8話 当主失格
次の日の朝、俺は神事の準備を済ませてその男性と共に拝殿でお祓いの準備を進めていた。
するとまた鬼の形相で父が拝殿に乗り込んできたのだ。
「浩二!!すぐにそのお祓いを止めろ!!」
俺はまた邪魔をしにきた父さんにウンザリして言った。
「もう父さん!!いい加減にしてくれ!!この人のお祓いをするだけだろう!!なんでいちいち邪魔しに来るんだよ!!」
「浩二、その霊達を祓ってはいけないんだ。」
「父さんやっぱりこの人には幽霊が取り憑いているのか?」
「ああ、確かにこの男には何体もの幽霊が取り憑いている!!」
「だったらなおのこと祓ってあげないとかわいそうだろうが!!」
「もういい!!浩二は黙っていろ!!」
「本当になんなんだよ!!」
俺は父さんに怒りを向けたが、父さんはその男に怒りを露わにしていた。
「おい、お前なんてことをしやがった!!よくもよくも!!」
父さんはその男の胸倉を掴んで、殴り掛かろうとしていた。
「待て!!何を怒っているんだ??」
男性は何が起こっているか分からない様子だった。
「とぼけるな!!よくも美沙を!!」
俺が慌てて静止する。
「ちょっと待てよ!!父さん!!本当にどうしちまったんだよ!!」
すると父さんが信じられない事を言ってきたのだった。
「浩二、落ち着いて聞け!!美沙が、!!母さんが殺された!!」
「えっ?」
少しの間父さんが何を言っているのかが分からなかった。
「母さんが殺されたんだ、この男にな!!」
へっ?
母さんが・・・殺された・・・???
何を言ってるんだ父さんは??
「おい何を言ってるんだ?訳が分からないぞ!!」
「とぼけてても無駄だ!!美沙を殺して裏の林の廃井戸に捨てただろうが!!」
すると突然男性の顔色が変わったのだった。
男性の顔が変わり不気味な笑みをこぼしていた。
「へえー、気づちまったのか?」
「お前、よくも美沙を!!」
「なんで気づきやがった?」
「枕元に美沙がやってきて自分が殺されたと教えてくれたんだよ!!」
「へえー、本当に霊能力っていうのはあるんだな、ちょっと舐めてたぜ。」
「浩二、こいつはたくさんの人達を殺してきたんだ。つまりこいつは大量殺人犯なんだ!!」
「なあ??それじゃあ部屋に現れる幽霊って?」
「そうだ、この男が殺した被害者達がこの男が憎くて枕元に立ってるだけだ。こんなクズは枕元に立たれて当然なんだ!!」
「ひっ。」
その男は相変わらず不気味な笑みをこぼしていた。
「いやー、すげーなお前、俺がヤバい人間だって最初から見抜いてやがったんだからな。もう少し信心深くなった方がいいかもな、あっはっはっは!!」
「なんで美沙を殺したんだ?」
「なんかな、人を殺したい衝動が出ちまったんだよ。ここにいる間は抑えていようと思ってはいたんだが殺人衝動が抑えられなくてな!!俺は基本我慢をしない主義なのさ。だからあんたの奥さんを殺した!!それだけさ!!はっはっは!!」
父さんがその男を怒鳴りつける。
「ふざけるな、そんなふざけた理由で美沙を。」
「おいおい、まだあの女は楽に殺してやった方だから、恨まないでくれよ。今まで殺してきた女達にはもっとひどい殺し方をしてきたんだからよ。」
「やはりお前何人も殺しているんだな!!なんでその子達を殺したんだ?」
「何を聞きたいんだ?殺した人数かそれともその理由か。まあいいか、両方答えてやるよ。そうだな、もう50人は殺したかな。」
50人???
