーズは持ち越しだが、このままエリーを帰すなんて俺が嫌われてしまう。
今日は可愛らしいエリーを堪能する事にしよう。
肝心のプレゼントが無ければプロポーズの形にならないので、また新しい物を考えなくては。
俺は、気付かれない角度で身を隠しているユーティスを手で追い返した。
こいつもエリーに対して複雑な感情があるらしく、あまり顔を合わせたくないらしい。難儀で面白いな。
「エリー、今日も可愛くて素敵だ…」
可愛い婚約者の手をとって形式的な挨拶をした瞬間に。
俺の視界が真っ赤に染まった。
目の前のエリーの首に短い矢が刺さっている。
「あ……。……あ?」
エリーが何か声を発している。倒れ込む彼女を、俺は抱きかかえた。
あまりにも突然な出来事。
耳障りなこの声は誰の声だ?どうして、俺は今、首が半分切れているエリーを抱きしめているんだ?
「ああああああああぁああ!」
煩い。エリーの声が聞こえない。
エリーの傷口を押さえないと。こんなに血がででいる。止めないと。
周りでは剣戟が絶え間なく聞こえる。これは、なんだ?
なんでこんな事に?
「殿下!早くその指輪をエリザベートに!」
ユーティスの声が、その声が。俺の身体を無理やり動かした。