第9話「ある不器用な男の後悔と希望の話」⑤
「ぐぅっっ!」
傷口から血が溢れ出す。焼けるように痛い。
俺を助けようと周りは色々と処置をしてくれるが、このまますぐに息の根を止めてもらいたい。
時間が巻き戻ってから、2週間が経っていた。
これが代償。
(エ…エリー…。君はこんな痛みを…)
目の前でエリザベートが絶叫し、こちらに駆け寄ろうとしている。
(駄目だ…。彼女が血塗れな姿になってしまう…。それは見たくない…)
俺の1回目の死。
後悔は無かった。生きているエリザベートと話が出来たし、新しい表情を見せてくれた。
エリーは思っていた以上に俺の事を好きでいてくれたみたいだ。
よくよく見てみると、俺の髪色のアクセサリーを身に着けているし、少し上がり症な性格で俺の前では口数が多くな事も今回知った。
俺も俺で、エリーによく見えようと無駄に力んでいた。俺たちは本当に何も始まらないまま終わってしまったんだな…。
そして今、俺の為にこんなに泣いてくれている…。
大丈夫だ。耐えられる。
どんどん俺の知らなかった魅力を教えてくれる、君が…次にも待っていてくれるんだから…。
※ ※ ※
「殿下!すぐに止血します!」
これで何度目だろうか…。
20回を越えたあたりから数えるのを止めた。
代償の終わりが見えないので意味がないからだ。
自分は随分と変わってしまったかもしれない。
毎回大きな痛みと共に死ぬが、感覚が鈍ってきているのか。
恐怖が消えた。ぼんやりと惰性的になった。
周りは俺の突然の変化にも気づいて困惑しているらしい。
でも、エリザベート。君に会うと愛情が溢れて止まらなくなってきた。
毎回、ものすごく耐えているんだ。
会えば抱きしめたくなる。その小さな口にキスをしたくなる。
でも、君を傷つけて嫌われたら、本当に耐えられないからな…。
それにしてもエリー、君は毎回違う行動をとるね…。
今回は俺を守るために、公爵家の護衛まで裏で手配していた。加護が刻まれた宝石も幾つもプレゼントしてくれた。
俺の身に何か危険な事が起こる、そう確信しているかのように。
ヘーゼルの精霊が言っていた、俺と関わって出来た「縁」って物のせいだろうか…。
君にも記憶が残っている可能性が高い。
だから、余計にエリーに酷い事は出来ない。
今の俺は、確実に君を傷つけて傷つけて壊してしまう。
しかしまたエリーの前で血を流してしまったな。
でも今回は、本来なら君が受ける傷だったみたいだ。
何回も繰り返した中で分かったことが幾つかある。
そしてこれもその1つなのだが、大抵2週間以前に突然死ぬ時は君の身代わりになっているらしい…。
エリーを狙った犯人もね…。また繰り返しの中でちゃんと最後まで裁けないんだけれど…。次は早めに証拠固めをしてもっと効率よくやってみるよ。
あぁ…。目が覚めたらまたエリーとお茶をしているあの場所にいける。それだけが救いだ…。
※ ※ ※
エリザベートが俺から逃げ出した。
その報告を聞いた時、情けなくも部下の前で崩れ落ちたくなった。
俺を支えていた物が全てなくなってしまった。信じていたものに裏切られた…そんな気分だ。
国を出る前に、密かに付けていた護衛が彼女をを眠らせて連れて帰ってきた。
これは、本当に辛かった。数日後にまた来る死よりももっと苦痛だった。
ギリギリに保ってきた心の中を、激しい怒りが渦巻く。
何故俺から逃げた、エリザベート。
こんなに愛しているのに。
全部君の為にしている事だ。
王城の一角、エリーの為に用意された部屋に向かうと、俺の怒りとは裏腹に、彼女は俺を抱きしめて泣き出した。
彼女の話は断片的で、理解出来なかっただろう。
俺以外の人間には。
俺を死なせたくなかった、これ以上繰り返したくない、俺を愛している…。
彼女は俺の胸の中でそんな事を嗚咽を漏らしながら話し続けていた。
我慢していた愛しさが込み上げて、どうにも出来なさそうだ。
このまま、彼女をここに閉じ込めてもいいだろうか。
エリザベートが狙われているのも、家出をした事も事実だ。
(公爵をどうにか説得しよう。今回はずっとエリーの側に居たい…)
俺の胸で泣くエリザベートを強く強く抱きしめた。
彼女は俺の死を覚えている。
そして、悲しんで。どうにかしようと色々と動いてくれていたのだ。俺の為に…。
孤独で1人で耐えるだけだったが、やはり君がいるだけで救われる。
大丈夫、まだ耐えられる。
そして、今回も俺は死んだ。だが、次に会える彼女の事を考えていたので苦痛は少なかった。
…しかし、次のループでも彼女を手放せなくて、王城に閉じ込めた事は反省している…。