俺は震えが止まらなかった。
その男は楽しそうに答えていた。
「殺してきた理由はあえて言うなら楽しいからだな、人を殺すのが。エンターテイメントってやつさ。みんないろんな趣味を持ってるだろう。映画だとかゴルフだとか漫画だとか俺の殺人もそれと同じってだけだ。」
「ふざけるな、殺人を映画やゴルフと一緒にするんじゃない!!」
「誰だって小さい頃、カエルや昆虫を興味本位で殺した事があるだろう。俺はあの快感を忘れられなくて、今もやっているだけだ。命を奪う事のこの優越感がとてつもなくたまらないのさ。今でも人が死ぬ瞬間はゾクゾクしちまう。」
「ふざけるな!!この人殺しが!!」
「ふん、枕元に出てくる霊共を祓うだけにしとけば長生きできたものを。」
そういうと男は懐から刃物を取り出して父さんに刃物で斬りつけた。
「うああああ。」
父さんがそのまま倒れてもがき始めた。そして畳がどんどん赤く染まっていった。
その男は容赦なく父さんを何度も斬りつけたのだった。
「うあああ・・・。」
父さんのうめき声が響いた。
「ひ、ひいー。」
俺は震えて動く事すらできなかった。
俺は恐怖のあまり少しも動く事ができなかった。
「幽霊だけ祓っとけばよかったのにな!!」
父さんの断末魔が聞こえてきた。
「ぐあああ。」
そして父さんは動かなくなった。
男が歓喜の声を張り上げた。
「いい、いい、本当にいい!!命を奪うって本当にいい!!」
男はとても幸せそうに歓喜の声を上げ続けた。
「人の命をこの手で奪う!!なんてすばらしいんだ!!やっぱりこの快感!!たまらない!!この快楽、この優越感、最高だ!!これだから人殺しは止められない!!」
すると男はこっちを振り向いてきた。
「さてと次はお前の番だな。」
鋭利なナイフを持った男が俺の前に立ち塞がっていた。
その男は父さんの返り血で全身が真っ赤になっていた。
にも関わらず男は満面の笑みを浮かべている。
「お前の断末魔をじっくり聞かせてもらうぜ。」
「ヒイイイ。」
俺は恐怖のあまり動く事ができない。
「安心しろ、お前はゆっくり殺してやるからよ。」
俺はそれでも恐怖で全く動けなかった。
プウウウと何か音が聞こえてきた。
「うん?」
男が何事かと外を見た。
プウウウウ。先ほどより音は大きくなっていた。
パトカーのサイレンが聞こえているんだ。
「へえ、こいつ警察を呼んでやがったのか。お前が相当大事みたいだな。」
ブウウウー、サイレンがどんどんと大きくなっていった。
「これは早々に退散しないとまずいな。」
「残念、どうやらお前を殺してやる事はできないらしい。本当に残念だよ。じゃあな。」
男はそう言うとそのまま外に出て行った。
俺は広い拝殿の中にただ一人取り残されたのだった。
「父さん!!」
俺は父さんへと駆け寄った。
「父さん、父さん。」
父さんに何度も呼び掛けるが反応はなかった。
「父さん父さん、ウアアアアア!!」
少しして警察官達が拝殿の中に入ってきた。
俺は父さんと母さんをこの時に亡くした。
それから俺は警察の護衛を受けながら、殺人鬼に怯える日々を過ごさなければならなかった。
俺の証言から、すぐにあの男は父さんと母さんを殺した殺人犯として全国指名手配となった。
阿流間義男それがあの男の名前だった。
阿流間は逃げ回るだろうから、ずっとこの生活が続くと思われたが、しかしその生活は割とあっさり終わる事になった。
阿流間義男は指名手配されてからおよそ2週間後に別の地方で立て籠もり事件を起こし、そのまま逮捕されたのだった。
阿流間義男が監獄へと入ったので俺は殺人鬼に怯える日々からは抜け出す事ができた。
でも俺にはそれで安堵する事などできなかった。
父さんや母さんへ申し訳ない気持ちで涙が溢れて押し潰されになったのだった。
