第11話
朦朧とした意識の中で、馴染み深い声を聞いた気がした。
「うわ!エリザベート!?なにこれどういう場面!?うわ早く治癒の魔石を…」
「ユーティス!お前は保険なんだから、もっと早く来い!すぐにエリーの傷を治せ!これからすぐに小公爵にも来てもらうからな!その後に、あれを何とかする方法を考えよう」
これは、ユーティス兄様?そういえば、この時間に殿下に会うことも話していたわ…。
殿下の傷は?あ、さっきのヘーゼルの精霊さんが近くに居る気配がする。彼のお陰で助かったのかしら。
「エルザ!」
え、これは1番上のお兄様、エドガーお兄様の声だわ。エドガーお兄様はモヤシなりに、魔法が使える魔法剣士だ。
抱き起こされる感覚があるものの、少しずつ目の前が暗くなっきていてあまりよく見えないわ。
力も入らないわ。私このまま死んでしまうのかしら…。
暗い気持ちに支配された私に、小さいけれど可愛らしい、ヘーゼル色の精霊さんの声がした。
「エ、エリー!大丈夫?僕の力で君の傷はある程度治せるはずだよ。それに、これ以上彼女を暴走させない」
温かい魔力に包まれると視力も回復してきた。流れてしまった血も戻ったのだろう。
私を抱きかかえてくれていたルーカス殿下のお顔が見えるわ。殿下の傷も平気そうで安心した。
「さっきは、精霊さんが私たちを傷つけたの?」
馬鹿で騙されやすい私でも、流石にこの場面で、このヘーゼル色の精霊を責めずにはいられなかった。
不本意ですけれど、また騙されてしまったのね。
でも、もう1人の精霊の仕業なんでしょう?
声には出さずに問う。
「て、でも、あの子は!契約通りキチンと魔法をかけたんだ!それは本当なんだ。ただ、代償をきちんと払って魔法を完成させる人間なんて居ないと思っていたんだよ…。彼の代償だけでも充分だったのに、君の死と、それをまた目の当たりにした彼の絶望を得て自分の力にしようした。欲張ってしまった。それで彼の目の前で君を殺し、絶望させるように仕向けたんだ…」
だから、殿下を騙し、人間を傷つけた罪で魔に堕ちかけている…と。
魔に落ちてまで力を得たかった彼女。
難しいわ。私だけならまだしも、殿下にまで傷を負わせた彼女を簡単に許せない。けれど、殿下と私は確かに彼女の魔法に助けられたのよね。
うーん、こういうことって私が決めることでは無いのよ。こんな複雑な事は殿下とその側近が解決してくださるわ、きっと。
私は頭が少し良くないけれど、自分が持っている物は知っている。
権力、美力(こんな言葉あったかしら)、行動力。
でもそれを無闇に使ってはいけない事も知っているわ。
怒りで行動してはいけない。
今の私に出来る事、しなければいけない事は、自分の気持ちをすぐに隠してしまう彼を安心させる事よ。
「エリー、詳しい話はまた後で。傷が良くなったなら、もう少し下がっていてくれ。ユーティスとエドガーの2人だと少し厳しそうだ」
確かに。戦闘がどんどん激しくなっている音がするわ。
後悔しない様に、今ちゃんと伝えないと!
「殿下。私、たった今死んでしまうと思ったの。そうしたら、多分…不器用な方が泣いてしまうでしょう。多分、ルーカス様の様子がおかしかったお茶会。あれが繰り返しの始まりだったのね…。」
いきなり、声を殺して泣き出した殿下にびっくりしたあのお茶会。
でも、あれが一番最初の巻き戻りだった。
そっと冷たくなっている彼の手を取った。
安心させたくて、そのまま私の顔に触れさせる。
昔から、繊細なくせに私には格好つけたがる殿下。
貴方は昔の事だから忘れてしまったかしら?
初めて貴方に会った時に、私は酷い態度をとってしまった。ずーっと不機嫌顔で殿下の前に座って居たわ。
でも、そんな私に何故か一生懸命話しかけてくれた王子様。
最初は綺麗な笑顔だったけど、最後には照れくさそうな不器用で素敵な笑顔を見せてくれたのよ。
あれから、私の心は貴方の物なの。
だって私のお話をキラキラした目で聞いてくれたのだもの。
自覚は無かったけれど、当時から少し変わった子どもだったみたい。変な物を見るような目が当たり前だった私は、真剣に話を聞いてくれた彼に恋をしたのだ。
「ルーカス様は絶対に負けません。明日はいつも通りの日々です。私も絶対に死にません。ワガママ放題の私が王子様を手放すとでも思いますか?」
言葉を一旦区切って、スッと息を吸い込んだ。
「大好きです、ルーカス様」
だから、私は絶対に諦めない。2人で幸せになるのよ!