こんな状況では神社を運営する事ができなかったので、しばらく休業をする事にした。
俺は何もする気が起きず、ただ抜け殻のようになっていた。
もう春山神社を畳もうかとすら考えていた。
そんな時に理沙が春山神社に戻ってきたのだった。
俺は理沙に合わせる顔がなかった。
「理沙、本当にすまなかった。俺のせいで父さんと母さんが。」
でも理沙は俺を責める事もせずにこう声をかけてくれたのだ。
「お兄ちゃんだけでも無事で良かった。」
この言葉を聞いて俺は涙が溢れてきた。
理沙は俺の責める所か俺の心配をしてくれていた。
理沙は責められて当然のこんな情けない兄貴を心配してくれた。
そうだよ、別に理沙が俺に嫌味を言ったり嫌がらせをしてきた事なんて一度もなかった。
むしろいつも俺の心配ばかりしてくれていた。
ただ理沙は幽霊と話をしたり、探し物をピタリと見つけたりしていただけだ。
そうだ、そうじゃないか。理沙はいつも俺に気を使ってくれていたが、それなのに俺ときたら理沙の事を勝手に気味悪がって嫌っていただけだ。
俺は何を勘違いしていたんだろうか。
ああ、俺はなんて大バカ者だったんだ、こんな大事な事に今さら気づくなんてな。
こんな状況になってようやく大切な物が分かったような気がした。
そして俺は一つの決断をした。
「理沙、一つ頼みがある。」
「なにお兄ちゃん。」
それから一か月後。
俺は出発する準備を整えて、理沙に挨拶をしていた。
「それじゃあ理沙、しばらく空けてしまうがその間よろしく頼む。」
「お兄ちゃん、本当にいいの?私が神主になっちゃって。」
「俺にはきっとこの神社を継ぐ資格がなかったんだ。」
「そんな事ないよ、お兄ちゃんは立派に神社の神主をやってたと思うよ。」
「理沙、そう言ってくれるのは嬉しいが、やっぱりヒスキ様に愛されている理沙がこの神社の神主になるべきだったんだ。」
理沙が心配そうに俺を見つめる。
「お兄ちゃん、お父さんとお母さんの事はお兄ちゃんの責任じゃないよ。」
「心配してくれてありがとうな理沙。だけど俺は自分を許せない、父さんが襲われているのに立ち向かう事もできずに震えている事しかできなかった自分が。母さんが死んだと聞かされても立ち向かえなかった自分が。理沙の気づかいや優しさに気づこうともしなかった自分の浅はかさにな。だから俺はこんなふがいない自分を変えなければならないんだ。」
「それで警察官になろうと思ったの?」
「ああ俺はもっと強くありたい、正しくありたいと願っているからな。まさに警察官はそれを体現した職業だからな。そしてできる事なら刑事になりたい。」
「幽霊にしても生きてる人間にしても正しい心を持っているかどうかが一番大事な事だってようやく理解できたから。俺は自分のちっぽけな物差しでしか物事をみてこなかった。俺の浅はかさだ。理沙はただ人間にも幽霊にも等しく接してるだけだった。それは理沙の優しさだったのに、俺はそれを勝手に怖がってしまっていた、俺の浅はかさによってだ。」
「だがこれからはそんな考えは捨てる。正しく生きていきたい。強く生きていきたい。そしてそれをずっと貫きたいと思ってな。警察官ならまさに強さと正しさを体現した職業だからな。そしてできる事なら刑事になりたい。まあ実際になれるかは分からないが。」
「お兄ちゃん、頑張って。お兄ちゃんならきっと立派な刑事さんになれるよ。」
「ああありがとう。理沙、今まで本当にすまなかった。俺は今まで理沙を意識して避けていた、そして嫌っていた。理沙のやっている事が理解できなかったから。でもやっと理沙の気持ちが分かるようになれた気がする。」
「いいよ別に、気にしてないから。」
「ああ。それじゃあ行ってくる。」
「気をつけてね、お兄ちゃん。」